村上誠一郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
日本の旗 日本の政治家
村上 誠一郎
むらかみ せいいちろう
生年月日 1952年5月11日(64歳)
出生地 日本の旗 愛媛県今治市
出身校 東京大学法学部
前職 河本敏夫衆議院議員秘書
所属政党 自由民主党高村派→無派閥)
称号 法学士(東京大学)
親族 村上紋四郎曾祖父
村上信二郎
村上孝太郎伯父
岡田克也義弟
公式サイト 村上誠一郎公式サイト-自由民主党衆議院議員

選挙区 旧愛媛2区→)
愛媛2区
当選回数 10回
在任期間 1986年 - 現職

内閣 第2次小泉改造内閣
第3次小泉内閣
在任期間 2004年9月27日 - 2005年10月31日
テンプレートを表示

村上 誠一郎(むらかみ せいいちろう、1952年(昭和27年)5月11日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(10期)、衆議院政治倫理審査会長

第2次小泉改造内閣第3次小泉内閣内閣府特命担当大臣(規制改革・産業再生機構)、第2次森改造内閣第1次小泉内閣財務副大臣を務めた。

今治市長や愛媛県議会議長、衆議院議員を務めた村上信二郎は父。民進党代表・衆議院議員の岡田克也は義弟(妹の夫)。

来歴[編集]

愛媛県今治市生まれ。

1965年(昭和40年)に東京教育大学附属小学校(現筑波大学附属小学校)、1971年(昭和46年)に東京教育大学附属中学校・高等学校(現筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。1977年東京大学法学部を卒業[1]

東大在学中、亡父・信二郎が所属していた三木派を引き継いだ河本敏夫の知己を得て、東大卒業後は河本の秘書を務める[要出典]1983年(昭和58年)、第37回衆議院議員総選挙旧愛媛2区から無所属で出馬したが、落選。なお旧愛媛2区は父・信二郎の選出選挙区でもあるが、信二郎は1972年に議員在職のまま死去しているため、直接的な地盤の引き継ぎはない[要出典]

1986年(昭和61年)、第38回衆議院議員総選挙に再び旧愛媛2区から出馬し、初当選。河本派を経て高村派に所属し、同派事務総長も務めた。1994年(平成6年)に、衆議院議事進行係に就任する。1996年第41回衆議院議員総選挙では、小選挙区比例代表並立制導入に伴い愛媛2区から出馬し、4選。以後、愛媛2区で連続6選。2001年第2次森改造内閣で初代財務副大臣に任命され、第1次小泉内閣まで務める。

2003年自由民主党総裁選挙では派閥領袖の高村正彦の推薦人に名を連ねるが、高村は現職の小泉純一郎首相らに敗れ、落選した。翌年の2004年(平成16年)には第2次小泉改造内閣内閣府特命担当大臣(規制改革・産業再生機構)及び行政改革、構造改革特区、地域再生担当の国務大臣に任命され、初入閣。2005年(平成17年)の郵政解散では当初閣議で異論を唱えたが、小泉首相の説得を受け、解散に同意した。第3次小泉内閣では全閣僚が再任され、第3次小泉改造内閣発足により退任。ポスト小泉をめぐる2006年自由民主党総裁選挙では谷垣禎一財務大臣を支持し推薦人にも名を連ねたが、谷垣は最下位に終わった。2007年自由民主党総裁選挙では福田康夫を、2008年自由民主党総裁選挙では与謝野馨の推薦人に名を連ねた[2]が、2007年(平成19年)の総裁選で高村派は福田、麻生支持が割れ、2008年(平成20年)の総裁選では、高村派会長の高村正彦は麻生支持を決定した[要出典]

2009年(平成21年)の第45回衆議院議員総選挙では自民党に逆風が吹き荒れる中、対立候補に比例復活を許さず8選。

2010年(平成22年)1月21日、高村派を退会[3]

2012年(平成24年)の第46回衆議院議員総選挙では愛媛2区で9選。なお村上は小選挙区比例代表並立制の導入以降、5回の総選挙で対立候補に比例復活を許してこなかったが、この総選挙では初めて対立候補(日本維新の会公認・みんなの党推薦の西岡新)が比例四国ブロックで復活した。2014年(平成26年)の第47回衆議院議員総選挙では愛媛2区で10選。

政策・主張[編集]

選挙制度[編集]

  • 中選挙区復活を主張している。その際、連記式にすべきとしている[4]

外国人参政権[編集]

  • 永住外国人への地方選挙権付与に反対しており、2000年(平成12年)11月、「外国人参政権の慎重な取り扱いを要求する超党派の国会議員の会」を結成し会長に就任。なお前年の1999年(平成11年)、外国人参政権を党を挙げて推進する公明党与党に加わっている。
  • 2010年(平成22年)1月20日、「外国人参政権の慎重な取り扱いを要求する国会議員の会」の会合で、民主党や公明党などが成立を目指す外国人参政権について「党を挙げて命がけで対応しなければならない」と訴えた[5]。また、この会合で同会は外国人参政権に反対する方針で一致し[6]、民主党政権が永住外国人に地方参政権を付与する法案を提出した場合、成立阻止に全力を挙げることで一致した[7]

個人情報保護法[編集]

2002年(平成14年)、城山三郎個人情報保護法案に反対し、「法案が通ったら私は『言論の死』の碑を建てる。そこに法案に賛成した議員全員の名前を記すつもりだ」と批判した。村上は自民党PRチームの会合で、「法案内容を言うのでなく、こうした発言自体が言論統制じゃないか。城山さんは多分ボケているから(反対論を)言ったんだと思う。抗議すべきだ」と城山を非難した[8]。なお、個人情報保護法は2003年(平成15年)に可決している。

原子力発電[編集]

2011年(平成23年)に発生した東京電力福島第一原発事故を受け、自身が委員長を務める自民党の福島原発事故究明に関する小委員会において、原子力発電所の再稼働に前向きな安倍政権に対し、再稼働に慎重な対応を求める提言を取りまとめ、2013年(平成25年)10月4日首相官邸を訪れた際は、「原発事故の原因究明と、事故を収束させることが喫緊の課題です」と首相安倍晋三に申し入れを行った[9]

特定秘密保護法[編集]

2013年(平成25年)11月26日衆議院本会議で行われた特定秘密保護法案の採決に際し、体調不良を訴え、議場から退席。記者に対し「いろいろな問題が残っているのに、政治家として(賛成する)自信があるかと言ったら、あるわけない」「まだまだ議論の余地がある重要法案なのに、こう拙速に決めていいのか」と述べ、また「多数決は100人のうち99人が間違っていても、そっちが正義になっちゃうんだ。ファシズムなんていつでも起きる危険性があるんだよ」と、議会で大多数を占める与党による衆議院国家安全保障に関する特別委員会での採決を批判[10]。自民党で投票を棄権したのは村上ただ一人である[11]

集団的自衛権[編集]

安倍内閣が推進している集団的自衛権行使のための憲法解釈変更に批判的な言動を続けており、「行政府が法解釈して自分で勝手にやれば、立憲主義を否定することになる[12] 」、「(ナチスと)同じ愚を繰り返す[13]」等と発言している。2015年5月12日に開催された自民党の総務会では安全保障関連法案について「憲法が有名無実化する」「憲法改正なしで集団的自衛権を行使することには疑念がある」と反対したが、最終的に挙手採決に持ち込まれ、村上は途中退席し全会一致での了承となった[11][14]

ただし、第46回衆議院議員総選挙における毎日新聞のアンケート[15]では、集団的自衛権行使のために憲法解釈を見直すべきだと回答しており、過去と現在の主張に矛盾が生じている。

女性宮家[編集]

女性宮家に反対している[15]

経済政策[編集]

第2次安倍内閣の経済政策について、「物価消費税率だけ上がって給料が上がらない。方向転換しないといけない」「金融緩和の出口戦略を真剣に考えるべきだ」と述べている[16]

選択的夫婦別姓[編集]

選択的夫婦別姓制度導入について、「どちらとも言えない」としている[17]

不祥事[編集]

情報流出[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

人物[編集]

体格[編集]

体重110kgを超す巨漢で、議場でもひときわ目立つ相貌である。スーツは特注。本人曰く、何をやっても痩せないとのこと。かつて政界の小錦と言われたこともある[要出典]

趣味・特技[編集]

クラシック音楽、漢詩、映画鑑賞が趣味。また将棋七段で、飛車落ちで羽生善治名人を破ったことがある[20]

家族・親族[編集]

戦国時代に名を馳せた村上海賊の子孫である。[21]

  • 曽祖父 村上紋四郎(農業、政治家・衆議院議員、今治市長、愛媛県議会議長、宮窪村長)
  • 祖父 村上常太郎(官僚・最高検察庁次長検事、弁護士)
  • 村上信二郎(官僚、政治家 - 衆議院議員、防衛庁審議官)
  • 妹 岡田多津子(三重県、元官僚、衆議院議員岡田克也民進党)の妻)
  • 伯父 村上孝太郎(官僚、政治家 - 大蔵事務次官、参議院議員)

系譜[編集]

村上家(愛媛県今治市
伊勢吉━━紋四郎━━常太郎━┳信二郎━━誠一郎
              ┗孝太郎

脚注[編集]

  1. ^ “国会議員情報:村上誠一郎”. 時事通信. (2012年1月20日). http://www.jiji.com/jc/giin?d=141856bb5eefc53d8805d6f833c6b49b&c=syu&rel=ja 2012年11月30日閲覧。 
  2. ^ “総裁候補の推薦人名簿 自民党”. 共同通信社. 47NEWS. (2008年9月10日). http://www.47news.jp/CN/200809/CN2008091001000300.html 2015年4月15日閲覧。 
  3. ^ “村上・山本両氏が高村派を離脱 残り3人に、派閥衰退象徴”. 共同通信社. (2010年1月21日). http://www.47news.jp/CN/201001/CN2010012101000861.html 2010年1月31日閲覧。 
  4. ^ 宰相の羅針盤―総理がなすべき政策 改訂・日本よ、浮上せよ!
  5. ^ “外国人参政権反対の自民議連再開”. 産経新聞. (2010年1月20日). http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100120/stt1001201817005-n1.htm 2010年1月31日閲覧。 
  6. ^ “外国人選挙権法案、自民が反対の方針”. 読売新聞. (2010年1月20日). http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100120-OYT1T01242.htm 2010年1月31日閲覧。 
  7. ^ “外国人参政権、全力で阻止=自民有志”. 時事通信社. (2010年1月20日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=201001/2010012000875 2010年1月31日閲覧。 
  8. ^ “メディア規制法案:城山さん「中傷」発言 自民・村上氏認める”. 毎日新聞. (2002年5月11日) 
  9. ^ “原発推進の安倍政権に異議 自民若手にも再稼働慎重派”. 朝日新聞デジタル. (2013年10月5日). http://www.asahi.com/special/news/articles/TKY201310040559.html 2014年1月4日閲覧。 
  10. ^ “<秘密保護法案>与党議員も疑問や戸惑い”. 毎日新聞. (2013年11月27日). http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131126-00000128-mai-pol 2013年11月27日閲覧。 
  11. ^ a b “村上誠一郎議員、自民総務会を退席“憲法が有名無実化する””. しんぶん赤旗. (2015年5月13日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-05-13/2015051302_03_1.html 2015年5月17日閲覧。 
  12. ^ “「行政府の法解釈、立憲主義の否定」自民・村上誠一郎氏”. 朝日新聞. (2014年4月14日). http://www.asahi.com/articles/ASG4F7RPNG4FUTFK007.html 2014年5月3日閲覧。 
  13. ^ “「ナチスと同じ愚」 元自民党大臣が集団的自衛権で首相を批判”. 産経新聞. (2014年4月9日). http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140409/stt14040919245001-n1.htm 2014年5月3日閲覧。 
  14. ^ “自民、安保法案を了承=村上氏退席、15日に国会提出” (日本語). wsj.com (ウォール・ストリート・ジャーナル). (2015年5月12日). http://jp.wsj.com/articles/JJ12577414673188814075419526239390381079828 2015年5月17日閲覧。 
  15. ^ a b 2012衆院選 愛媛2区 村上誠一郎
  16. ^ 金融緩和の出口議論へ 自民党総務会MSN産経ニュース 2014年9月26日
  17. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査
  18. ^ “村上議員の後援会名簿流出 ウィニー感染”. 共同通信社. 47NEWS. (2006年3月21日). http://www.47news.jp/CN/200603/CN2006032101005352.html 2012年12月6日閲覧。 
  19. ^ a b 俵義文、日本会議の全貌、花伝社、2016年
  20. ^ “2014衆院選:立候補者の横顔 1区/2区 /愛媛”. 毎日新聞. (2014年12月4日). http://senkyo.mainichi.jp/news/20141204ddlk38010601000c3.html 2014年12月6日閲覧。 
  21. ^ 宰相の羅針盤―総理がなすべき政策 改訂・日本よ、浮上せよ!

外部リンク[編集]


議会
先代:
額賀福志郎
日本の旗 衆議院大蔵委員長
1997年 - 1998年
次代:
村井仁
公職
先代:
金子一義
日本の旗 特命担当大臣(規制改革)
2004年 - 2005年
次代:
中馬弘毅
先代:
金子一義
日本の旗 特命担当大臣(産業再生機構)
2004年 - 2005年
次代:
(廃止)
先代:
(創設)
日本の旗 財務副大臣
若林正俊尾辻秀久と共同
2001年 - 2002年
次代:
谷口隆義
尾辻秀久