保坂展人

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保坂 展人
ほさか のぶと
Nobuto Hosaka.png
生年月日 (1955-11-26) 1955年11月26日(66歳)
出生地 日本の旗 日本 宮城県仙台市
出身校 東京都立新宿高等学校定時制
(中途退学)
前職 ジャーナリスト
総務省顧問
所属政党社会民主党→)
無所属
配偶者 あり
公式サイト 保坂展人 世田谷改革、バージョン・アップヘ!

選挙区 比例東京ブロック東京22区東京6区→単独)
当選回数 3回
在任期間 1996年10月21日 - 2003年10月10日
2005年9月12日 - 2009年7月21日

世田谷区旗 第10代 世田谷区長
当選回数 3回
在任期間 2011年4月27日 - 現職
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保坂 展人(ほさか のぶと、1955年昭和30年〉11月26日 - )は、日本政治家教育ジャーナリスト東京都世田谷区長(第10代)。

衆議院議員(3期)、社会民主党副幹事長、総務省顧問等を歴任した。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

宮城県仙台市生まれ。祖父保坂貞義は、1935年(昭和10年)から1940年(昭和15年)まで、宮城県第二高等女学校(後の宮城県第二女子高等学校)第10代校長を務め、現職中に死去している。父親はNHK仙台放送局勤務を経て東京勤務となり、一家で東京に転居している[1]麹町小学校から麹町中学校へ進学。中学在学中、当時世間を席巻していた学園闘争の影響を受け、「麹町中全共闘」を校内に結成。機関紙「砦」の発行やビラ配り、大学生ML派による集会への参加等、積極的な運動を行っていた。そうした学生運動をしていた事実について中学校での内申書に書かれ、高校受験面接では面接官からの質問が思想にまつわるものに集中。受験した全日制高校は全て不合格であったため、東京都立新宿高等学校定時制に進学した(のちに同校を中退)。

なお、自身が学生運動をしていた経歴が内申書に書かれたために全日制高校に入学できず、学習権が侵害されたとして千代田区東京都を相手どり、国家賠償法に基づき、損害賠償請求訴訟を起こした。一審・東京地裁は慰謝料請求を認めたが、二審・東京高裁は内申書を執筆した教員の裁量を認め、保坂側が敗訴。最高裁判所上告したが、最高裁は単に経歴を記載したにすぎず「思想、信条そのものを記載したものではないことは明らか」として上告を棄却した(麹町中学校内申書事件)。

教育ジャーナリスト[編集]

その後、教育ジャーナリストに転じ、管理教育の打破を主張。また、若者が自由に出入りできるフリースペース「青生舎」を1976年から1996年まで運営し、ミニコミ誌「学校解放新聞」を発刊。1980年代の反管理教育の潮流を作り、知名度を上げた。教育ジャーナリスト時代、飲酒により退学処分を受け、学校を提訴し係争中だった西原理恵子を取材している。西原とはその後、カット描きの仕事を紹介するなど交友が続いた。また、公文教育研究会が提唱する公文式にも否定的であり、公文式の手法を批判する本も執筆した。

1987年の東京都知事選挙日本社会党が候補者を決めることができずにいた時、保坂は仲間ととも自主的に土井たか子の擁立運動を仕掛けた。結局、社会党は元参議院議員の和田静夫を推薦候補として立てるが、この時のやりとりをきっかけに、土井とよく話をするようになった[2]

衆議院議員[編集]

1996年9月27日、衆議院解散。翌9月28日、社会民主党の党首に土井たか子が復帰。10月4日、同党は「土井たか子を支える会」からメンバー3人を擁立することを決定。記者会見で、ピースボート創立者の辻元清美、市民団体代表の中川智子比例近畿ブロックから、保坂は比例東京ブロックから出馬することが発表された[3][4]。それから4日後の10月8日、第41回衆議院議員総選挙が公示。党は辻元を比例の1位、中川を2位に登載した。保坂は東京22区に転じた。10月20日、投開票。辻元と中川は初当選。保坂は新進党伊藤達也旧民主党山花貞夫らに破れ東京22区では得票数5位で落選したが、重複立候補していた比例東京ブロックで復活し、初当選した。なお小選挙区での得票率はわずか5.89%であり、供託金は没収された。なおこの選挙をきっかけに、小選挙区での得票率が著しく低い候補者の比例復活の制限が主張されるようになり、公職選挙法改正により小選挙区での得票率が有効票数の1割を下回った場合は、比例での復活ができなくなった[5]

2000年第42回衆議院議員総選挙では東京6区に国替えし社民党公認で出馬。得票数は石井紘基民主党)、落選した自由民主党越智通雄を下回る3位であったが、再度比例復活により再選。石井の死去に伴う補欠選挙には出馬を見送り、2003年第43回衆議院議員総選挙にも東京6区から出馬するが、小宮山洋子越智隆雄(越智通雄の長男、落選)の後塵を拝し、3位で落選した。得票が有効投票数の10分の1に満たなかったため、供託金を没収され、議席を失った。また、社民党は東京ブロックでの比例議席も失っている(前述の理由で、比例議席を確保していたとしても保坂の復活当選はできなかった)。

2005年第44回衆議院議員総選挙では、選挙区からの出馬を断念し比例東京ブロック単独で立候補した。社民党は比例東京ブロックでも議席を獲得できなかったが、この総選挙では自民党が大勝し、東京で立候補した候補者の大半が小選挙区で当選したため(比例復活は18区菅直人に敗れた土屋正忠のみ)、比例では自民党に8議席が配分されたものの、候補者が7人しかおらず、残る1議席が公職選挙法のドント方式により、比例ブロック次点の社民党に回された。社民党の名簿1位の中川直人は小選挙区で有効票数の1割を獲得できなかったため比例復活できず、保坂が当選した。2007年12月、社民党副幹事長に就任。

2009年第45回衆議院議員総選挙では、選挙協力により東京6区から8区に国替えし、社民党公認、民主党[6]国民新党東京・生活者ネットワーク推薦で出馬した。しかし自民党の石原伸晃に敗北し、比例復活もならず落選した(今度は比例ブロックでの議席獲得はなかった)。その後、鳩山由紀夫内閣総務大臣原口一博により、総務省顧問に任命された[7]。落選後も社民党副幹事長の職に留まっていたが、2010年1月に辞任(後任は服部良一)。また同年の第22回参議院議員通常選挙への出馬を見据え、3月に総務省顧問も辞任した。7月の参院選には社民党公認、生活者ネット推薦で比例区から出馬するも、再び落選した[8](当選者は福島瑞穂吉田忠智の2名)。

世田谷区長[編集]

2011年4月6日、記者会見を開き世田谷区長選挙への立候補を表明。なお区長選への出馬に際し、社民党を離党した。区長選には5人が立候補したが、保坂は社民・国民新・新党日本・生活者ネットの4党による支持に加え、隣接する杉並区の区長田中良らの応援も受け、83,983票を獲得し初当選した[9]。なお、候補者氏名を記入する投票による選挙で保坂が当選するのは、これが初めてである(衆議院議員3期は比例代表で当選)。2014年の2014年東京都知事選挙では、脱原発を公約した細川護熙を評価した(落選)。なお、23特別区の区長は、22人までが当選した舛添要一を支援しており[10]、舛添を支援しなかったのは保坂だけだった。

2015年の区長選挙では、政党からの推薦・支持は得ず、民主、共産、社民、生活者ネットの実質支援を受けて臨んだ。自民、公明、次世代推薦で、舛添知事の支援を受けた久保田英文との一騎討ちとなったが、久保田の得票および自身の前回得票の2倍を上回る196,068票を獲得した保坂が再選された。保坂は2019年の区長選挙でも、自民推薦の世田谷区議会前議長の女性候補との一騎打ちを大差で制し3選を果たした。

政策・活動[編集]

国会の質問王[編集]

表現規制・インターネット規制への反対[編集]

通信傍受法と盗聴事件[編集]

新型コロナ対策と「世田谷モデル」[編集]

  • 2020年8月4日、日本記者クラブで記者会見を開き、PCR検査を「いつでも、どこでも、何度でも」受けることを目指す「世田谷モデル」を提唱[26]。1日のPCR検査数を360件から拡充し、最終的には2000〜3000件を目指すと発表した。そのほか、介護、医療、保育など人と人との接触を避けることが難しいエッセンシャルワーカーに定期的な検査を実施することも明言した。国が実施していた行政検査とは違い、症状がない人や感染に不安を感じる人も検査の対象となると説明した。これを受けて、2020年8月11日、世田谷区医師会は、運営する「世田谷区医師会PCR検査センター」と、この「世田谷モデル」は全く関係ないことを発表。「医療的検査機能を保つためにも、社会的検査は切り離して行われるべき」と発表した[27]。この世田谷モデルの検査は、2020年9月末に終了となるまで、延べ1万5706人が利用した。そのうち、25人の陽性が判明したほか、区内の特養で職員と入所者計15人のクラスター発生も確認した[28]
  • 2022年1月18日、オミクロン株の感染が広がる中、21日から一か月の間、抗原定性検査キットの無料配布を発表[29]。予想を上回る需要があり、予定を前倒し27日に配布終了となった。無料配布された検査キットは計3万8388個であった。読売新聞の世田谷区に対する取材によると、一部の抗原定性検査キットがインターネットオークションサイトなどで出品されていたことが判明。「検査キットは検査が必要な人に配ったはず。供給不足に乗じて、お金もうけのために使われそうになったのは残念だ」と釈明した[30]

その他政策[編集]

死刑廃止論[編集]

  • 死刑廃止議員連盟で事務局長を務めるなど、死刑廃止を唱える[31]

非戦・非核論[編集]

  • 「非戦・非核」を主張[32]

公共事業[編集]

選択的夫婦別姓制度[編集]

人物[編集]

  • 1996年初当選の辻元清美中川智子、また1998年に参院議員に初当選した福島瑞穂らと共に「土井チルドレン」と呼ばれ、労働組合との関係が比較的薄い「市民派」の議員と見做されていた。
  • 2002年に北朝鮮による拉致問題に関連して、土井たか子福島瑞穂辻元清美らと共に主流の経済制裁を拒否して対話路線を支持した。2010年9月26日には『「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する全国集会』に参加し、高校無償化法朝鮮学校、高等専修学校に適用するように働きかけることを約束した[35]
  • 2004年6月、東京都狛江市長選挙に立候補した、現職の矢野裕の応援演説を行った。矢野は日本共産党の党員であり、他党に所属する非共産党員が、落選中であっても日本共産党の候補者の応援をするのは極めて稀である。なお、矢野市政での狛江市議会において社民党会派は与党勢力には加わっていなかった。なお、後に保坂が区長になった世田谷区議会で日本共産党は当初は区長選で対立候補を擁していたが、2期目では上記の通り、事実上の支援を行った。日本共産党の公式HPでも、世田谷区議会は与党と位置づけている[36]
  • 2007年2月6日柳澤伯夫厚生労働大臣が若者の結婚出産願望が高い事を示した上で「ご当人の若い人たちは、結婚をしたい、子どもを2人以上持ちたいという極めて健全な状況にいるわけです」などと発言したことに対し保坂は自身のブログで「『健全』『健全』と2回も出てくる。『若い人たちが結婚して2人以上の子どもを持ちたい』という願望を持つことが『健全』だというなら、政界では若手だが世間では中年の(私も同世代と断っておく)安倍総理は『夫婦ふたりで子どもなし』は『不健全』ということにならないか」と当時の内閣総理大臣安倍晋三に子供がいないことを例に挙げて発言を批判した[37]
  • 趣味は読書、ブログ日記。
  • 坂本龍一と交流が深い。
  • 2015年12月9日には憲政記念会館において、辻元清美議員の「政治活動20年へ、感謝と飛躍の集い in 東京」という政治資金規正法に基づく資金集めのパーティに参加している[38]
  • 2019年11月17日、憲法9条の改正に反対する首長や首長経験者による「全国首長九条の会」の結成総会が、明治大学のリバティータワーで開かれた。保坂も賛同者として参加。同日時点の呼び掛け人・賛同者は131人で、うち現職は13人[39][40][41]

所属団体・議員連盟[編集]

著作[編集]

単著[編集]

  • 『麹町中学へ死の花束を―造反の青春を生きる』たいまつ社[たいまつ新書]、1978年
  • 『いこうぜ元気印! 学校地獄からの脱出』野草社(新泉社)[80年代別冊]、1981年
  • 『先生、涙をください! 学校からの緊急報告 保坂展人の元気印レポート』集英社、1983年
  • 『ガンバレ!はみだしっ子 チコは学校に行かない』ポプラ社[ポプラ・ノンフィクション]、1984年
  • 『街で発光せよ 学校を超えて』筑摩書房、1984年
  • 『学校に行きたくない 元気印レポート2』集英社、1984年[42]
  • 『やったね!元気くん 元気印レポート3』集英社、1985年
  • 『学校が消える日』晶文社、1986年
  • 『元気印青春論 もっと自分らしく生きようぜ!』大和出版、1986年
  • 造反有理読本 楽シイ反逆ノススメ』風媒社、1987年
  • 『あたたかい人間のことばで伝えたい 3メートルの距離から見た土井たか子』リヨン社、1990年
  • 『子どもが消える日』六興出版、1991年
  • 『カオスの海を渡るには 世紀末の時代を読む』群羊社、1994年
  • 『子どもが消える日』労働教育センター、改訂新版、1994年
  • 『いじめの光景』集英社文庫、1994年
  • 『学校は変わったか こころの居場所を求めて』集英社、1994年
  • 『危ない公文式早期教育』太郎次郎社、1994年
  • 『続・いじめの光景 こころの暴力と戦う!』集英社集英社文庫]、1995年
  • 『ちょっと待って!早期教育』学陽書房、1996年
  • 『保坂展人のザ・質問 1年生議員100回の国会質疑&質問主意書全記録』(社会新報号外)保坂展人と元気印の会、1998年
  • 『学校を救え!』ジャパンタイムズ、1999年
  • 『次世代政治家活用法 困ったとき、怒ったときにあきらめるな!』リヨン社、2003年3月 ISBN 4-576-03056-6
  • 『保坂展人のザ・質問 国会質問300回記念第156国会質問集2』(社会新報号外)保坂展人と元気印の会、2003年
  • 『年金のウソ 隠される積立金147兆円』ポット出版、2004年6月 ISBN 4-939015-66-1
  • 『年金を問う 本当の「危機」はどこにあるのか』岩波書店岩波ブックレット]、2004年10月 ISBN 4-00-009337-1
  • 『保坂展人のザ・質問3』保坂展人と元気印の会、2005年
  • 『学校だけが人生じゃない』結書房、2006年11月 ISBN 4-902127-10-5
  • 『保坂展人のザ・質問4』保坂展人と元気印の会、2007年
  • 『保坂のぶとの現場レポート 八ッ場ダムはなぜ止まらないのか』(DVD作品)ほんの木、2010年
  • 『闘う区長』集英社集英社新書]、2012年
  • 『88万人のコミュニティデザイン 希望の地図の描き方』ほんの木、2014年
  • 脱原発区長はなぜ得票率67%で再選されたのか?』ロッキング・オン、2016年

共著[編集]

  • (鈴木孝子)『子どもたちの悲鳴 体罰シンドロームの学校で』風媒社、1985年
  • (辛基秀、伊藤ルイ、寺本知、鎌田慧)『生きることについて 1984年度 同和教育学習資料』枚方市、1985年
  • (青生舎編)『元気印大作戦』角川書店角川文庫]、1985年
  • (金山福子)『やだもん 保坂展人の元気印ランド』小学館、1987年[43]
  • (庄司博一ほか)『行政改革その軌跡と展望 第6巻 年金改革に潜む行革 1982-1989』記録ジャーナル社、1989年
  • (土居充夫ほか)『行政改革その軌跡と展望 第5巻 臨教審何処へ 1982-1989』記録ジャーナル社、1989年
  • (ハイサイ、宝島編集部編)『喜納昌吉チャンプルーブック Earth spirit』JICC出版局、1991年
  • (安達倭雅子、辻あづさ他)『いじめ いま、親にできること』木馬書館、1995年
  • 鎌田慧)『いじめられている君へ いま言えること、伝えたいこと』徳間書店、1995年
  • 井上俊上野千鶴子、大沢真幸、見田宗介吉見俊哉編)『岩波講座現代社会学15 差別と共生の社会学』岩波書店、1996年
  • (三沢直子)『愛することと働くこと 学校・家族・仕事をめぐる対話』築地書館、1997年
  • (福島瑞穂)『盗聴法はいらない』社会民主党全国連合機関紙宣伝局、1999年
  • (三沢直子、宮台真司)『居場所なき時代を生きる子どもたち』子ども劇場全国センター出版局、1999年
  • だめ連宮崎学ほか)『TALKING Loft 3世 Vol.2 新宿歌舞伎町Loft/Plus ONEトーク集』ロフトブックス、1999年
  • (年報・死刑廃止編集委員会編)『年報・死刑廃止 99』インパクト出版会、1999年11月
  • (斎藤次郎、吉永みち子)『こうすれば学校を救える』風媒社ブックレット、2000年
  • 太田誠一池坊保子田中甲石井郁子)『きこえますか子どもからのSOS 児童虐待防止法の解説』ぎょうせい、2001年
  • (教育と医学の会編)『現代人の心の支援シリーズ2 知と感性をそだてる-児童期-』慶應義塾大学出版会、2002年
  • 一番ヶ瀬康子、小沼肇編)『子どもと福祉文化 実践・福祉文化シリーズ 第2巻』明石書店、2004年
  • 岩瀬達哉大川豊)『官の錬金術 失業保険1兆円はどこへ消えたか』WAVE出版、2005年11月 ISBN 4-87290-237-8
  • 海渡雄一)『共謀罪とはなにか』岩波書店〈岩波ブックレット〉、2006年10月 ISBN 4-00-009386-X
  • (福島瑞穂編)『憲法学校 “憲法と私”を考える集中授業』明石書店、2007年
  • 阿部とも子)『どうなる!?高齢者の医療制度』ジャパンマシニスト社、2008年6月 ISBN 978-4-88049-183-7
  • (土井たか子、村井吉敬、アジア人権基金編)『アジア・ヒューマンライツ アジア人権基金の歩み』梨の木舎、2010年
  • (天空企画編)『ウチナー・パワー』コモンズ、2010年
  • リヒテルズ直子)『親子が幸せになる 子どもの学び大革命』ほんの木、2018年

編著[編集]

  • 『先輩が怖い! 中学生に広がる新・身分制度』リヨン社、1989年

共編著[編集]

  • (尾山奈々)『花を飾ってくださるのなら 奈々15歳の遺書』講談社、1986年
  • 村上義雄、中川明)『体罰と子どもの人権』有斐閣[有斐閣人権ライブラリイ]、1986年
  • (福音館書店編集部)『手紙青春模様2 いま、時代のなかへ』福音館書店、1987年
  • (福音館書店編集部)『手紙青春模様1 校庭のかたすみから』福音館書店、1987年
  • (トーキング・キッズ)『先生、その門を閉めないで 告発・兵庫県立神戸高塚高校圧死事件』労働教育センター、1990年
  • (平野裕二)『困った先生(コマセン)白書』日新報道、1991年
  • (S・I戦略研究グループ)『高校サバイバル戦略』日本ドリコム、1992年
  • (山本ななえ)『あきらめなかった少女たち 傷ついた心のネットワーク』リヨン社、1996年
  • (岡崎勝共)『佐世保事件からわたしたちが考えたこと 思春期をむかえる子と向きあう』ジャパンマシニスト社[Oha special]、2005年3月 ISBN 4-88049-144-6

選挙歴[編集]

当落 選挙 執行日 年齢 選挙区 政党 得票数 得票率 定数 得票順位
/候補者数
政党内比例順位
/政党当選者数
比当 第41回衆議院議員総選挙 1996年10月20日 40 東京22区 社会民主党 1万3904票 5.90 1 5/6 1/1
比当 第42回衆議院議員総選挙 2000年6月25日 44 東京6区 社会民主党 3万8167票 15.16 1 3/6 1/1
第43回衆議院議員総選挙 2003年11月9日 47 東京9区 社会民主党 2万3320票 9.24 1 3/4 /
第44回衆議院議員総選挙 2005年9月11日 49 比例東京 社会民主党 17 / 1/1
第45回衆議院議員総選挙 2009年8月30日 53 東京8区 社会民主党 11万6723票 39.52 1 2/4 1/0
第22回参議院議員通常選挙 2010年7月11日 54 比例区 社会民主党 6万9214票 11.02 48 / 3/2
世田谷区長選挙 2011年4月24日 55 無所属 8万3983票 30.70 1 1/5 /
世田谷区長選挙 2015年4月26日 59 無所属 19万6098票 67.03 1 1/2 /
世田谷区長選挙 2019年4月21日 63 無所属 18万9640票 61.07 1 1/2 /

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ (日本語) 「真実はしなやかに強く、虚構は硬くてももろい」――加計学園閉会中審査を聞いて”. ハフィントンポスト (2017年7月26日). 2017年7月26日閲覧。
  2. ^ 保坂展人・世田谷区長が語る「憲法の使い手」土井たか子さんから学んだこと”. 8bitnews (2014年10月5日). 2021年11月24日閲覧。
  3. ^ 『朝日新聞』1996年10月5日付朝刊、政治、7面、「社民党が衆院選比例区で保坂展人ら公認(政治短信)」。
  4. ^ 『朝日新聞』1996年10月5日付朝刊、2社、34面、「市民運動家、土井氏支える会から立候補(どこへ 96年秋・新選挙)」。
  5. ^ 小選挙区での得票率5.89%は比例復活の中では歴代最低記録であり、既に公選法が改正されたため現行法上に則れば記録が更新されることはない。
  6. ^ 2008/09/12 次期衆院選公認内定、推薦を追加決定 常任幹事会
  7. ^ 総務省顧問の発令 総務省 2009年10月23日
  8. ^ 保坂氏が総務省顧問を辞職(産経新聞2010.3.17 19:48)
  9. ^ 世田谷区長選挙 開票結果
  10. ^ 2014年02月11日16:24 「都知事選挙の舛添候補大勝の流れをつくったことの一つが23区区長と三多摩市長の支援表明だ」 - 土屋正忠
  11. ^ 国会議員署名これまでと今後の展望 - 空港はいらない静岡県民の会(2009年3月7日時点のアーカイブ
  12. ^ 保坂展人 質問主意書
  13. ^ 第163回国会 法務委員会第6号(平成17年10月21日(金曜日))
  14. ^ 「共謀罪」反対で、超党派国会議員と市民の緊急集会
  15. ^ 保坂展人のどこどこ日記、2007年12月21日
  16. ^ 2000年5月8日付朝日新聞
  17. ^ その後もコミックマーケットとの関係は続き、2009年の総選挙に際しても公示前に「コミックマーケット76」を訪れて漫画・アニメへの「表現規制問題」についての意見聴取を来場者から行った。保坂展人のどこどこ日記 2009年8月15日「8月15日、夏のコミケ訪問記」 [1]
  18. ^ 保坂展人のどこどこ日記・2006年12月3日付
  19. ^ 第170回国会 40 児童買春・児童ポルノ禁止法改正に当たり、拙速を避け、極めて慎重な取り扱いを求めることに関する請願
  20. ^ ねとらぼ:「エロゲーは危険な社会を作り出す凶器」――規制を求める請願、衆議院に - ITmedia News
  21. ^ ニコニコニュース‐エロゲを守れ? 11月10日生放送に保坂衆議院議員が出演
  22. ^ 『ネット政策討論会~児童ポルノ禁止法、ネット規制問題について語る~』Part1‐ニコニコ動画(ββ)
  23. ^ コンテンツ文化研究会:「保坂展人と語る、マンガ規制・ネット規制の今」無事に成功致しました。
  24. ^ 「保坂議員盗聴される」毎日新聞、1998年7月8日
  25. ^ 「保坂議員盗聴事件 『不起訴』処分に」毎日新聞、2000年12月28日夕刊
  26. ^ 『世田谷モデル』とは? PCR検査の大幅拡充、保坂区長が表明 「いつでも、どこでも、何度でもを目指すべき」” (日本語). ハフポスト (2020年8月4日). 2022年5月11日閲覧。
  27. ^ 報道されております「世田谷モデル」について | 世田谷区医師会” (日本語). 世田谷区医師会 | 世田谷区医師会-東京都世田谷区-のWebサイトです (2020年8月24日). 2022年5月18日閲覧。
  28. ^ 東京:【独自】世田谷一斉PCR終了へ 区、来月末に ワクチン進展で施設感染減” (日本語). 読売新聞オンライン (2021年8月20日). 2022年5月11日閲覧。
  29. ^ 世田谷区民の皆さんへ 区長からのメッセージ(1月18日)” (日本語). 世田谷区ホームページ. 2022年5月11日閲覧。
  30. ^ 無料配布の抗原検査キット、「ヤフオク!」出品…世田谷区「絶対にやめて」 : 社会 : ニュース” (日本語). 読売新聞オンライン (2022年2月5日). 2022年5月11日閲覧。
  31. ^ 保坂展人のどこどこ日記、2010年11月29日
  32. ^ 環境安全保障と「非戦・非核」への道を願う 保坂展人のどこどこ日記 2006年7月23日
  33. ^ 保坂展人のどこどこ日記 浜岡原発・静岡空港に行ってきた
  34. ^ 読売新聞2010年参院選 各党候補者アンケート
  35. ^ フォーラム平和・人権・環境|集会等の報告|「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する全国集会に1500人参加
  36. ^ 日本共産党が与党の自治体|党紹介 日本共産党中央委員会
  37. ^ 「結婚し2人以上子どもを望むのが健全」柳沢第2失言に驚く- 保坂展人のどこどこ日記
  38. ^ 辻元清美 政治活動20年へ、感謝と飛躍の集い in 東京
  39. ^ 西村奈緒美 (2019年11月17日). “「全国首長九条の会」を結成 現職の首長ら131人賛同”. 朝日新聞. https://www.asahi.com/articles/ASMCK52W0MCKUTIL006.html 2019年11月18日閲覧。 
  40. ^ “改憲阻止 地域で展開 「全国首長九条の会」結成”. 河北新報. (2019年11月18日). https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201911/20191118_71011.html 2019年11月18日閲覧。 
  41. ^ “9条守れ 首長ズラリ 一点で協力 「会」を結成”. しんぶん赤旗. (2019年11月18日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik19/2019-11-18/2019111801_02_1.html 2019年11月18日閲覧。 
  42. ^ のちに『今、いじめが爆発する!』というタイトルで2時間ドラマ化された(月曜ワイド劇場枠で放送)。
  43. ^ 第35回産経児童出版文化賞受賞(1988年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
熊本哲之
世田谷区旗東京都世田谷区長
2011年 -
次代:
現職