青ヶ島村

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あおがしまむら
青ヶ島村
Aogashima montage.JPG
村内各所
Flag of Aogashima, Tokyo.svg
Aogashima Tokyo chapter.svg
青ヶ島村旗 青ヶ島村章
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 東京都 八丈支庁
団体コード 13402-3
法人番号 3000020134023
面積 5.96 km²
総人口 168
推計人口、2016年10月1日)
人口密度 28.2人/km²
村の木 椨の木
村の花 佐久百合 (為朝百合)
村の鳥 烏鳩 (黒鳩)
青ヶ島村役場
村長 菊池利光
所在地 100-1701
東京都
外部リンク 青ヶ島村ホームページ

青ヶ島村位置図

― 区 / ― 市 / ― 町・村

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青ヶ島村(あおがしまむら)は、東京都に属するである。 ただし、所属する郡は無い。 本村域は伊豆諸島南部の青ヶ島全域に及び、所管する東京都の行政出先機関は八丈支庁である。

本村は、日本国内で最も人口の少ない地方自治体である。

地理[編集]

青ヶ島村は、東京都内とは謂えども本州の東京都区部から358.4km南方の東京都島嶼部に在る。 本村の村域は他のどの地方自治体とも接しておらず、最も近くの八丈町からは68km離れている。

人が定住している集落は青ヶ島の北部にあり、西側の西郷と東側の休戸郷の二つである。 ただし、これら集落名は登記上の公式地名ではなく、本島内の住所は全て番外地扱いの「青ヶ島村無番地」であり、大字小字地番も存在しない。

青ヶ島村
青ケ島郵便局の屋舎が見える 
三宝港 
出港した還住丸 

歴史[編集]

  • 1785年 - 天明の別れ
4月18日から始まり5月頃まで続いた天明の大噴火が青ヶ島の最も新しい火山活動である。
当時327人いたとされる島民のうち202人が八丈島からの救助により避難するも、避難に間に合わなかった残りの者は爆発に巻き込まれて全員死亡したとされる。
八丈島での避難生活は、時には流人以下の扱いを受けるという悲惨なものであった。これは、不作続き(天明の大飢饉)で八丈島民だけでも食うのがやっとであったにもかかわらず、幕府が避難民の他地域への移住を認めなかった(さらに八丈島の流人はもともと武家など身分の高い人物ばかりだった)というやむを得ない事情による。
嘗ての豊かな青ヶ島を夢見て帰島を企てる者も幾度か在ったが、航海の途中で遭難したり、無事に辿り着いても噴火で荒廃した土地では生きていけず、叶わなかった。
  • 1817年
佐々木次郎太夫名主となり、彼の周到な計画のもとで、帰島事業が着々と進められる。
遂に還住(全島民帰還)を果たす。
  • 1835年 - 島の再興が宣言される(検地が行われ、正規の年貢が納められるまでになる。)
天明の別れから復興まで半世紀もの歳月が掛かった。この時点での島の人口は241名(男133・女108名)であった。
定期船「還住丸」の名称はこの一連の出来事に由来している。
青ヶ島は東京都八丈支庁の管轄となり、青ヶ島村が置かれる。
  • 1946年1月29日 - 日本からの一時的な行政権切り離し
連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の連合軍最高司令部訓令(SCAPIN)677号『特定外周領域の日本政府よりの政治的行政的分離に関する件』[3]によって日本政府の行政権から切り離される
  • 1946年3月22日 - 日本の行政下に復帰する
同令841号『特定外周領域の日本政府よりの政治的行政的分離に関する件』で伊豆諸島や小笠原諸島の他の町村と同じく行政権が日本政府に戻される
  • 1956年7月8日 - 初の国政選挙実施
短波に拠る無線電話の整備に伴って、第4回参議院議員通常選挙が本島初の国政選挙として行われた。
青ヶ島は僻地で通信手段が無いとの理由から、国政選挙および都政選挙については日本国憲法で保障された参政権が制限され、選挙に参加できなかった[4]
  • 1974年6月28日 - 村章を制定する[5]

産業[編集]

青ヶ島村民の過半分が村役場職員や建設作業員であり、主な産業公共事業及び島内出身者による農業である。 なお、来島者の大部分は農林水産・土木・設備関連を主とする公共事業目的の公務員及び建設作業の従事者である。

特に畜産業では、繁殖させた黒毛和種の子牛が本土へ出荷されており、1972年までは乳牛も飼養されていた。 嘗ては本島の基幹産業であった畜産業は近年では飼養者の高齢化などでその戸数や頭数を減らしているが、その一方では、神農椰子(フェニックス·ロベレニー)や桔梗蘭などの切り葉類の農業生産が増えている。

また、本島の周辺海域はフィッシングスポットでもある。 しかし、訪れる遊漁船の多くは八丈島からのチャーターであり、本島に上陸する人は少ない。

岡部(集落が在る地区)には、民宿(『御宿為朝』・『民宿マツミ荘』・『民宿杉の沢』・『あおがしま屋』・『ビジネス宿中里』・『あじさい荘』)[6]商店(『十一屋酒店』)・居酒屋(『居酒屋おじゃれ池之沢』・『居酒屋もんじ』)[6]・運送業とレンタカー屋とガソリンスタンドを兼ねた自動車整備工場(青ヶ島整備工場[7])が在る。 池之沢(カルデラの地域)には、キャンプ場(青ヶ島村キャンプ場)・地熱サウナ(ふれあいサウナ)が在る。

特産品[編集]

主に青ヶ島生産者協議会によって、様々な製品が造られている[8]。 『青酎』[9]や『ひんぎゃの塩』[10]などのこれらの特産品は、青ヶ島内で唯一の商店である『十一屋酒店』の他にも、東京都区部の竹芝客船ターミナル内に在るアンテナショップ『TOKYO ISLANDS CAFE』[11]や通販等でも購入可能である。

寿司 - 『島寿司』
寿司ネタ としては目近魚[12]が有名であるが、他にも、勘八(間八)[13]などと、種類は様々である。
観光客にとっては、各民宿にて供されることが多い。
辛子だれ - 『島だれ』・『中里のしまだれ』・『マツミおばちゃんち 秘伝 島だれ』
特産の唐辛子を使った少し辛めの味付けになっており、『島寿司』に好く合う。
焼酎(芋・麦) - 『青酎 池の沢』・『青酎 伝承』・『青酎 伝承 喜久一』・『青酎 青宝』・『あおちゅう』・『青酎 麦』・『恋ヶ奥』
青ヶ島酒造で産出された原料で醸造されている
居酒屋や一部の民宿で飲める
ケーキ - 『あおちゅうケーキ』
『あおちゅう』各種が作われている。
燻製 - 『とびくん』
青ヶ島整備工場が青ヶ島周辺海域で獲れた脂の乗った旬の飛魚を燻製にしている
海塩 - 『ひんぎゃの塩』
三宝港で汲み上げられた海水青ヶ島村製塩事業所にて火山の地熱で煮詰めている
各種菓子 - 『ひんぎゃの塩ドロップ』・『ひんぎゃの塩キャラメルラスク』・『ひんぎゃの塩クッキー』
『ひんぎゃの塩』で味付けされてる
発酵香辛料 - 『鬼辛』
辛さと風味に優れた青ヶ島特産の青唐辛子や赤唐辛子をあおがしまふぁーむが『ひんぎゃの塩』で漬け込んで醗酵熟成させてペースト状にしたもの
鬱金 - 『池乃沢七五三うこん』
春・紫・秋の各鬱金がブレンドされた粉末
一味唐辛子 - 『ひんぎゃの島とうがらし』・『青ヶ島のとうがらし』
市販されている唐辛子と比べると格段に辛い
辣油 - 『じゅんこの手作り島ラー油』
特産の唐辛子と鬱金で製造されている
ラスク - 『ラー油んにんにくラスク』
『じゅんこの手作り島ラー油』各種を使って作られている
石鹸 - 『ひんぎゃの塩せっけん』
『ひんぎゃの塩』が練り込まれている。
その他 - 『青ヶ島マグネット』・『青ヶ島ポストカード』

公共施設[編集]

青ヶ島を俯瞰すると、岡部の南のカルデラ外縁部の一面で、雨水を集める取水施設の向沢取水場が緑色に目立つ。

おじゃれセンター
診療所保健センター保育所(青ヶ島村保育所)を備えた福祉医療施設
「おじゃれ」は島の言葉で「いらっしゃい」の意である。
集会堂.図書,武道館
青ヶ島小中学校

その他にも、老人福祉館・物流センター・青ヶ島村役場・青ヶ島駐在所・青ヶ島村共同放牧場施設・和牛人工授精センターが有る。 また、本島外との異動の激しい公務員用の宿舎も整備されている。

名所・行事[編集]

青ヶ島村では観光地も整備されてきている。

観光地[編集]

神子ノ浦展望広場
黒潮の流れや嘗ての青ヶ島の住民が上陸や荷揚のために使っていた神子ノ浦を一望できる
神子ノ浦へ続く断崖絶壁の道を降りる道(通行不能)が繋がっている。
尾山展望公園
青ヶ島の二重カルデラの地形を一望できる
周辺を巡るハイキングコースの他にも、夜に星空を観察できるように足下を照らす照明が整備されている。
ふれあいサウナ
地熱を利用したサウナと海水を沸かせた風呂を備える温泉(含有成分は無い)
水道水は、地熱で温められて、必然的に温水となってしまう。
青ヶ島村キャンプ場[14]
炊事場・トイレ・竈および地熱蒸気噴気孔『ひんぎゃ』を利用した地熱釜が設置されている。「ひんぎゃ」は島言葉で「火の際」の意である[15]
利用には事前予約と当日申請が必要で、飲料水に関しては予め用意しておくか村役場の水道まで汲みに行く必要が有る。

社寺[編集]

大里神社
青ヶ島の総鎮守
その参道は急斜面に丸石を300段に敷き詰めたものである。
東台所神社
祟り神を祀る神社
1757年に名主の息子の浅之助なる者が色恋沙汰で錯乱した挙句に青ヶ島民7名を斧で殺害し自らも入水した。その浅之助が祟り神として祀られている。
参道は急斜面に丸石を石段状に積み上げたもので、通行困難であるが、これとは別に尾山展望台からの道も在る。
金比羅神社
還住(全島帰還)を果たした際の船頭の岩松が航海無事の報恩のため金比羅神を祀った。
渡海神社
天明の大噴火の犠牲者を祀る
清受寺
八丈島大賀郷の宗福寺(浄土宗)の末寺とされているが無住の堂が建つのみである
本島内では唯一の寺院

他にも、カルデラ外周部を三宝港へ下る道路の傍と神子ノ浦展望広場から神子ノ浦へ下る遊歩道(崩落)の途中に、それぞれ小さなが在る。

旧跡[編集]

名主屋敷跡
1824年に還住を果たした佐々木次郎太夫の屋敷跡

[編集]

牛祭り
毎年8月10日に行われる島内最大の(曜日に関係無く実施される)
この日に合わせて青ヶ島外にいる出身者が大勢帰省してくるため、本島内は一斉に賑やかになる。また、牛祭りの実行委員会が作成するTシャツの『牛T』はを主題にして毎年異なったデザインで作成されるため、本島外にもファンが多い。

その他[編集]

三宝港
就航している船舶の乗船手続きは青ヶ島港落石防護施設[16]で行われる。
クレーンで高架に留置された漁船の船揚げ降ろしを行っている
海水汲み上げ式温泉(無料・湯張りや清掃は各自で行う・水着着用)が有った三宝港待合所は、2009年の台風第18号で高波に襲われて、廃墟と化した[17]
青ヶ島ヘリポート
『東京愛らんどシャトル』が就航している。
八丈島に向けてヘリコプターが離陸する際には、送迎者が手を振り青ヶ島駐在所警察官敬礼する風景が見られる。

関連人物[編集]

出身者[編集]

5期(17年3か月)に亘って村長職を務めた

その他[編集]

公募により2002年から2005年まで教育長を務めた
青ヶ島村とのタイアップでの特集企画が行われており[18]、2010年には本島でライブも開催された。
母親が青ヶ島の出身であり、祖母が青ヶ島に在住して青酎を製造している。本人はひんぎゃの塩のパッケージデザインを手掛けている[19]

人口[編集]

本村民の平均年齢は、人口の約半分が村外出身の村役場職員や学校教員および建設作業員とその家族で占められていることから、離島としては低く、30歳代後半である。

Demography13402.svg
青ヶ島村と全国の年齢別人口分布(2005年) 青ヶ島村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 青ヶ島村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
青ヶ島村(に相当する地域)の人口の推移
1970年 234人
1975年 205人
1980年 192人
1985年 225人
1990年 203人
1995年 237人
2000年 203人
2005年 214人
2010年 201人
総務省統計局 国勢調査より

注釈[編集]

  1. ^ 東京都』 角川日本地名大辞典編纂委員会、角川学芸出版〈角川日本地名大辞典〉、2009年10月23日ISBN 978-4-046-22917-5
  2. ^ 全国市町村名変遷総覧』 日本加除出版、市町村自治研究会、日本加除出版2006年8月1日ISBN 978-4-817-81318-3
  3. ^ H. W. Allen. “Governmental and Administrative Separation of Certain Outlying Areas from Japan (PDF)”. 連合国軍最高司令官総司令部(GHQ). 1946年1月29日閲覧。
  4. ^ 菅田正昭. “伊豆七島と伊豆諸島”. 2016年7月1日閲覧。
  5. ^ 図典 日本の市町村章』 小学館辞典編集部、小学館2006年12月15日、86頁。ISBN 978-4-095-26311-3
  6. ^ a b 青ヶ島村 牛とかんもと神々の島 (PDF)”. 東京市町村自治調査会. 2016年7月1日閲覧。
  7. ^ 有限会社 青ヶ島整備工場 -自動車分解整備事業,青ヶ島レンタカー,青ヶ島運送,産業廃棄物収集・運搬,浄化槽維持管理,Good One事業-”. 青ヶ島整備工場. 2016年7月1日閲覧。
  8. ^ 特産品の紹介”. 青ヶ島生産者協議会. 2016年7月1日閲覧。
  9. ^ 絶海の孤島・青ヶ島だけで代々醸されてきた幻の焼酎 AO-CHU(青酎・あおちゅう)”. 青ヶ島酒造. 2016年7月1日閲覧。
  10. ^ ひんぎゃの塩”. 青ヶ島製塩事業所. 2016年7月1日閲覧。
  11. ^ 伊豆諸島・小笠原諸島のアンテナショップ東京愛らんど(TOKYO ISLANDS CAFE)”. BMC. 2016年7月1日閲覧。
  12. ^ 島寿司作りのお手伝い”. hakarametakonoki. 2008年11月24日閲覧。
  13. ^ マグロとカンパチのお寿司”. aogashimaauralife. 2009年10月25日閲覧。
  14. ^ キャンプ・宿泊”. 青ヶ島村. 2016年7月1日閲覧。
  15. ^ ぐるり39 ~自治調査会だより~ (PDF)”. 東京市町村自治調査会. 2014年2月1日閲覧。
  16. ^ 青ヶ島港落石防護施設”. 東京都. 2016年7月1日閲覧。
  17. ^ 港の様子”. hakarametakonoki. 2009年10月25日閲覧。
  18. ^ 青ヶ島 星の魅力を語る 篠原ともえ”. 青ヶ島村. 2016年7月1日閲覧。
  19. ^ 篠原ともえさんデザインの青ヶ島「ひんぎゃの塩」!”. BMC. 2015年7月9日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  • 青ヶ島2泊3日ひとり旅