共産主義者同盟マルクス・レーニン主義派

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共産主義者同盟マルクス・レーニン主義派(きょうさんしゅぎしゃどうめいマルクス・レーニンしゅぎは、略称:ML派)は、ブント系の日本の新左翼党派。

共産主義者同盟(共産同、ブント)系の中で、「共産同(ML派)」と表記可能なセクトは、少なくとも以下の三つが存在した。

  1. 共産主義者同盟全国委員会(マルクス・レーニン主義) - 共産同全国委の分裂後、機関誌『マルクス・レーニン主義通信』
  2. 共産主義者同盟赤軍派(マルクス・レーニン主義派) - 赤軍派プロ革派の分裂後、機関誌紙『マルクス・レーニン主義』「革命通信」
  3. マルクス・レーニン主義者同盟(共産同再建大会実行委員会) - 機関誌『マルクス・レーニン主義』、後に社学同ML派からその後継のML同盟機関紙として「赤光」

本稿ではマルクス・レーニン主義者同盟(共産同再建大会実行委員会)として発足し、その一部が毛沢東主義派の「日本マルクス・レーニン主義者同盟(ML同盟)」結成へと続いていくML派について記述する

概説[編集]

60年安保闘争に敗北した後、共産主義者同盟(ブント)は総括をめぐり四分五裂した。

再建の動きはいくつかのグループによってなされ最初は傘下の社学同から再建が行われた。社学同の再建もマル戦派、ML派、独立派、関西派の各グループが個別に行っていた。 このうち「マルクス・レーニン主義者同盟(共産同再建大会実行委員会)」が再建に当たった社学同が周囲から社学同ML派と呼ばれるだけでなく彼ら自身の機関誌にも正式名としてこれが使われていており正式名称である。一方このML派を「共産同ML派」と呼称するのは通称に過ぎない。なおこの通称は「非マル戦派」の通称としての色合いが強い。

ML派に先駆け 1964年3月21日にマル戦派が共産同再建大会を開いたのに対抗するように同じ日にマルクス・レーニン主義者同盟(共産同再建大会実行委員会)も共産同再建大会を開いた物の不成立に終わる。 同年8月「マルクス・レーニン主義者同盟」「社会主義青年同盟年」「電通労研」により「共産主義者同盟再建」が成されるが、先述の通り、この共産同が「非マル戦派の共産同」の意味で「ML派」と称せられることもある しかし、この時期のブントに於いてML派を正式名称にしていたのは彼らの機関誌にもそう記述していた「社学同ML派」のみで、「共産同ML」は便宜上の呼称に過ぎない。

社学同ML派の多数派は1965年-1966年のブント再統合に加わるが(第二次ブント)、社学同ML派の少数派は第二次ブントに加わらず、1968年日本マルクス・レーニン主義者同盟(ML同盟)と学生解放戦線(SFL)を結成[注釈 1]、武装闘争路線を堅持し、毛沢東思想を日本革命の指導理念として主張した。

ML同盟(ML派)は1968年-1970年ころの大学闘争・大学紛争の時期において、全共闘を構成する党派の1つとして活動、東大闘争東大安田講堂事件では列品館での攻防で名を挙げた。安田講堂の防衛隊長の今井澄(のち参議院議員)を輩出している。

1970年末に、この党派は解体し、一部はマルクス主義青年同盟(マル青同)に連なっていく。

70年代への声明[編集]

全国のプロレタリア兄弟諸君、革命的大学生高校生農民諸君! 

解放戦線運動は、プロレタリア階級形成の闘争であり、プロレタリア戦士として自己を否定・創造してゆく闘争であり、プロレタリア世界革命・不断革命=世界人民戦争を日本的・プロレタリア的に現実化する闘争である。 そしてそれは、政治的には帝国主義を打倒し、資本家階級を殲滅する戦闘と、その人民戦闘組織の創造であり、二重権力闘争であり、自己権力闘争である。 解放区を日本社会にだけでなく、我々の魂の中に創造する闘いである。 同時に、日本階級闘争の組織問題においては、プロレタリアートと被抑圧人民の組織(とされている)を革命し、真に戦闘の武器に改造する闘争であり、「自治会」「労働組合」にまつわる一切の既成理念概念を革命する組織戦闘である。

人民に依拠し、人民を信頼し、人民と共に進む、真の革命的統一戦線である。即ち、解放戦線運動こそ、そしてそれのみが現代世界における現在的な共産主義運動の現実体である。

あらゆる単位、地域に解放戦線を建設せよ! 一握りの「理論指導者」や「政治指導部」ではなく、正に身体を張って闘う人民大衆自身が革命とその戦闘の理論、理想、組織を創造する真の革命時代を創造する真の革命時代を押し開く。

自分自身をプロレタリア階級形成してゆく、解放戦線を建設せよ!

(決起せよ!ML同盟の下、解放戦線運動へ!/1969)

所属していたことのある著名人[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 社学同MLの書記局長などの主要幹部と機関誌「マルクス・レーニン主義」「赤光」を引き継いだのはML同盟であり、「共産同MLがML同盟を作り、社学同MLがSFLを作った」というのは誤認である

出典[編集]

関連項目[編集]