ハーグ事件

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占拠されたフランス大使館の前に立つオランダの警官(1974年9月15日)

ハーグ事件(ハーグじけん)とは、1974年9月13日に、オランダデン・ハーグで発生した、日本赤軍による人質事件。

概要[編集]

1974年9月13日に、日本赤軍の和光晴生奥平純三西川純が、オランダのデン・ハーグにあるフランス大使館を短銃で武装し占拠した。なおこの際にオランダの警察官2名が撃たれ重傷を負った。事件には最高幹部の重信房子も関与していた。

犯人らは大使館員ら11名を人質にし、身代金として30万ドルと、日本企業の駐在員誘拐をもくろんだものの失敗し、フランス当局収監中の日本赤軍メンバーである「スズキ(山田義昭)」の釈放を要求した。

オランダ政府は最終的に30万ドルを払い人質を解放、フランス政府は山田を釈放し、その後犯人グループは19日に逃亡先のシリアで投降した。また、事件の余波でオランダは、9月17日ユリアナ女王によるパレードを簡素化することになった。

犯人たちはその後1975年クアラルンプール事件にも関わり、1977年9月に発生したダッカ日航機ハイジャック事件による犯人の要求で奥平が超法規的措置として釈放され、現在も国外逃亡しており、国際指名手配されている。

判決[編集]

その後、実行犯の西川と和光に無期懲役判決が下り、武器調達などを行って実行犯と共謀したとして日本赤軍最高幹部である重信にも懲役20年の判決が下っている。なお重信は事件に対する自らの関与を否定し、PFLPの関与があったことを主張していた。

また、吉村和江が共犯として逮捕されたが、嫌疑不十分で不起訴となった。

関連項目[編集]