喜納昌吉

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喜納昌吉
出生 1948年6月10日(67歳)
出身地 沖縄県コザ市
担当楽器 ボーカル、エレキギター、三線
活動期間 1967年 -
事務所 (有)チャンプルーズ
共同作業者 チャンプルーズ
公式サイト 喜納昌吉&チャンプルーズ 公式サイト
著名使用楽器
Bill Lawrence
出身校 琉球政府立普天間高校
国際大学(現・沖縄国際大学除籍[1]
所属政党 民主党無所属

選挙区 比例区
当選回数 1回
在任期間 2004年7月26日 - 2010年7月25日
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喜納 昌吉(きな しょうきち、1948年6月10日 - )は、日本音楽家、平和活動家、政治家沖縄県コザ市(現・沖縄市)出身。琉球民謡を現代風にアレンジしたウチナー・ポップを確立した。バンド、喜納昌吉&チャンプルーズを率い、ヴォーカル、ギター、三線、作詞作曲をおもに担当する。参議院議員(1期)、元民主党沖縄県連代表[2]

略歴[編集]

経歴[編集]

父は琉球民謡の第一人者喜納昌永。11人兄弟の四男。妹は歌手の喜納啓子で、元妻は歌手の喜納友子

琉球民謡を元にした独特のメロディとウチナーグチ(沖縄方言)が特徴的なポップスを歌ってきた。実妹らと共に結成したバンド「喜納昌吉&チャンプルーズ」の音楽は、りんけんバンドネーネーズ等のものと共に「ウチナー・ポップ」とも呼ばれる。

平和活動に携わり、「すべての人の心に花を(「花」の副題でもある)、すべての武器を楽器に、すべての基地を花園に、戦争より祭りを」というメッセージを発信し続けている。2002年3月13日には、このメッセージをテーマとするNGO、ピースメーカーズ・ネットワーク(PMN:Peace Makers Network)も作られた。

インドの宗教家、神秘思想家バグワン・シュリ・ラジニーシ(オショウ 和尚 OSHO)のサニヤシン(弟子)である。サニヤス名(法名)はスワミ・プレム・ウパニシャッド。

政治家へ[編集]

もともと喜納は、音楽活動以外に県内の在日米軍基地問題、アイヌ問題、世界の先住民族との連携などさまざまな社会活動、特に平和運動にかかわっていた。

2003年3月米英によるイラク攻撃が間近に迫るなか、喜納はイラク攻撃を回避するため「“祭り”によって魂を解放し、歌や踊りといった文化のエネルギーを爆発させる事が出来たならば、人類は破壊から創造へと起動修正できるかもしれない」と『戦争よりも祭りを!』のスローガンを掲げ祭を起こそうとイラクへ向かう。 バグダッドでエイサーを踊りながらピースパレード、コンサートなどを行い、世界のNGOによる記者会見ではその中心に座って「地球はブッシュやブレアやフセインなど政治家たちだけのものではない。戦争よりも祭りを!」と世界に向かってメッセージを発した。[3]

しかし米英は国連の決議なしでイラク攻撃に踏み切り日本政府はこれを追認した。「もう政治家たちに政治を任せておくことは出来ない」と感じた喜納は、2004年参議院比例区に民主党から出馬し当選する。

喜納は民主党内においてそれぞれ距離のあった小沢・鳩山・菅の3名の間の橋渡しを買って出、民主党を政権奪取に導いたトロイカ体制が構築される上で重要な役割を果たした。3名とかねてより友好関係があり、加えてどのグループにも属していないという喜納の立ち位置ならではのなせる業だった。[4]

また、政権奪取後は沖縄県連代表として政府と沖縄との間に立ち、下記の政策を実現させている。

  • 沖縄県への一括交付金制度を発案し、仲井真知事と政府双方に提案。実現の中心的役割を果たした。[5]
  • 国が運営主体となっている首里城は県民のアイデンティティーのよりどころであるとして返還を要請、これをうけて政府は2018年までに沖縄県に返還することを決定した。[6]
  • 大学院大学は予算の大幅削減対象となっていたが、県財政を圧迫しない十分な長期予算をつけての設立を実現させた。[7]
  • 交友関係があったインドのジョージ・フェルナンデス国防大臣を通じて、沖縄こどもの国にインド象のペアを送って欲しいと要請し、実現した。[8]

2014年11月の沖縄県知事選挙では米軍普天間基地の辺野古移設問題が争点となった。出馬を表明していた翁長武志那覇市長が辺野古移設反対を唱えながら、仲井間知事が与えた辺野古埋め立て承認の取消し・撤回を公約しないことは欺瞞であるとして、自身の出馬を表明する。同時に翁長陣営に対し、承認の取消し・撤回を公約とするならば出馬を取りやめると申し出たが、翁長陣営はこれを拒否し公約を変えることはなかったため、喜納は出馬した。 喜納の意向に対して、辺野古移設を容認する民主党本部は立候補取りやめ、もしくは離党を求めた。これに対し、喜納は10月10日に沖縄県連代表を辞任したが、党本部の求める立候補中止と離党については拒否。党本部はこれを「重大な反党行為」に当たるとして同月14日、常任委員会において喜納の除籍処分を決定した[9]。投開票の結果、得票数最下位で落選したが、琉球新報の取材に対し「歴史の矛盾に光を当てた。選挙に負けても私は勝ったと思っている。」と答えている。[10]

そのほかの政策[編集]

  • 沖縄の離島へのベーシックインカムの導入を提唱
  • 国境、国境主義からの独立。沖縄がそのモデル地区となること。
  • 国連アジア太平洋本部の誘致
  • 尖閣諸島を沖縄県有化し将来的には国際共同開発・管理を目指す。
  • 唯一原発行政のない沖縄にR-水素(再生可能水素)など最新エネルギー技術の粋を結集し先端エネルギー社会のモデルを実現する、スマートアイランドOKINAWAを提唱。
  • 辺野古埋め立て承認の取り消し・撤回
  • 選択的夫婦別姓制度の導入に賛成[11]

代表曲[編集]

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1991年(平成3年)/第42回 花〜すべての人の心に花を〜 15/28 松原のぶえ 喜納昌吉(&チャンプルーズ)として出場
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

オリジナル・アルバム[編集]

  • 1st. 喜納昌吉&チャンプルーズ (1977.11.15 フィリップス)
  • 2nd. BLOOD LINE (1980.6.21 ポリドール)
  • 3rd. 祭 (1982.8.21 バップ)
  • 4th. THE CELEBRATIONS LIVE (1983.2.4 バップ)
  • 5th. ニライカナイPARADISE (1990.8.8 東芝EMI)
  • 6th. Earth Spirit (1991.9.20 東芝EMI)
  • 7th. チャンプルーズルネッサンス (1992.3.25 東芝EMI)
  • 8th. IN LOVE (1992.9.30 東芝EMI)
  • 9th. RAINBOW MOVEMENT (1993.12.4 日本フォノグラム)
  • 10th. 火神 (1994.12.5 日本フォノグラム)
  • 11th. CHAMPLOO (1995.7.26 マーキュリー)
  • 12th. すべての武器を楽器に(1997.10.1 日本コロムビア)
  • 13th. 赤犬子(1998.7.18 日本コロムビア)
  • 14th. 忘てぃや ういびらん 忘てぃや ないびらん(2004.5.20 ムー・パラダイス・レコード)
  • 15th. Nirai Pana (2012.6.23 ムー・パラダイス・レコード)

海外版・アルバム[編集]

  • INTRODUCTION(1992.8 SKY RANCH)
  • PEPPERMINT TEA HOUSE (1994.6 ルアカバップ)

著書[編集]

  • 『喜納昌吉 1948〜2000 流れるままに』 エイト社、2000年。
  • 『泣きなさい笑いなさい―ウパニシャッドの詩』 リヨン社、1988年8月。ISBN 4576880896
  • 『すべての武器を楽器に』 冒険社、1997年5月。ISBN 4938913135 - JLNSブロンズ賞受賞
  • 『すべての人の心に花を』 双葉社、2001年4月。ISBN 4575292079
  • 『反戦平和の手帖―あなたしかできない新しいこと』集英社新書、2006年3月。ISBN 978-4087203349 - C・ダグラス・ラミスとの共著
  • 『沖縄の自己決定権』 未來社、2010年5月31日。ISBN 978-624-30114-9 C0031

脚注[編集]

  1. ^ 政官要覧 平成21年秋号
  2. ^ 民主党ニュース:沖縄に寄り添い政策を進めていく 新体制スタートにあたり細野幹事長が表明 2013年05月15日
  3. ^ 8DAYsLIVEパンフレット 喜納昌吉 半世紀の軌跡
  4. ^ 8DAYsLIVEパンフレット 喜納昌吉 半世紀の軌跡
  5. ^ 「民主党沖縄県連の歩み」民主党沖縄県総支部連合会、2014年10月7日。
  6. ^ 「民主党沖縄県連の歩み」民主党沖縄県総支部連合会、2014年10月7日。
  7. ^ 「民主党沖縄県連の歩み」民主党沖縄県総支部連合会、2014年10月7日。
  8. ^ 「民主党沖縄県連の歩み」民主党沖縄県総支部連合会、2014年10月7日。
  9. ^ 民主党、沖縄知事選立候補の喜納氏を除名日刊スポーツ 2014年10月14日(2014年10月15日閲覧)
  10. ^ 喜納さん「私は勝ったと思う」琉球新報 2014年11月17日
  11. ^ 「2010参院選 候補者アンケート」毎日jp (毎日新聞社)、2010年6月26日。

外部リンク[編集]