高橋一郎 (衆議院議員)

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高橋一郎(たかはし いちろう、1926年3月6日 - 2015年9月25日)は、日本の政治家。衆議院議員として活動した。東京都中野区出身。東京工業専門学校千葉大学工学部)中退。自由民主党員である。

来歴・人物[編集]

曾祖父は村長・町長、祖父は東京府会議員、父は区議会議長という地方政治家の家系。

東京府立第九中学校(現在の東京都立北園高等学校)卒業後、東京工業専門学校(現在の千葉大学工学部)に進学するも中退。1946年、中野中学校講師となる。

1959年、中野区議会議員に初当選。

1965年東京都議会議員に初当選。

1979年、東京都議会議長に就任。

1986年、旧東京4区から衆議院議員に初当選(当選同期に鳩山由紀夫斉藤斗志二三原朝雄村井仁逢沢一郎金子一義武村正義杉浦正健園田博之中山成彬新井将敬石破茂笹川堯武部勤井出正一村上誠一郎など)。以降、連続当選5回。

1990年経済企画庁政務次官に就任。

1993年自民党を離党し、新生党に参加。この年、衆議院逓信委員長に就任。

1996年、自民党に復党し、総選挙では比例代表東京ブロック3位で当選。

2000年建設省総括政務次官に就任。2001年国土交通副大臣に就任。

2003年、自民党比例区の定年制に基づき、政界引退。

ほかに、衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会委員長、青少年問題に関する特別委員会理事、自由民主党国民運動本部推進部長、自由民主党全国組織委員会証券金融局長、全国都道府県議会議長会会長などの要職を歴任。

また、大の好角家としても知られた。

2015年9月25日、心不全のため死去[1]。89歳没。叙従三位[2]

長男の高橋一実(かずちか)は、2005年2009年の東京都議会選挙に自民党公認で出馬したが、落選している。その後、2011年の中野区議会議員選挙に自民党公認で出馬しトップ[3]で初当選した。

脚注[編集]


議会
先代:
二田孝治
日本の旗 衆議院文教委員長
1997年 - 1998年
次代:
小川元
先代:
亀井久興
日本の旗 衆議院逓信委員長
1993年 - 1995年
次代:
自見庄三郎
公職
先代:
(創設)
日本の旗 国土交通副大臣
泉信也と共同
2001年
次代:
佐藤静雄
泉信也
先代:
河野一郎
Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都議会議長
第27代:1979年 - 1981年
次代:
菅沼元治
先代:
福田政雄
全国都道府県議会議長会会長
第30代:1980年 - 1981年
次代:
大山廣司