小川元

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小川 元(おがわ はじめ、1939年(昭和14年)1月1日 - )は、日本政治家外交官。元衆議院議員(3期)。元駐チリ大使。元総務省参与。

長野県諏訪郡富士見町出身。司法大臣、鉄道大臣等を歴任した小川平吉の孫。

経歴[編集]

1939年1月1日小川一平・俊子夫妻の長男として生まれる。父・一平は弁護士・政治家小川平吉の長男、母・俊子は実業家杉本甫の姉[1]1961年学習院大学政経学部卒業。同年 三菱商事株式会社入社。 1970年ブラジル三菱商事株式会社取締役としてリオデジャネイロに5年間駐在し、帰国後は非鉄金属本部長代理などを歴任[2]1982年、三菱商事株式会社退社 縁戚の宮澤喜一衆議院議員の秘書となる(~1986年)。

1986年第38回衆議院議員総選挙自由民主党公認で旧長野3区から立候補し当選。 1990年第39回衆議院議員総選挙では落選するも1993年第40回衆議院議員総選挙では再当選。 1996年第41回衆議院議員総選挙において、小選挙区制導入に伴い長野4区から立候補し当選。 2000年第42回衆議院議員総選挙にて落選。政界引退。 自民党では宏池会に所属 外務政務次官を務めたほか、文教族、商工族として自由民主党商工局長、文教部会長、衆議院文教委員会、商工委員会の理事をそれぞれ歴任した。

2002年、駐チリ特命全権大使。民間人からの大使任命は小川が2例目となる。 2005年、ペルーを出国しチリに入国したアルベルト・フジモリペルー大統領について、邦人保護の観点から日本国籍を保持している元大統領が公正な扱いを受けられるようチリのウォーケル外相に要請。 2007年、駐チリ大使退任。総務省参与に就任。 2008年、総務省参与として再びチリを訪問した。 2014年、公益財団法人日本国際フォーラム政策委員も務めた[3]

系譜[編集]

小川家[編集]

長野県諏訪郡富士見町東京都) 

脚注・出典[編集]

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  1. ^ 『昭和人名辞典 第1巻 東京篇』、杉本甫(524頁) 日本図書センター 1987年10月5日な、おこの書籍の底本は谷元二編『大衆人事録 第14版』(帝国秘密探偵社、1942年10月5日発行)である
  2. ^ 学習院桜友会 月例会報告 小川元(おがわはじめ)氏〜民間大使の5年間
  3. ^ 委員”. 日本国際フォーラム. 2014年2月25日閲覧。

参考文献[編集]

  • 早川隆 『日本の上流社会と閨閥』、鈴木・小川・宮沢家 門閥ゼロからのスタート(153-157頁) 角川書店 1983年
  • 佐藤朝泰『豪閥 地方豪族のネットワーク』、政・官・財を横断する超エリート大閨閥の源流(442-457頁) 立風書房 2001年
  • 『昭和人名辞典 第1巻 東京篇』、杉本甫(524頁) 日本図書センター 1987年

外部リンク[編集]

議会
先代:
高橋一郎
日本の旗 衆議院文教委員長
1998年 - 1999年
次代:
鈴木恒夫