向山一人

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向山 一人(むかいやま かずと、1914年2月10日 - 1995年12月21日)は日本の実業家国会議員

来歴[編集]

長野県上伊那郡中箕輪村(現箕輪町)生まれ。旧制伊那中学(現長野県伊那北高等学校)を経て、早稲田大学附属高等工学校(廃校)卒業。古河電工無線研究所研究課長を退職して、1940年東京市荏原区(現品川区)に「興亜工業社」(現コーア) を設立した。1955年伊那毎日新聞設立。1963年には建設省の専門委員、1967年には日本経済団体連合会常任理事を歴任した。1977年コーア会長に就任。

1955年伊那市議会議員、1959年長野県議会議員に当選。その後は国政に転じ、1969年第32回衆議院議員総選挙長野県第3区から出馬し初当選。衆議院議員を2期務め、福田赳夫改造内閣で労働政務次官を務めた。1986年第14回参議院議員通常選挙参議院議員長野県選挙区)に転進し、労働・地方行政委員長を務め、政界引退をした。

出典[編集]

  • 『現代信濃人物誌 6』1972年