井出庸生

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日本の旗衆議院議員 井出 庸生
生年月日 (1977-11-21) 1977年11月21日(39歳)
出身地 日本の旗 東京都
出身校 東京大学教育学部
学位・資格 教育学士
前職 日本放送協会(NHK)記者
所属委員会 法務委員会(理事)
農林水産委員会
政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会
情報監視審査会
世襲
祖父・井出一太郎
伯父・井出正一
選出選挙区 比例北陸信越ブロック→)
長野3区
当選回数 2回
所属党派 みんなの党→)
結いの党→)
維新の党→)
民進党
会館部屋番号 衆議院第2議員会館721号室
ウェブサイト 井出ようせい‐公式サイト‐
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井出 庸生(いで ようせい、1977年11月21日 - )は、日本政治家民進党所属の衆議院議員(2期)。

祖父は農林大臣郵政大臣内閣官房長官を歴任した元衆議院議員の井出一太郎。伯父は厚生大臣新党さきがけ代表を歴任した元衆議院議員の井出正一

来歴[編集]

東京都生まれ(本籍地は長野県佐久市[1]武蔵高等学校卒業後、2年間の浪人生活を経て東京大学に入学。2002年3月、東京大学教育学部卒業。東大在学中は硬式野球部主将を務め、2000年10月22日の東京大学対立教大学の、上重聡投手が完全試合を達成した試合において27人目の打者を務め代打で出場したが、三振に終わった[1][2]。同年4月、NHKに入局[1]仙台放送局、横浜放送局にて報道記者を務めた後、2009年にNHKを退職した[1]

2010年第22回参議院議員通常選挙みんなの党公認で長野県選挙区から出馬したが、次々点で落選[1][3]

2012年第46回衆議院議員総選挙にみんなの党公認で長野3区から出馬したが、同区選出であった羽田孜元首相の秘書経験者で、羽田の後継指名を受けた民主党新人の寺島義幸[4][5]に惜敗。選挙区では次点であったが、重複立候補していた比例北陸信越ブロックで復活し、初当選[1][6]。なお自由民主党新人の木内均も、井出の得票数を約5千票下回ったが比例復活で初当選し、長野3区からは寺島、井出、木内の3人の新人代議士が誕生した。

2013年11月特定秘密保護法案衆議院本会議における採決では、みんなの党の賛成方針に反して起立せず、法案に反対した(同党の林宙紀も反対)。同年12月9日、みんなの党に離党届を提出し、結いの党の結党に参加。2014年9月、結いの党・日本維新の会の合流により結党した維新の党に参加した。

2014年第47回衆議院議員総選挙では、維新の党公認で長野3区から出馬。前回同様、民主党前職の寺島、自民党前職の木内も出馬したが、井出が前回よりも約1万票を上積みし、長野3区で当選した(寺島は落選、木内は再び比例復活)[7]

2015年2月26日衆議院本会議において特定秘密保護法の運用を監視する情報監視審査会の委員に選任された[8]

2016年3月27日民主党と維新の党が合流し、改革結集の会の一部議員や無所属議員なども参加して民進党が結成された[9]。現在同党に所属[10]

政策・主張[編集]

  • 憲法改正集団的自衛権の行使に反対。
  • アベノミクスを評価しない。[11]
  • 原子力規制委員会の新基準を満たした原子力発電所の再稼働に反対[12]
  • 選択的夫婦別姓制度導入について、「どちらかといえば賛成」としている[13]。同制度や旧姓使用に関して「選択的夫婦別姓は法制度であろうとも、選択的とついているくらいだから選択の自由を法制度で認めようというもの。旧姓使用は、法制度じゃないけれども、結婚された方の意思を尊重できる選択の自由ができるようにしようというもの。個々人の選択の自由を尊重するという趣旨が旧姓使用そして夫婦別姓法制化の声の根底に共通意識としてあると思っている。」と述べている[14]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]