渡海元三郎

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渡海 元三郎(とかい もとさぶろう、1915年3月13日 - 1985年5月2日)は、日本政治家兵庫県出身。渡海晴平の子。

来歴・人物[編集]

幼少のころから俊英さを発揮し、神童と呼ばれた。1939年京都帝国大学法学部卒。

曽根町長、兵庫県議(同志に後の参議院議員中野文門など)を経て、1955年、推されて第27回衆議院議員総選挙兵庫3区から日本民主党公認で出馬し初当選(当選同期に愛知揆一田村元椎名悦三郎唐沢俊樹高村坂彦丹羽兵助など)。以後連続当選10回。自由民主党合流後は岸派→福田派に所属し、建設大臣自治大臣北海道開発庁長官自由民主党幹事長代理などの要職を歴任した。

1980年5月16日の衆議院本会議における大平正芳内閣不信任決議案採決においては欠席した。

1985年5月2日死去。享年70。

福田康夫内閣文部科学大臣を務めた渡海紀三朗は長男。


議会
先代:
塚原俊郎
塚原俊郎
日本の旗 衆議院議院運営委員長
1970年 - 1971年
1966年
次代:
田沢吉郎
坪川信三
先代:
久野忠治
日本の旗 衆議院文教委員長
1965年 - 1966年
次代:
八田貞義
公職
先代:
櫻内義雄
日本の旗 建設大臣
1978年 - 1979年
次代:
渡辺栄一
先代:
秋田大助
日本の旗 自治大臣
1971年 - 1972年
次代:
福田一
先代:
西田信一
日本の旗 北海道開発庁長官
1971年 - 1972年
次代:
福田一