加藤正義

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かとうまさよし
加藤正義
生誕 嘉永7年2月23日1854年3月21日
伯耆国日野郡渡村(現・鳥取県日野郡日野町別所)
死没 大正12年(1923年12月24日
別名 幼名源太郎
職業 実業家政治家
肩書き 日本郵船副社長
配偶者 菊枝
子供 加藤正治(養子)

加藤 正義(かとう まさよし、嘉永7年2月23日1854年3月21日) - 大正12年(1923年12月24日)は日本の実業家政治家。元日本郵船副社長。幼名源太郎。

中央大学総長・東京大学名誉教授加藤正治の養父。

経歴[編集]

家族[編集]

『鳥取県百傑伝』438頁に「鳥取県出身の元文部大臣奥田義人博士の夫人は、菊枝の妹八重子である。また、のちに鳥取県知事になった武井守正は、夫人の伯父にあたる。」とある。

脚注[編集]

  1. ^ 『鳥取県百傑伝』436頁に「日野の山奥の無名の百姓の子として誕生した正義が、のちに成長して海運界の大御所となり、この日本近代史の大きな推進力になろうとは、当時だれも予想しなかったにちがいない。」とある

参考文献[編集]

  • 『鳥取県百傑伝』 1970年、436-440頁
  • 『鳥取県大百科事典』(編集・新日本海新聞社鳥取県大百科事典編集委員会)1984年 182頁

関連項目[編集]

外部リンク[編集]