内田茂

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日本の旗 日本の政治家
内田 茂
うちだ しげる
生年月日 (1939-03-15) 1939年3月15日(78歳)
出生地 東京都千代田区
出身校 千代田区立一橋中学校卒業
東京都立九段高等学校中退
現職 東京都議会議員
所属政党 自由民主党
親族 内田直之(娘婿)
公式サイト 自民党東京都連幹事長・第39代東京都議会議長 内田 茂

在任期間 2003年9月 - 2005年7月

選挙区 千代田区選挙区
当選回数 7回
在任期間 1989年 - 2009年7月
2013年6月 - 現職

当選回数 4回
在任期間 1975年 - 1989年
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内田 茂(うちだ しげる、1939年昭和14年〉3月15日 - )は、日本政治家自由民主党所属の東京都議会議員(7期)。東光電気工事監査役[1]。娘婿は千代田区議会議員の内田直之。

千代田区議会議員(4期)、千代田区議会議長、東京都議会自民党幹事長自民党政調会長、東京都議会議長などを歴任した。

経歴[編集]

東京都千代田区神田淡路町に生まれた[2]。4人兄弟の長男である[2]。親の職業は、野菜の行商と鮮魚売り、額縁職人と諸説ある[3]

千代田区立一橋中学校卒業[4]1956年東京都立九段高等学校中退[4]。中退した理由は「先生をぶん殴ったため。」という[3]。高校中退後は、テキヤに出入りしたり、雀荘を経営したり、鳩山威一郎の下足番になったりした[5]

仲の良い家族だったが、火事のため一家離散した[2]。弟が蠟燭で悪戯をしていて燃え広がったという[3]。内田は28歳になっていたが、2つ下の弟には障害があり、ひとりで自活することはできなかった[2]。途方に暮れていた時に手を差し伸べてくれた安井謙(後に参議院議長)と東京都の福祉制度に出会えたことが政治家を志すきっかけとなった[2]

1975年に千代田区議会議員に初当選し、その後4期を務める。その間、千代田区議会議長(1984年-1985年1988年)を歴任した。1989年には、千代田区選挙区選出で東京都議会自民党幹事長・自民党政調会長などを歴任した木村茂東京都議会議員(当時)の千代田区長選出馬に伴う補選で、その地盤を引き継ぐかたちで東京都議会議員に初当選し[5]、その後6期を務めた。その間、東京都議会自民党政調会長(1996年-1997年)、同幹事長(1998年-1999年)、第39代東京都議会議長[6]2003年-2005年)などを歴任した。2005年より自民党東京都支部連合会幹事長に就任。2009年の東京都議会議員選挙では落選したものの、自民党東京都連幹事長は留任。2013年、東京都議会議員に再当選し、現在は7期目を務める。

2016年8月4日、2016年東京都知事選挙で自民党東京都連などが推薦した前岩手県知事増田寛也が自民党前衆院議員の元防衛大臣小池百合子に敗れた責任をとり、自民党東京都連幹事長の職を辞する決意を表明した。[7]

2017年2月25日、7月に予定されている東京都議会選挙に出馬せず、議員を引退することを表明した。[8]

人物[編集]

都議会のドン[編集]

毎日新聞によると、2016年までの十数年間にわたって、都庁幹部が内田に重要な条例や新規案件を事前に報告するなど、内田を中心に東京都政が回ってきた実情があるとされており[9]、政治評論家田崎史郎によると「都議会のドン」と呼ばれているとされる[10]。また自民党東京都連の幹事長を長年務め、東京都知事選挙東京都議会議員選挙等における立候補者の公認権を事実上握っているとされており、元東京都知事の猪瀬直樹は、内田について「国会議員より大きな発言権を持つ」「さまざまな利権が彼を通さないと進まないようになってきている」「いじめられて自殺した都議もいる」と指摘している[11][12]

樺山卓司都議の自殺[編集]

2011年7月1日、樺山卓司(東京都議会議員、樺山資紀の曾孫にあたる)が自宅でポリ袋をかぶって自殺した。自殺から1年後、妻の京子の部屋からのし袋に書かれた遺書が見つかった。文面は以下。

これは全マスコミに発表して下さい!! 内田、許さない!! 人間性のひとかけらもない内田茂。来世では必ず報復します! 御覚悟!! 自民党の皆さん。旧い自民党を破壊して下さい。

2016年東京都知事選挙の直前、かねてからブログ等で内田批判を続けていた元都知事の猪瀬直樹のもとに樺山の娘から連絡が入り、猪瀬のTwitterに遺書が掲載された。選挙戦では小池百合子の応援に未亡人の京子が訪れ、「内田さんのひどい態度が、夫を死に追いやった」等と批判した[13][14]。猪瀬はNewsPicksで〈猪瀬直樹が語る「東京のガン」〉と題した記事を投稿し、「自殺した樺山卓司都議を追い込んだのは〈内田氏にあります〉」と言及した[15]

"名門校越境"で現金[編集]

毎日新聞によると、東京都心の名門中学校として知られる千代田区立麹町中学校、千代田区立一橋中学校の「区域外就学」をめぐり、内田を含む千代田区議会議員二名は、他学区の生徒を大量紹介し、その見返りに一部の親族から謝礼として現金数十万円を受取るなど金品の授受があったことを認めている[16]。当時、都立日比谷高等学校や都立九段高等学校など名門都立高校に多くの合格者を出した両中学校には区域外からの入学希望者が殺到しており、区議会議員が入学の仲介者となることが多かったが、とりわけ区議会議長であった内田からの紹介件数は群を抜いていた[17]

家族・親族[編集]

内田家

東京都千代田区神田淡路町・同区神田須田町[5]

内田の弟には障害があった。内田と親交が深い山本無線元社長の山本修右によると「弟は子供の頃、階段から転げ落ちて頭を打って障害が残ったと聞いている。」という[3]。弟2人は山本無線で社員として働いた[3]
  • 妻・セイ子[5]
内田は新潟県から上京し喫茶店に勤めていたセイ子と結婚し、3人の娘をもうけた[3]。セイ子は2015年死去した[5]。同年12月16日、東京・芝公園増上寺で通夜が営まれた[5]。葬儀委員長は安倍晋三首相が務めた[5]
1964年、熊本県熊本市生まれ[18]1984年、国立有明工業高等専門学校建築学科を卒業、トステム入社[18]2009年、同社を退社[18]2011年、統一地方選挙に初挑戦し初当選[18]2014年、働きながら明治大学公共政策大学院を修了[18]。内田都市建築デザイン代表[18]

脚注[編集]

  1. ^ 会社情報|東光電気工事株式会社
  2. ^ a b c d e なぜ私が政治家を志したか前編、2013年05月08日、内田茂公式ブログ。
  3. ^ a b c d e f g 森功「特集 東京都政の膿を出す 高校中退、一家離散、空白の十八年間 都議会のドン内田茂 成り上がり一代記」(『文藝春秋 2016年12月号』、pp116-125)。
  4. ^ a b 内田茂のプロフィール、内田茂公式サイト。
  5. ^ a b c d e f g 都議会のドン 内田茂(77)「黒歴史」 小池百合子に「どっちが上座かわかっているのか」(『週刊文春』2016年8月4日号、pp22-26)。
  6. ^ 歴代議長・副議長”. 東京都議会 (2015年10月8日). 2016年7月16日閲覧。
  7. ^ 都知事選惨敗で都連のドン、内田茂幹事長が辞意表明 石原伸晃会長も”. 産経新聞 (2016年8月4日). 2016年8月4日閲覧。
  8. ^ 内田茂氏が議員引退を正式表明”. 毎日新聞 (2017年2月25日). 2017年2月25日閲覧。
  9. ^ “舛添都知事辞職 「英断ありがとう」「所詮タレント学者」 混乱回避へ都職員安堵”. 毎日新聞. (2016年6月17日). http://mainichi.jp/articles/20160617/ddm/041/010/116000c 2016年7月16日閲覧。 
  10. ^ 田崎史郎 (2016年5月2日). “舛添都知事は無事にオリンピックを迎えられるのか? 「都議会のドン」に睨まれ、再選に黄信号”. 現代ビジネス. 講談社. 2016年7月16日閲覧。
  11. ^ 猪瀬直樹が語る「東京のガン」 - NewsPicks・2016年7月13日
  12. ^ 【都知事選】猪瀬元知事「新知事よ、都議会の闇に斬り込めるか」独自の視点で解説 - スポーツ報知・2016年7月16日
  13. ^ 猪瀬, pp. 20-26.
  14. ^ 【都知事選】自殺した都議の妻、小池氏応援で都議会のドン批判「夫を死に追いやった」”. スポーツ報知 (2016年7月28日). 2016年7月29日閲覧。
  15. ^ 猪瀬氏の“口撃”続く 議員自殺に追い込んだのは都議会ドン”. 日刊ゲンダイDIGITAL (2016年7月15日). 2016年7月29日閲覧。
  16. ^ "千代田区立の麹町・一橋中 区議に「10-30万円」 入学の謝礼大量紹介、認める". 毎日新聞. (1984年11月12日)
  17. ^ 小池百合子が斬り込む都議会ドン〈内田茂〉「疑惑の核心」〈豊洲新市場〉工事を役員企業が38億円で受注(『週刊文春』2016年8月25日号、pp22-26)
  18. ^ a b c d e f g 内田直之のプロフィール、内田直之公式サイト。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]