神田須田町

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神田須田町一丁目付近の靖国通り。須田町交差点とJR線のガードが見える。

神田須田町(かんだすだちょう)は、東京都千代田区の地名。現行行政地名は神田須田町一丁目及び神田須田町二丁目。郵便番号は101-0041。住居表示に関する法律に基づく住居表示は未実施である。

地理[編集]

千代田区北東部に位置し、神田地域に属する。町域北部は、神田川に接しこれを境に、外神田神田佐久間町にそれぞれ接する。東部は神田岩本町に接する。南部は神田鍛冶町・鍛冶町に接する。西部は神田淡路町神田小川町神田多町にそれぞれ接する。 神田駅と秋葉原駅の中間地点にあたる商業地の一角で、オフィスビル、商店やマンションが多く見られる。

河川[編集]

歴史[編集]

江戸時代より前に須田村と呼ばれていた神田川周辺の村落に由来。明暦三年(1657年)の「新添江戸之図(しんてんえどのず)」には「すた町」と記されている。 江戸時代には道が八方から集まることから「八つ小路」と呼ばれ、神田川や日本橋川などの運河にはさまれた交通の要所であった。 明治時代以降は、現在の地下鉄大手町駅に匹敵する都電の一大ターミナルとして発展した。日本橋から上野本郷へ、神田から上野へ向かう交通の要衝に当たり、1873年10月に元筋違見付脇の神田川に架けられた石造の万世橋(眼鏡橋)に近い十字路として、市内電車は品川、上野線、三田線、新宿線、深川線、青山線、江戸川線の各線が交差する乗換場所となっていた。1903年3月に現在地に架けられていた新しい万世橋の完成に伴って、旧万世橋(眼鏡橋)が取り壊されたあと、赤煉瓦造りの万世橋駅が須田町交差点に面して建てられ、1912年4月に中央線(甲武電車)の起点として開通している。 第二次世界大戦直後には在日米軍から流れた真空管を始めとする電気部品を販売する露天商が軒を連ねており、現在の秋葉原のルーツである。現存のラジオガァデンもこの時代の名残である。

交通[編集]

鉄道[編集]

町域内の他、下記の通り隣接する町に複数路線の駅が存在する。

道路[編集]

施設[編集]

かつて存在した施設[編集]

  • 交通博物館
  • 武居三省堂 - 江戸東京たてもの園に移築された。
  • 万世橋交番(須田町派出所) - 江戸東京たてもの園に移築された。万世橋交番は旧万世橋駅前、現存のラジオガァデン横に1992年頃まで存在していたが、交番として使われなくなって久しくなった末期には朽ち果てるままに放置されていた。その近くには都電の架線柱があったが、バイク駐輪場整備のため2010年に撤去されている。

外部リンク[編集]