紀尾井町

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紀尾井町
紀尾井町の位置(東京23区内)
紀尾井町
紀尾井町
紀尾井町の位置
北緯35度40分53.68秒 東経139度44分2.02秒 / 北緯35.6815778度 東経139.7338944度 / 35.6815778; 139.7338944
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Chiyoda, Tokyo.svg 千代田区
地域 麹町地域
人口
2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 • 合計 452人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
102-0094[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川

紀尾井町(きおいちょう)は、東京都千代田区町名。「丁目」の設定のない単独町名である。住居表示実施済みの地域。郵便番号は102-0094[2]

地理[編集]

東京都千代田区の西部に位置し、港区赤坂元赤坂)・新宿区四谷)との区境に当たる。

区内では東部に平河町、南部は永田町、北部は麹町にそれぞれ接する。現在は主に大学と商業地域になっており、オフィスと住宅の複合型ビルである紀尾井町ビルやホテルニューオータニがある所として知られる。ホテルニューオータニの向かい側にあたる清水谷公園は、千代田区では珍しい自然の崖斜面を残し、池泉も設けられて、清水谷と呼ばれた昔の風景を残している。1980年ごろまでは公園の前の歩道に清水の湧出口が設けられ、地名の由来を伝えていた。園内中央には、近くの食違見附で暗殺された大久保利通を記念する巨大な石碑「大久保公哀悼碑」が置かれている。

グランドプリンスホテル赤坂(旧称赤坂プリンスホテル)の跡地は、2016年(平成28年)7月27日、再開発事業によって、ホテル「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町」、オフィス、商業施設「紀尾井タワー」と、全室賃貸マンションの「紀尾井レジデンス」、旧李王家東京邸(旧グランドプリンスホテル赤坂旧館)を移設して「赤坂プリンス クラシックハウス」の複合型施設となった。

坂名

歴史[編集]

明治5年(1872)に武家地を整理して麹町紀尾井町と命名。明治44年(1911)に紀尾井町となる。昭和9年(1934)に区画整理により北側の一部を麹町五・六丁目に編入。かつては番町と並ぶ山の手の一つとして緑多き優雅な佇まいの住宅街であった。[4]町内に居住した有名人としては、大久保利通の孫にあたる大久保利春ロッキード事件の時の丸紅専務)、松田トシ(声楽家、自邸で歌唱教室を開く)、尾上松緑 (2代目)(歌舞伎俳優。「紀尾井町」の掛け声で呼ばれた)、幸田延幸田露伴の妹、日本の女流バイオリニストの草分け)、高島徳右衛門(実業家・易学家の高島嘉右衛門の弟、里見弴『多情仏心』の主人公のモデル)、小林蹴月(作家・俳人)らがいた。政治家の利用で知られた料亭・福田家もここに立地する。 1975年以降は顕著なまでにオフィスビルが目立つようになり、前述のホテル群、レストラン、更には上智大学の拡大、企業の本社ビルや紀尾井ホール議員宿舎が拡大して一般住宅地は縮小し、今日の姿となった。

地名の由来[編集]

地名はこの地にかつてあった州徳川家中屋敷、張徳川家中屋敷、彦根伊家中屋敷に由来しており(それぞれ紀州家、尾張家、井伊家と呼ばれた)、各家の文字を1文字ずつとって町名とした。

紀州徳川家の中屋敷跡は現在のグランドプリンスホテル赤坂・清水谷公園、尾張徳川家の屋敷跡は現在の上智大学、井伊家の屋敷跡は現在のホテルニューオータニ付近にそれぞれあたっている。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁 世帯数 人口
紀尾井町 265世帯 452人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。なお、千代田区の中学校では学校選択制度を導入しており、区内全域から選択することが可能[6]

番地 小学校 中学校
全域 千代田区立番町小学校 千代田区立麹町中学校
千代田区立神田一橋中学校

交通[編集]

鉄道
バス
道路
首都高速道路・出入口

施設[編集]

教育
公園
企業

観光[編集]

名所・ホテル等
旧跡

ギャラリー[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 町丁別世帯数および人口(住民基本台帳)”. 千代田区 (2017年12月6日). 2018年1月2日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月30日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月2日閲覧。
  4. ^ 1967年公開の映画『007は二度死ぬ』で隣接する元赤坂1丁目と共に往時の姿が垣間見ることができる。
  5. ^ 区立小学校の通学区域”. 千代田区 (2017年8月17日). 2018年1月2日閲覧。
  6. ^ 区立中学校の通学区域と学校選択”. 千代田区 (2017年10月26日). 2018年1月2日閲覧。

外部リンク[編集]