赤坂 (東京都港区)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
日本 > 東京都 > 港区 > 赤坂
赤坂
—  町丁  —
TBS放送センター
赤坂の位置(東京23区内)
赤坂
赤坂
赤坂の位置
座標: 北緯35度40分20.54秒 東経139度44分11.54秒 / 北緯35.6723722度 東経139.7365389度 / 35.6723722; 139.7365389
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Minato, Tokyo.svg 港区
地区 赤坂地区
面積[1]
 - 計 1.34km2 (0.5mi2)
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[2]
 - 計 18,481人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 107-0052[3]
市外局番 03[4]
ナンバープレート 品川

赤坂(あかさか)は、東京都港区の町名または地区。

赤坂(地域) [編集]

東京都港区のうち、旧赤坂区の範囲にあたる、赤坂総合支所(赤坂4-18-13、郵便番号:107-8516)の管轄下になる区域を赤坂地区と呼ぶ。赤坂一丁目 - 九丁目、北青山一丁目 - 三丁目、南青山一丁目 - 七丁目、元赤坂一丁目・二丁目が属する。

歴史 [編集]

地名の由来は、紀伊国坂赤土が多い土壌に幾多の坂があることの二説ある。

この赤坂の地は古くは『茜坂』と呼ばれていた。その名のとおりアカネが群生していたとされている。

1567年に人継村(ひとつぎむら)が開拓される。

江戸時代に現在の元赤坂付近に町屋、武家屋敷が造られたのを皮切りに次第に市街化してゆく。

明治時代に入り、1878年郡区町村編制法により、この地区は東京15区のひとつ、赤坂区の一部となった(港区の前身。その範囲はおおむね港区の北-西部。今日「赤坂」あるいは「青山」を町名に含む地区)。かつて、多くの大名屋敷や旗本屋敷が存在した高台の地域は官吏や軍人、ブルジョワ家庭から成る都心部有数の邸宅街へと発展。それらの地域以外は庶民の住宅街、個人商店、高級料亭旅館などが密生していった。

昭和30年代初頭から昭和55年頃までの赤坂は銀座と並ぶ高級な繁華街として栄華を極め、高級料亭、キャバレーナイトクラブ、ゴーゴークラブなどが多く集まっていた。欧米諸国の企業および大使館の駐在員や同じく欧米諸国のスチュワーデスが常宿していた高級ホテルが至近だった事、そして当時の東京と周辺には米軍住宅が多かった事、更に1ドル360-310円だった事もあいまって外堀通りを挟んだ永田町2丁目を含めレストランシアターのミカド、ナイトクラブのコパカバーナニューラテンクォーター中華料理の山王飯店、ロシア料理のマノス、ゴーゴークラブのムゲン、ビブロスなどには外国人客が多かった。またアマンドやトップス&サクソンはTBSやレコード会社に出入りする芸能人、そしてファッションモデルなどの文化人などが多く街は華やかさを呈していた。

赤坂(町名) [編集]

現行行政地名は赤坂一丁目から赤坂九丁目。郵便番号は107-0052[3]

地理[編集]

赤坂地区の東端に位置し、千代田区霞が関永田町)との区境にあたる。赤坂駅前には、TBSの本社があり、全国的に知名度も高い。赤坂見附駅周辺は骨董品店ホテルなどが多い。

歴史[編集]

1966年には住居表示が実施され、赤坂一丁目から赤坂九丁目、元赤坂一丁目・元赤坂二丁目が成立し[5]1967年には赤坂葵町が虎ノ門二丁目となった。

町名の変遷[編集]

実施後 実施年月日 実施前(特記なければ各町丁ともその一部)
赤坂一丁目 1966年7月1日 赤坂溜池町、赤坂田町七丁目、赤坂榎坂町、赤坂霊南坂町
赤坂二丁目 赤坂溜池町、赤坂田町五丁目(全域)、赤坂田町六丁目(全域)、赤坂田町七丁目、赤坂新町三丁目、赤坂福吉町、麻布谷町
赤坂三丁目 赤坂田町一丁目(全域)、赤坂田町二丁目(全域)、赤坂田町三丁目(全域)、赤坂田町四丁目(全域)、赤坂新町一丁目(全域)、赤坂新町二丁目(全域)、赤坂新町三丁目
赤坂四丁目 赤坂表町二丁目、赤坂表町三丁目、赤坂一ツ木町、赤坂丹後町(全域)
赤坂五丁目 赤坂新町三丁目、赤坂新町四丁目(全域)、赤坂一ツ木町
赤坂六丁目 赤坂新町五丁目、赤坂中ノ町(全域)、赤坂氷川町(全域)、赤坂福吉町
赤坂七丁目 赤坂表町三丁目、赤坂台町(全域)、赤坂新町五丁目
赤坂八丁目 赤坂表町四丁目(全域)、赤坂新坂町、赤坂檜町
赤坂九丁目 赤坂檜町

消滅した町名[編集]

住居表示上「赤坂」とつく町名である元赤坂一丁目・元赤坂二丁目と赤坂一丁目から赤坂九丁目は、1966年の住居表示実施により誕生した。これにより、この地に古くから続いていた町名が失われることになった。現在「赤坂」とつく町域を構成していた旧町名(港区発足直前の町名)を以下にすべて挙げる。

なお、港区が誕生した1947年、旧赤坂区の町名にはすべて「赤坂」を冠する町名変更が行われた(例: 一ツ木町→赤坂一ツ木町、青山権田原町→赤坂青山権田原町、など。元赤坂町など一部例外あり)。この「赤坂」を冠する町名(以下のカッコ内の町名)は、住居表示実施まで続いた。

  • 葵町(赤坂葵町)
  • 青山権田原町(赤坂青山権田原町)
  • 青山六軒町(赤坂青山六軒町)
  • 一ツ木町(赤坂一ツ木町)
  • 榎坂町(赤坂榎坂町)
  • 表町(赤坂表町)
  • 新町(赤坂新町)
  • 新坂町(赤坂新坂町)
  • 台町(赤坂台町)
  • 田町(赤坂田町)
  • 溜池町(赤坂溜池町)
  • 丹後町(赤坂丹後町)
  • 伝馬町(赤坂伝馬町)
  • 中ノ町(赤坂中ノ町)
  • 氷川町(赤坂氷川町)
  • 桧町(赤坂桧町)
  • 福吉町(赤坂福吉町)
  • 元赤坂町
  • 霊南坂町(赤坂霊南坂町)
溜池町[編集]
広重「名所江戸百景」に描かれた江戸末期の溜池。対岸に山王社の森を望む。

溜池は江戸城外濠の一部を構成していた。元々水の湧く所であり、堤を作り水を溜めるようにしたためこの名がある。その形から別名ひょうたん池とも呼ばれた。神田上水玉川上水が整備されるまではこの溜池の水を上水として利用していた。堤に印のを植えたため、現在赤坂ツインタワーから駐日アメリカ合衆国大使館に上る坂道は榎坂と呼ばれる。

宝永年間より断続的に埋め立てられ、明治時代には住宅街となり溜池町となった。

昭和初期から昭和40年代にかけてはこの周辺に輸入外車の販売店が集積するようになり、自動車街と呼ばれるようになった。溜池交差点から山王下までだけでも日本自動車フィアットアウディアメリカン・モーターズ)・三和自動車パッカードポルシェ)、東邦モーターズオペルオールズモビル)、日英自動車MGポンティアック)、安全自動車ダッジ)、国際自動車商事ランチア)、八洲自動車(クライスラー)などが軒を連ねていた。輸入車は当時の平均的日本人の生活水準からは極めて高価な存在で、購入するなど思いもつかなかった当時のカーマニアたちはカメラ片手に散策を楽しんだ。しかし、昭和50年代以降はオフィスビル化が進み、今は当時の面影を殆ど残していない。

1966年の住居表示実施に伴う町丁名変更により赤坂一丁目と赤坂二丁目が誕生し、溜池町は消滅。今日、溜池交差点や東京地下鉄溜池山王駅都営バス都01系統)溜池停留所などに名を残している。

一ツ木町[編集]

江戸時代には町奉行を務めた大岡忠相の屋敷があった。大岡邸内にあった豊川稲荷は現在も残り、盗難よけの御利益があるとされ信仰を集めている。戦前には近衛歩兵第二旅団司令部、同歩兵第三連隊があり軍隊の街であった。1955年にラジオ東京(現・東京放送ホールディングス)が一ツ木町に局舎を建設した(当初はテレビ部門のみ。1962年有楽町にあったラジオ部門も赤坂に移転してきた)。歴史の項にもあるように江戸時代以前からの地名(人継→一ツ木)であったが、1966年の住居表示実施に伴う町名変更により赤坂四丁目と赤坂五丁目が誕生し[5]、一ツ木町は消滅した。一ツ木通りに名を残す。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
赤坂一丁目 288世帯 615人
赤坂二丁目 2,014世帯 2,987人
赤坂三丁目 223世帯 305人
赤坂四丁目 1,308世帯 2,230人
赤坂五丁目 514世帯 882人
赤坂六丁目 2,402世帯 3,902人
赤坂七丁目 1,562世帯 2,571人
赤坂八丁目 1,696世帯 3,220人
赤坂九丁目 1,214世帯 1,769人
11,221世帯 18,481人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]

丁目 番地 小学校 中学校
赤坂一丁目 全域 港区立赤坂小学校 港区立赤坂中学校
赤坂二丁目 全域
赤坂三丁目 全域
赤坂四丁目 全域
赤坂五丁目 全域
赤坂六丁目 全域
赤坂七丁目 全域
赤坂八丁目 全域
赤坂九丁目 全域

交通[編集]

鉄道[編集]

路線バス[編集]

  • 都営バス
  • ちぃばす(コミュニティバス)
    • 赤坂ルート 赤坂小前、赤坂五丁目交番前、赤坂駅前、山王下、赤坂見附駅、豊川稲荷前、赤坂地区総合支所前、赤坂八丁目、山王病院前、乃木公園、赤坂六丁目

道路[編集]

施設[編集]

公園[編集]

企業[編集]

観光[編集]

大使館[編集]

赤坂を舞台・背景とした作品[編集]

楽曲[編集]

映画[編集]

ドラマ[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 平成22年国勢調査による各総合支所管内別の町丁目別面積・昼夜人口等”. 港区 (2015年2月19日). 2018年1月7日閲覧。
  2. ^ a b 各月1日現在の各総合支所管内別の町丁目別人口・世帯数(平成14年~平成29年)”. 港区 (2017年12月6日). 2018年1月7日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月7日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月7日閲覧。
  5. ^ a b 1966年(昭和41年)11月30日自治省告示第176号「住居表示が実施された件」
  6. ^ 港区立小・中学校通学区域一覧表”. 港区 (2015年4月1日). 2018年1月7日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]