MG (自動車)

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MG(エム・ジー)は、イギリススポーツカーブランドである。一般的にはMGは元々、「モーリス・ガレージ」(Morris Garages)を略したものであるとされている[1]。現在は、中国上海汽車グループ傘下で、タイ王国インドなど新興国市場を開拓する役割を担っている[2]

概略[編集]

1910年頃から1924年にかけて、主に小型スポーツカーのメーカーとしてイギリスのオックスフォードで確立した。すぐにアビンドン・オン・テムズに本拠を移し、近年はバーミンガムロングブリッジ地区英語版にあるロングブリッジ工場を拠点としている。「MG」の発祥年については諸説あるが、これについては後述する。

元々はイギリスの大手自動車メーカーのモーリス・モーターの経営者であったサー・W・M・モリス(後のナッフィールド卿)が自転車の組立販売を行う「Oxford Garage」として設立した。バイクの製造と自動車の販売を手がけるようになり、モーリス・モーター設立後はモーリス車のスポーティ・バージョンを製作する会社となった。当初はモリスの個人所有企業の一つであった。

主に2座席のオープンカーで有名だが、MGではサルーンクーペも多数製作している。2004年3月の時点で「MG」の総販売台数は1,589,000台を超えている。

初期はブランド名「MG」が即ち会社名 (M.G. Car Company LTD.) であったが、後にモーリス・モーターに統合された。さらにはイギリスの自動車製造業界の変遷に伴い、幾つかの自動車会社の一部門を経て、2005年まではMGローバー社の主要部門としてその名を残していた。

現在は中国資本の南京汽車 (NAC) に買収されて、傘下に収まっている。MGローバー社時代に生産されていたミッドシップ・オープンスポーツのMG TFを一部改良し、英国での事業会社であるMG Motor UK Ltdにおいて、英国ロングブリッジ工場で生産を再開し2008年9月に販売を始めた。セダン(スポーツサルーン)やハッチバック車種のMG3、MG6、MG7の中国工場での生産も開始している。なお、南京汽車は現在では上海汽車の傘下となっている。

創業時がトライアルレース向け車両の制作に始まったこともあり、サーキット・ラリー両方でのレース活動で歴史にその名を残している。また、最高速度記録への挑戦も創業直後より続けていた。ル・マン24時間レースにも幾度も参戦している。MGローバー社の解体後は、元子会社 (MG Sport&Racing) が小規模ながら地方ラリーとイギリスツーリングカー選手権 (BTCC) において活動をサポートしていた。2012年度にMGモーター社はル・マン・シリーズとBTCCへの再参戦を表明している。

歴史[編集]

自動車のブランドとしてのMGの発祥年は、1923年7月頃とされている。この年に最初の真のM.G.と呼べる小型スポーツカー「Raworth 11.9hp」を製造した。1928年にM.G. Car Companyが発行した広報誌に、1923年が発祥と書かれていることも根拠の一つである。

一方、現在のMGモーター社は1924年を発祥年とする説をとっており、同社は2009年をMG発祥85周年とし、85周年記念特別モデル「MG TF 85th」を発売した[3]。1924年3月には、MGとしての最初の広告が雑誌「The Morris Owner」に掲載されており、5月には400台ほど製造された最初の量産車「14/28 The M.G. Super Sport Morris Oxford」(通称14/28)が発売開始されている。1923年の「Raworth 11.9hp」がたった6台の製造台数だったため、量産車としてのMGはこの年が発祥である。

製造及び販売会社の変遷から見ると、創立最初期はカウリーにての自転車の組み立てより始まり、次にモーターサイクルの製造を手がけ、1910年にそれらの販売店名を「モーリス・ガレージ (Morris Garages)」とし、自動車ディーラー事業も始めた。さらに、1928年のM.G. Car Company LTD.が発足しており、量産自動車製造者としての発祥は1928年である。

初期のMGの歴史において欠かせない人物の一人が、セシル・キンバー英語版である。彼はオックスフォードでモーリス・モーターのセールスのトップだった販売代理店を経営していたが、モーリス・ガレージに1921年にセールス・マネージャーとして入社し、1922年には社長に就任した。自ら企画したレーシングモデルで、自らハンドルを握ってレースに参加するなど、M.G.黎明期におけるレース活動でも重要な役割を果たしている。

初期のMGの歴史において欠かせないMG製スポーツカーに「OLD NUMBER ONE/(No.1とも表記される)」(公式資料により車名にM.G.を冠した第一号車とされていた車)がある。セシル・キンバー専用のスペシャルモデルとして、一台だけ1924年頃に製造され、1925年4月11日には「ロンドン・ランズエンド間トライアル」の耐久レースに出場、金メダルを獲得した。一時スクラップ同然の状態であったが、丁寧に復元され、現在ではMGのイメージのイコンとして、メーカー公式製品発表会やイベントに必ず展示されるほどである。

モーリス・ガレージ[編集]

  • 1910年 - モーリス・ガレージ (Morris Garages) 発足、モーターサイクル製造販売と自動車販売を手がける。
  • 1921年 - セシル・キンバーをモーリス・ガレージに迎える。(1922年に総支配人に。)
  • 1923年 - 7月に最初にM.G.と呼ばれるべきスポーツカー「Raworth 11.9hp」を生産し、同年8月に第一号車を販売。登録番号はFC5855。Morris CowleyのシャシーにRaworth社のボディを載せ、チューンしたもの。(※この時がM.G.発祥と考えられる。)
  • 1924年 - 3月にM.G.の商標が広告等にも表記される。5月最初の量産車14/28生産開始。同5月、広告にMGのトレードマークとなる「オクタゴン」(八角形)を使用する。
  • 1927年 - ラジエーターに付けられるエンブレムに、オクタゴンを使用開始。

M.G. Car Company[編集]

  • 1928年 - 個人経営のモーリス・ガレージは組織変更がなされ M.G. Car Company LTD.として発足した。同年末に、MG初の6気筒エンジンを搭載し、初の専用シャシを持つ「18/80」を生産開始。
  • 1929年 - イギリス、オックスフォードシャーのアビンドンに工場を移転する。アビンドン工場は1980年の閉鎖まで多くの「MG」を製造した。小型で安価な「M-Type 8/33 Midget」(M-Typeミジェット)を生産開始。
  • 1930年 - M-Typeミジェットがル・マン24時間レースに参戦。
  • 1935年 - モーリス社と統合され、独立企業から大企業の一事業部となる。

ナッフィールド・オーガニゼーション[編集]

  • 1938年 - モーリス社も他社と統合して、ナッフィールド・オーガニゼーションを形成する。第二次世界大戦中はモーリス社の軍需産業への転換により、一時乗用車の製造は中止となった。戦後すぐに乗用車の製造を再開し、北米市場を狙った製品展開をしてゆく。

BMC[編集]

  • 1952年 - モーリス社のライバル企業であったオースティン社がナッフィールド・オーガニゼーションに吸収され、ブリティッシュ・モーター・コーポレーション (BMC) となり、MGには旧オースティン系の部品も使用されるようになる。戦後モデルは、MG独自の設計だけでなく、オースティンやモーリスの各ブランドとの共通設計の車種も多く生産された。

ブリティッシュ・レイランド[編集]

  • 1967年 - BMCはブリティッシュ・モーター・ホールディングス (BMH) となり、1968年にブリティッシュ・レイランド・モーター・カンパニー、1975年には国有のブリティッシュ・レイランド(1978年にBL Carsと改称)と変遷し、1980年末まで各社のスポーツカーブランドとして製造され続けた。
  • 1980年10月 - MG・MGBを最後として、アビンドン工場を閉鎖し、一旦歴史に幕を降ろす。

オースチン・ローバー[編集]

  • 1981年 - MGのブランドを所有するBL Carsは、乗用車部門をオースチン・ローバー・グループとして分社化する。
  • 1982年 - オースティン製の小型車メトロ (Metro) のMG版、MGメトロとして復活。同様に、1983年に中型車のマエストロ (Maestro) 、1984年にモンテゴ (Montego) のMG版が生産された。

ローバー[編集]

MGローバー[編集]

  • 2000年 - BMW傘下にあったローバー・グループの解体により、再び英国系資本によりMGローバー社傘下の主要ブランドとなった。
  • 2001年 - Rover25,45,75のMG版である、MG ZR,ZS,ZTを発売。
  • 2002年 - MGFの後継車種となるMG TFを発売。

NAC(南京汽車)MG[編集]

  • 2005年 - MGローバー社が経営破綻し、中国系企業の南京汽車傘下となる。イギリス事業部門は「NAC MG UK Ltd」となった。
  • 2008年 - MGローバー社の経営破綻により製造を中止していたMG TFを、NAC MG UK Ltdより製造、販売。

MG Motor, SAIC(上海汽車)MG[編集]

  • 2009年 - Nac MG UKは社名を「MG Motor UK Ltd」に変更した。南京汽車は上海汽車(SAIC)傘下となった為、中国事業部はSAIC MGとなった。
    2009年夏、中国市場でのマーケット戦略として、MG TF及びMG3,MG6等が、日本の漫画である「花より男子」を原作とした中国製ドラマに車両提供された。日本でも過去にMG ZTとMG TF等がドラマ撮影に車両提供されたが、事情により放映されなかった。
  • 2010年 - イギリスのバーミンガム工場(ロングブリッジ工場から改称)で、MG6(5ドアハッチバックのGT及びサルーンのMagnette)の生産を開始、欧州向けに発売。
  • 2014年 - 上海汽車がタイで展開する合弁工場で、MG6の右ハンドル車の生産を開始[4]

主要車種[編集]

最初の量産車である14/28型、6気筒エンジンを搭載した18/80型、「M型ミジェット」(M Type Midget)、スーパーチャージャーを搭載したサーキット向けの「K3 マグネット」(K3 Magnette)、北米へ多数輸出もされた戦後型の「TCミジェット」(TC Midget)、「MGA」、合計52万台以上を販売した1960年代以降最大の成功作「MGB」、ライトウエィトスポーツカーの代表作の一つと言われる「ミジェット」、MGBにビックヒーレーの6気筒3000ccを搭載した「MGC」、V型8気筒3.5Lを搭載したMGBの発展型であるクーペボディの「MGB GT V8」、そして1990年代ローバーグループ時代のV型8気筒エンジンを搭載した2座席のオープンカー「MG・RV8」と、1994年ミッドシップの2座席オープンカーのローバー・MGFなどがある。

上記のような2座席スポーツカーが生産台数の多くを占めるが、1920年代末より、スポーツサルーンも製造されている。戦前はWタイプ、戦前-戦後に跨るYタイプなどのミドルクラス、BMCグループ時代のZA/ZBマグネットや、ADO-16シリーズのMG1100/1300などが製造された、特にZA/ZBと1100/1300はラリーでも活躍している。

近年は、BL及びローバーグループ時代にモンテゴメトロマエストロがオースチンブランドとMGブランド両方で生産され、MGローバーグループとなってからはローバーブランドにおける25/45/75とコンポーネントを共有する「ZR/ZS/ZT」が生産されていた。また、高級スポーツカー市場に進出するため「MG X-power」ブランドとして、「SV」および「SV-R」も発売されていた。

車種一覧[編集]

第二次世界大戦後のスポーツモデル
第二次世界大戦後のスポーツサルーン

現在[編集]

南京汽車傘下で、英国の関連会社MG MOTOR社のロングブリッジ工場において 二座オープンスポーツカーの「MG TF」の生産を再開、中国でのスポーツサルーンMG5・MG6・MG7の製造を開始。英国国内においては、2008年9月にMG TF LE500がイギリス国内販売開始された。2011年にはMG6の製造もロングブリッジで行う予定と発表されている。

MGローバー社の一部門であったころには、高級スポーツの「MG X power SV」を筆頭に、ミッドシップの「MG TF」、サルーンでは、V型8気筒エンジンを搭載したグレードもカタログにラインナップされている「MG ZT」、ミドルサルーンの「MG ZS」、ハッチバックのMG ZRなどがある。商用車の「MG EXPRESS」も存在していた。

2005年、MG ROVER社の経営破綻により、自動車の製造などすべての業務が停止した。管財人の手で同社の持つ「ROVER」ブランドと「MG」ブランドの使用権及び知的財産権が分割され、「MG」ブランドは南京汽車 (NAC) に、「ROVER」の意匠権は上海汽車 (SAIC)(ただしROVERの名称はフォードが所有のまま)と二つの中国系企業に売却された。

2008年、南京汽車(NAC)は、MGローバー社が分割買収された際にローバー部門の意匠権を入手した上海汽車との業務提携を行った。スポーツサルーンの車種 (MG3・MG5・MG7) は、上海汽車の"栄威"ブランド車種との設計共有化を行う。

子会社の MGスポート・アンド・レーシング社では、「MG X POWER」ブランドとして、イギリスツーリングカー選手権に「MG ZS」ベースの車輌で、JWRCなどには「MG ZR」ベースの車両で参戦していた。また、2003年は事情により不参加となったがル・マン24時間耐久レースには、ローラとの共同開発による専用の「MG EX257」にて参戦している。2005年にはドイツツーリングカー選手権へ「MG ZT V8」改造車での参戦を表明したが、親会社MGローバー社の破綻により全て中止となった。しかし、2006年には一部競技車両によるレース・ラリー活動が再開されており、2006年はTeam RACとして、2007年はKartworld Racingとして"MG ZS"がBTCCに出場している。また2007年にはFIA Super 2000カテゴリのラリーカーとしてMG・ZRをベースとしたMG S2000を発表、2008年にはローラとの共同開発である「MG EX264(265)」にてル・マン24時間レースに出場したが100週目でリタイアした。

上述の高級スポーツカー「MG X power SV」も、2008年に英国内の個人企業が製造権を入手し、製造販売を再開するとの記事がイギリスの国内新聞に発表された。

現在でも世界各地に点在するMGの所有者団体(オウナーズクラブ)が盛んな活動を行っており、中でもMGオウナーズクラブのように全世界に5万人以上の会員を持つ団体もある。彼らは、イギリスではMG本体に対しても影響力を持つと言われている。2005年のMGローバー社経営破綻に対し、イギリス政府に対しての援助を求めるデモでも大きな運動を行ったことが報じられた。

関連画像[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ What does the name "M.G." mean? - M.G. Nuts dot com - M.G. Nuts dot com 2015-08-15閲覧
  2. ^ 【ヒットの地球儀】タイ/英老舗車ブランド「MG」中国傘下で新興国攻略『日経産業新聞』2018年11月26日(グローバル面)。
  3. ^ 英語版wikipediaにおいても「要出典(Citation needed)」とされながら1924年と記載している。
  4. ^ “上汽集団がタイ合弁工場を稼働、MG生産へ[車両]”. NNA. (2014年6月6日). http://news.nna.jp/free/news/20140606cny019A.html 2014年6月7日閲覧。 
歴史節
  • Knowles, David (1997). Mg the Untold Story. Motorbooks Intl. ISBN 978-1859150511 
  • McComb, Willson (2000). Mg by McComb. Motorbooks Intl. ISBN 978-1855327542 

外部リンク[編集]