クロスオーバーSUV

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

クロスオーバーSUVとは、自動車カテゴリのひとつである。

概要[編集]

SUV(スポーツ・ユーティリティ・ビークルと呼ばれる自動車のうち、トラッククロスカントリー車にも採用されるフレーム構造ではなく、セダンクーペと同様にモノコック(ユニボディ)構造である車を指す。

90年代に確立されて以降爆発的にヒットし、今日ではSUVタイプの主流となってきている。現在大型のものから小型のもの、高級車から大衆車軽自動車まで、各国の自動車メーカーから多様なクロスオーバーSUVが販売されている他、SUV風の外観を売りにしたコンパクトカーなども登場している。

略称はCUV(Crossover Utility Vehicle)またはcrossをXと略したXUV。本記事ではSUVと区別するため「CUV」を用いているが、CUV自体がSUVの1ジャンルである上、近年はSUVのCUVがメインになってきていることもあり、まとめてSUVと呼ばれることが多い。

近年最も人気の上昇したカテゴリの一つで、2017年には16年連続でアメリカの乗用車売上首位だったセダントヨタ・カムリを、CUVのトヨタ・RAV4が引きずり降ろして首位に立っている[1]。またポルシェランボルギーニなどのスポーツカーメーカーもCUV市場に参入し始めており[2]、ポルシェの2015年の決算によると、同年22万台の売り上げのうちマカンが8万台でポルシェ車1位、カイエンが7万台で2位。従来のポルシェのイメージであるクーペの売上を圧倒してCUVが7割を占めるという事態が起きている[3]

特徴[編集]

ランドローバー・イヴォーグ コンバーチブル

ラダーフレーム構造を持つ本格的なクロカン系SUVと比べると、オフロードでの走行性能や耐久性では劣るものの、

  • モノコック構造の採用により低重心化・軽量化できるため、舗装路での操縦安定性やハンドリング、乗り心地、NVH燃費性能などで優れている
  • ベース車からプラットフォーム・コンポーネントを流用できるため設計のコストが削減できる

またベースとしているセダンコンパクトカーに比べると

  • 荷室が広い
  • 豪華さを演出できる
  • 目線が高い

といったメリットがある。一方で車重が重く空気抵抗も大きいため燃費はベース車両より悪く、エンジンやハイブリッドの技術が未発達だった頃は敬遠されることもあった。そのため中価格帯以下のCUVのエンジンは、車重に対してアンダーパワーで燃費重視のものが多い。

CUVは外見がクロカン系というだけで走りは大したことが無い、邪道であるという見方がコアなオフローダーや車好きからされてきたが、近年のCUVは走りの部分で大幅な進歩が見られる。ポルシェは2000年からV6・V8ターボエンジンを搭載したマカン・カイエンをスポーツカーと公称して販売している他[4]、2016年にはレーシングカーとしてニュルブルクリンク24時間レースに参戦したトヨタ・C-HR、オープントップのランドローバー・イヴォーグ コンバーチブル、2018年には最高時速300km/hオーバーのランボルギーニ・ウルスなど、舗装路での走行性能を突き詰めたCUVが続々登場している。

また優秀な四輪駆動システムやLSDを装備することにより、耐久性はともかく走破性ならSUVに負けないオフロード性能を備え持つCUVも多く、中にはプジョー・3008の「グリップコントロール」のような電子制御で、二輪駆動でもそこそこの走破性を持たせて付加価値を維持しているメーカーもある。

歴史[編集]

原始のオフロード風乗用車[編集]

タルボ-マトラ ランチョ(フランス)

乗用車をオフロード風に仕立てた車は古くから存在するが、基準や視点によってどの車を「クロスオーバーSUVの先駆け」と呼ぶかは諸説ある。

古くは農業従事者向け車両をベースとした1957年ソ連で生産された四輪駆動セダン・ステーションワゴンのモスクビッチ・410があるが、これは自動車業界のムーブメントには繋がらなかった。一方同じくソ連で、モノコックボディを採用した1977年のラーダ・ニーヴァは海外でもそこそこの評価を受け、ランドローバーにも影響を与えたとされる。

西欧ではニーヴァと同年に、欧州クライスラータルボ-マトラランチョを発表している。ランチョはFF乗用車のシムカ・1100をベースとしたフルゴネットライトバン)である、「シムカ 1100 VZ2」にオフローダー風の「化粧」を施したモデルであり、4WDも存在しないため、現代に繋がるクロスオーバーSUVらしさを持っている一台と言える[注釈 1]。1980年にはフィアット・

北米では1984年発売のモノコック構造のジープ・XJチェロキーが大ヒットしたことでSUVブームが到来したとされるが、このXJチェロキーは1980年発売の、乗用車をベースとしたAMC・イーグルがヒントになっているとされる[5]

日本では1971年のスバル・レオーネ エステートバン4WD、1988年のスズキ・エスクード、1994年のトヨタ・RAV4などがクロスオーバーの先駆けとされているが、現代的な意味でのクロスオーバーSUVの直接の始祖はRAV4であるとする向きが強い。

米国におけるCUV[編集]

AMC・イーグル ワゴン(米国)

1980年発売のAMC・イーグルの登場、そして1984年発売ジープ・チェロキー (XJ)のヒットにより、それまでオフローダーに縁のなかった乗用車ユーザーにもSUVが浸透し、基本的なカテゴリーとして認知されるようになった。この市場に参入を目論んだGMとフォードは、一から起こすよりは開発が容易で、すぐさま市場投入可能な、コンパクトピックアップベースのフレーム構造としたこと、そしてその点を優遇税制に結びつけ、SUVのラダーフレーム構造をウリにしたことにより、法律上(特に自動車税法上)のSUVの定義が定まっていった。米国の自動車税がトラックでは安価であることから、同じフレーム構造を持つSUVという点を強調し、業界をあげて政府に働きかけた結果、SUVもトラックとして分類されるようになった。この点が特に米国において、フレーム構造であるかどうかを重視する考え方のスタート地点となっている。また政治的な面以外でも、フレームの「しなり」を好むユーザーが多く、オフローダーの中にはねじれるフレームもサスペンションやスプリングの一部、と肯定的に捉えている者も多い。

「クロスオーバー・ビークル (Crossover Vehicle) 」という考え方もチェロキーの登場とともに1980年代に米国で形作られた。これは「異なる種別の車を混ぜ合わせた」という意味で直訳で「クロスオーバー車」ともいわれ、また、英語でも略してCrossoverのみでも使用される。この意味では車輌製作側の概念上、特にSUVに限らず、多くは試作車として「クロスオーバー・ビークル」が作られていた。これらは『ハイブリッド・ビークル』と呼ばれることもある[注釈 2]。その中で市場に最も受け入れられたもの、つまり販売可能なものが「SUVと乗用車とのクロスオーバー車」だった。これがクロスオーバーSUVである。

米国ではすでにスズキ・エスクードGM傘下で、1989年からジオ・トラッカー(Tracker)として投入されていたにもかかわらず、GMのSUVの元ではそれらは注目を浴びていなかった。そんな中1995年8月、富士重工業が当時低迷していた北米市場での活性策を計るため、徐々に売れ始めていたレガシィのアメリカ向けに新開発されたの2.5ℓ水平対向エンジン搭載車をベースに、200mmのロードクリアランスとゆったりとした乗り心地を与えた「レガシィアウトバック」を、日米同時発売した(日本国内は「レガシィ・グランドワゴン(GRAND WAGON)」[注釈 3])。当初「SUW(スポーツ・ユーティリティ・ワゴン)」という新しいカテゴリーのクルマとして、"The World's First SUW"(世界初のSUW)、"The Best of Both World"(乗用車とSUVの双方の長所を兼ね備えた)というコピーで投入され、当初はアメリカ市場での販売は芳しくなかった。しかし、現地S.O.A(スバル・オブ・アメリカ)の地道な努力が実り、1年ほどで販売は好調に転じた。1998年には1997年2月から日本で販売開始していた同様のコンセプト車、フォレスターも米国に投入した。

1996年にはトヨタがアウトバックに先駆けて1994年に日本発売していたRAV4を、北米市場にも投入する。この車は一般的なSUV同様に視点が高く、そこそこのユーティリティーを備え、四輪駆動も選択できるというSUVの利点と、ハンドリングや燃費がよいという、乗用車の利点を併せ持っていた。米国自動車ジャーナリズムは、それまでのトラック出自のSUVに対するRAV4の洗練度をして、ようやくこの種の車も『クロスオーバー』という「新カテゴリ」名で呼ぶようになった。1997年2月にはホンダもトヨタの動向をにらみ、シビックをベースとし、日本国内で1995年から発表されていたCR-Vを、米国ホンダの要請で北米投入した。売れ行きは悪くはなかったものの、RAV4共々サイズが小さいことが影響してマーケットを席巻するまでに至らなかったが、RAV4とともに北米市場に合わせるように大型化するにつれ、後に人気を博していった。

1999年、ハリアーを日本市場で高級車として導入成功したトヨタ自動車は、同車種をレクサスRXとして米国に投入した。レクサスRXは大きな反響を呼び、これにてようやくクロスオーバーSUVが、米国でも高級車カテゴリとして認知されるようになるきっかけとなった。レクサスRXの米国での成功は、SUV市場の成り行きを見守っていたVWやBMW、メルセデス・ベンツなど欧州高級車メーカー勢をも刺激することになり、2000年のX5を皮切りにCUV市場へと参入した。

このようにCUVが普及するにつれ、米国ではスズキ・エスクード(現地名:グランドヴィターラ)は、コンパクトSUVとして、RAV4、CR-Vはコンパクト・クロスオーバーSUVとして、レクサス・RXやメルセデス・ベンツ・Mクラス、BMWX5は、ミッドサイズ・ラグジュアリー・クロスオーバーSUVとしてそれぞれの車格に応じたマーケットを確保した。

しかしそんな人気と同時にSUVの安全性に対する批判が起こり、さらに2003年末から起こったガソリン価格の高騰は1ガロン=2ドルを超え、3ドルに達し、燃費の悪いSUVの販売は落ち込んだ。SUVブームの中心にあり、ブームを自身で推し進めていた米国の2大メーカー、GM、フォードはこの10年間の収益の軸をSUVにおいていたため、SUVの販売落ち込みは会社の経営に大きく影響し、そこにリーマン・ショックの一撃が加わってGMは破綻にまで追い込まれている[6]。その後はエンジンやハイブリッドの技術の進歩、アメリカでの油田発見などによるガソリン価格の落ち着きなどで従来の人気を取り戻している。

現在の米国ではクロスオーバーSUVは乗用車に含まれるカテゴリー名であり、税区分や保険区分上もトラックのクロカン系SUVとは異なり、区別されている。

日本におけるCUV[編集]

走破性が付与されたRVの登場[編集]

スバル・レオーネ エステートバン4WD 1600DL

1970年代に入り、右肩上がりの高度成長期を終え、日本人が暮らしに豊かさを求めるようになってくると、その一環としてスキーやオートキャンプといったアウトドアレジャーが普及し始めた。こうなると日本で一般的だった3BOXスタイルのセダンでは、平均的な4人家族に旅行用の荷物を搭載するのには無理が出てきた。しかしRV、SUVという概念が確立するまでの間は、耐久性とパッケージング性能に優れた商用車がその代替的存在であった。

そんな中日本で最初に「乗用車ライクで、かつジープに劣らない悪路走破性を備えた4輪駆動車」として開発されたのが、1971年富士重工業東北電力の依頼で製作したスバル・ff-1 1300Gバン 4WDであった。結果、その商品性が見出され、「第18回東京モーターショー」にも参考出展され話題を呼び、一般向け市販車としては翌1972年レオーネ エステートバン 4WDとして結実する。

当時の日本にはレジャー用途の自動車というカテゴライズ自体が存在しなかった。4WDといえば日産・サファリトヨタ・ランドクルーザーのようなヘビーデューティー4WDが官公庁や企業向けに納入されるものというのが常識で、4WDの燃費の悪さをものともしないわずかな趣味人のうち、レンジローバーメルセデス・ベンツ・ゲレンデヴァーゲンには手が届かないといった層がその代替的に購入しているに過ぎなかった。しかし、レオーネの登場で一般人が4輪駆動自家用車を入手するハードルは一気に引き下げられた。レオーネ・エステートバンは名目上商用車であったものの、徐々に一般個人ユーザーを獲得し、ついにはそれまでオフロード車とは無縁だった富士重工を「4WDの代名詞」にまで引き上げた。

1981年、レオーネは2代目途中で乗用車モデルのステーションワゴンであるツーリングワゴンを追加する。名実共に「オンロード・オフロードを問わず使用できる多目的乗用車」の登場である。やがてレオーネに触発された各メーカーも乗用4WDの開発に乗り出すが、いずれもがFFベースの乗用車に申し訳程度に後輪駆動装備を付けただけに過ぎず、悪路走破性ではレオーネほどではなかった。

一方、日本では3列シートの乗用車は旧くから存在したが、同クラスの商用車と共に、主にロングホイールベースによる最小旋回半径の大きさから市街地での取り回しの悪さが嫌われ、一般的ではなかった。このクラスではトヨタ・ハイエースをはじまりとするキャブオーバースタイルのワンボックスカーが主流であった。このジャンルも当初商用車として登場し、乗用車としては平均的な5人乗りセダンでは満たせない大家族用という位置づけだった。しかしそのパッケージング性能の高さからレジャー用自動車としても早いうちから注目され、やがては大容積を快適性に転換し、トヨタ・クラウンにも劣らない豪華装備を備えたモデルの登場にも繋がった。あるいは乗用車よりも更に安価に購入維持できる軽ワンボックスカーも注目され、ダイハツ・ハイゼット アトレーを嚆矢として、乗用ライクの軽ワンボックスバンが各社から発売され、高速道路の走行に備えてターボチャージャーを装備するモデルが追加された。そしてこれらの多くに、積雪路・非舗装路の走行を目的として4WDが設定された。

その経過で1979年に生まれたのが、「ワンボックスのオフロードカー」三菱・デリカスターワゴンである。「4WDの代名詞」をスバルと争っていた三菱もまた早い時期からRV車販売に注力しており、その回答が「パジェロ並みの悪路走破性とワンボックスの収容力を生かした快適性を兼ね備えた」デリカであった。レオーネがそうであったように、デリカもまた1999年スペースギアへの移行を挟みつつ、2007年までライバル不在の状況をつくり上げた。そしてD:5がデビューして相当の月日がたった2014年においても尚、「オフロード型1BOX系ミニバン」はデリカが唯一無二の存在である。

一方、レオーネで一躍「レジャー向け4WD車」の代名詞として名を上げた富士重工も、1983年スバル・ドミンゴを発売する。1975年に生産を中止したトヨタ・ミニエース コーチ以来のリッターカークラス乗用1BOXであった。メカニズムこそサンバーをベースに1000ccクラスに拡大したものだったが、カタログ等ではレオーネに劣らない悪路走破性が同時に喧伝され、一定のユーザー層を構築するに至った。

ただし以上の車種はクロスオーバーではあっても、本格的な走破性を追加したワンボックスカー・ステーションワゴンという感じのもので、現代的な意味でのCUVとはやや趣を異にするものであった。

当時は日本のマーケティングでは「SUV」は一般が耳にすることはなく、主に三菱の宣伝戦略によりRVが1980年代のオフロード車のことを指すマーケティング用語として広く使用されていた。その後1980年代後半にワンボックス、90年代になりステーションワゴンがRVの概念に追加された。1992年には初めて統計上「RV」という言葉が用いられ[7]、さらに1996年になってやっと日本自動車販売協会連合会が、RV統計を取り始めた。しかし1990年代になっても依然「RV」や「オフロード車」といったカテゴリー表記が主流であり、2000年を越える頃まで「SUV」という表記は米国系SUVなどに対して『米国ではSUVというジャンルになる』という紹介や、一部の愛好家向けメディアで使用されるに過ぎなかった。

モノコック構造のCUVの誕生[編集]

スバルと三菱は激しく四輪駆動車で火花を散らしてはいたが、実際にはオフロード性能を必要としているユーザーは多くは無かった。むしろボディの大きさに比べ車室は狭い、車高が高いため高速での乗り心地は快適ではない、四輪駆動であるために燃費は悪いなどデメリットも多かった。しかし1980年代後半から起こったバブル経済の好況に支えられ、多くの乗用車からの乗り換えユーザーがファッションライフスタイルとしてパジェロなどのクロカン系SUVやミニバンを購入していた。

そんな中、クロカン車としての走行性能を維持しつつも扱いやすさや、居住性、乗り心地などを乗用車レベルに向上させたスズキ・エスクードが、1988年に登場し、ライトクロカンのジャンルを築き上げ、人気を博した。しかしこれはラダーフレーム構造であり、クロスオーバーSUVというよりはライトクロカンと呼ばれることが多い。また1991年発売の2代目三菱・パジェロも同様に市場の要請に応え、丸みを帯びて都会に調和する様なデザインと舗装路性能を付与されて登場した[8]

1994年にモノコック構造のSUVとしてトヨタ・RAV4が誕生。翌年初頭に二輪駆動のグレードも登場してヒットした。これが日欧の多くの文献において現代のクロスオーバーSUVの先駆けとされている[9][10]。ただし同年ホンダから発売されたオデッセイがRAV4を凌ぐ人気を示したため、登場時点ではRV市場への影響はそれほどでもなかった。ライトクロカン自体は上記の1988年のスズキ・エスクードが行きわたっていたことや、ジムニーなど、より小型のオフロードカーもあったことで、一般ユーザーにはRAV4の自動車史的な新しさとしてのインパクトは伝わりづらかった。しかし業界関係者には衝撃を与え、このRAV4を皮切りに、ホンダも1995年末からCR-Vでヒットを飛ばし、徐々に現在の意味である(=モノコック構造の)CUVが浸透し始めた。

SUVの総クロスオーバー化[編集]

1995年、富士重工レガシィツーリングワゴンをSUV風にアレンジした「レガシィグランドワゴン」(後の「レガシィランカスター」、「アウトバック」)を日米同時投入し、「クロスオーバー」を具現化。1997年には、スバル・フォレスターステーションワゴンSUVの融合という形で「クロスオーバー」をより具現化した。

1997年、トヨタカムリをベースとして、スタイリングや動力性能に優れた高級クロスオーバーSUV、ハリアーを日本市場に投入した。それまでSUVは高額ではあったものの高級車としては認知されていなかったが、これを機に高級車として市場に受け入れられるようになり、他車もこぞって高級SUVを開発する様になった。

1999年に三菱は三代目パジェロを従来のラダーフレーム構造から、ラダーフレームとモノコックを溶接する「ラダーフレーム・ビルトイン・モノコックボディ」に変更。2006年にはスズキ・SX4が「スポーツコンパクトとSUVのクロスオーバー」という形を提示するなど、全てのジャンルでCUV化が計られた。また、トヨタ・istのように、SUV風の外見をまとうだけの車種も登場した。こうした街乗り系SUVの流れはクロカン系にも影響を与え、「3BOXセダンと同様の装備はあって当然」という風潮を作り出してトヨタ・ランドクルーザーなどでもラグジュアリー(高級・豪華)化が進んだ。

日本の自動車業界では2000年を過ぎるあたりからSUVをカテゴリ名としてマーケティングに使用するようになった。SUVは従来RVカテゴリにあったクロスカントリー車とクロスオーバー車を置き換える用語となり、同時にクロスオーバーという言葉も浸透した。日本では税もふくめてSUVとクロスオーバーSUVを法律上明確にカテゴライズする必要性がないこともあったため、浸透させるのに障壁は少なかった。

2003年に原油高になってからのCUVは失速傾向にあったが、2010年に奇抜なデザインにコンパクトカー並みの小さなSUVである日産・ジュークが世界中にムーブメントを起こすと再び活性化し、これにマツダ・CX-3ホンダ・ヴェゼルトヨタ・C-HRなどが続いた。2014年からはスズキ軽自動車の分野でもコンパクトクロスオーバーSUVと呼べるハスラーを発売し、これにダイハツがキャスト投入で応じて人気を集めている。2010年代以降は特にアイドリングストップハイブリッドダウンサイジングターボクリーンディーゼルなどの技術の発達で燃費では他カテゴリに引けを取らなくなっており、加えてファッション性・趣味性・実用性も兼ね備えたジャンルとして今後の隆盛も期待されている。

代表的な車種一覧[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ このランチョの後継は流転を重ね、ミニバンの始祖、ルノー・エスパスにつながる。マトラはPSAに吸収された際、ランチョの後継となるMPVを「モノスペース」で提案したが、PSAはこれを却下。しかしマトラはそのアイディアをルノーに売ることに成功、ミニバンの嚆矢ともいえるエスパスの誕生につながった。
  2. ^ ハイブリッドは、日本語における自動車関係の文章では電気モーター内燃機関(ガソリンエンジンディーゼルエンジン)を併用した自動車に使われることが多いが、第一義の意味では遺伝学の分野で動物植物で異なる親から生まれた(発生した)子孫を指す用語。この意味で、ハイブリッドの日本語訳としても雑種、混合、まじりっ気のある、というのが基本的な意味である。英語での同義の用語としてクロスブリーディングがあり、同様に車においてもクロスオーバーとハイブリッドは同義となる。
  3. ^ 当時、「OUT」や「BACK」などの表現が縁起悪いとされ、日本では車名はグランドワゴンであった。

関連項目[編集]