ファストバック

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ファストバック英語: fastback)は、自動車のスタイル・外観の分類の1つである。屋根からテールにかけて一続きの傾斜を持つことによって特徴付けられる[1][2]。カムバック(カムテール)はファストバックの一種である。

フォード・マスタングのような一部のモデルは、同一モデル中の(クーペなど)他のボディスタイルと区別して、明確にファストバックとして売り込まれていた。今日、ファストバックセダンは一般的にトランクが付いているものは「4ドアクーペ」、トランクではなく後部にバックドアが付いているものは「5ドアクーペ」、もしくは「5ドアセダン(サルーン)」としてブランディングされている。

定義[編集]

ファストバックは、屋根から車両の後部にかけて単一の傾斜を持つものとして定義されることが多い[3]

「ファストバック」という用語は「リフトバック英語版」とは定義が異なる。前者が車の形状を表わしているのに対して、後者は後部よりも上方に持ち上がる(リフトする)屋根にヒンジで連結されたテールゲートを指す。

より具体的には、「ロード&トラック英語版」誌はファストバックを以下のように定義している。

閉じたボディスタイル。大抵はクーペだがセダンの場合もある。屋根はフロントガラスから車の後端まで途切れずに徐々に傾斜している。ファストバックはハッチバック構成に適しているが、全てのハッチバックがファストバックではなく、その逆もまたしかりである[4]

フォード・マスタングの場合は、「ファストバック」という用語はクーペノッチバックスタイル(より急なリアウインドウとそれに続く水平のトランク蓋を持つ)と区別するために使われる[5][6]

歴史[編集]

スタウト・スカラブ(1935年)
最初期のファストバック車

1930年代の自動車デザイナーは航空機の空気力学を応用し、乗用車において流線型英語版のボディが流行するきっかけとなった[7]。こういったデザインの例には、車の後部の小滴のような流線型がある。これは25年後に「ファストバック」と呼ばれるようになるものと類似した構成であった[8]メリアム=ウェブスター辞典は1954年に「fastback」という用語を初めて認めた[2]。これは「ハッチバック」という用語(1970年代に辞書に入った)が大衆化するより何年も前のことだった[9]。これらの用語が相互に排他的であるか否かについては意見が分かれている。

ファストバック車の初期の例には、1929年式オーバーン英語版・キャビン・スピードスター、1933年式キャデラック・V-16英語版エアロダイナミック・クーペ、1935年式スタウト・スカラブ[10]、1933年式パッカード・1106トゥエルブ・エアロ・スポーツ・クーペ[11]ブガッティ・タイプ57アトランティック、タトラ・T87ポルシェ・356サーブ・92/96スタンダード・ヴァンガードGAZ-M20 ポピェーダベントレー・コンチネンタルR-タイプなどがある。

北米および欧州[編集]

キャデラック・シリーズ62英語版

北米では、ファストバック車のための広告表現として「エアロセダン」、「クラブ・クーペ」、「セダネット」、「トーピード・バック」など様々な用語が使われた[12]。これらの車には、キャデラックのシリーズ61英語版およびシリーズ62・クラブ・クーペや、ゼネラルモーターズフォードクライスラーの様々なモデルがあった。1940年代初頭から1940年までは、ほぼ全ての米国国内メーカーがモデルラインナップ内に少なくとも1つのファストバック車を揃えていた。1960年代中頃にファストバックスタイルがGMとフォードの多くの製品で復活し、1970年代中頃まで続いた。欧州では、早ければ1945年にはリアに向かって傾斜した流線型の車が存在した。フォルクスワーゲン・ビートルポルシェ・356の形状はこれらに由来する。

オーストラリア[編集]

オーストラリアでは、ファストバック車(「スローパー "sloper"」と呼ばれた)は1935年に導入された。デザインを手掛けたのはGM傘下のホールデンで、オールズモビルシボレーポンティアックのシャシが使われた。スローパーのデザインはオーストラリアのRichards Body Buildersによって、1937年にダッジプリムスブランドのモデルに取り入れられた。また、1939年と1940年にはフォード・オーストラリアにも採用された[13]。自動車史家のG・N・ジョルガノ英語版によれば、「スローパーは当時、先進的な車だった」[14]

日本[編集]

三菱・コルト1100F
マツダ・MAZDA3 FASTBACK
ホンダ・シビック(11代目)
トヨタ・プリウス(5代目)

日本車では、トヨダ・AA型乗用車(1936年)が初めてファストバックスタイルを採用した。これはデソート・エアフロー英語版(1933年)に強く影響されたものであった。その後、三菱・コルト800(1965年)が戦後初のファストバック車となり[15](次いで3代目トヨタ・コロナに追加設定された5ドアセダン〈1965年〉)、スバル・360(1958年)は軽自動車で初めてファストバックスタイルを採用した。その他、1963年にはプリンス自動車工業がファストバックボディを持つ「スカイライン1900スプリント」を開発しているが、市販には至らなかった[16]

その後もホンダ・N360(1967年)、トヨタ・カローラスプリンター(1968年)、日産・サニークーペ(1968年)[17]マツダ・ファミリアロータリークーペ(1968年)[18]スズキ・フロンテ(1970年)、ダイハツ・フェローMAX(1971年)[19]など、日本の全自動車メーカーがファストバックを採用した。1960年代から1970年代にかけては、アメリカのコークボトル・スタイリング英語版が人気を博した(トヨタ・セリカリフトバックなど[20][21][22])。

4ドアクーペ[編集]

メルセデス・ベンツ・CLSクラス(初代)

2004年に初代メルセデス・ベンツ・CLSクラスが発売されると、決定的な路線変更が行われた。CLSクラスは「4ドアクーペ」と銘打って売り出されたが、この用語はファストバックセダンを指す純粋な広告表現であった。CLSクラスはこの市場区分の先駆けとみなされているが、以前からあったコンセプトを再解釈しただけである。同様のレイアウトは、1992年登場の日産・レパード J.フェリーなどでもみられた。

アウディ・A7BMW・6シリーズグランクーペなどの競合モデルもこれに続き、さらにはフォルクスワーゲン・CCアストンマーティン・ラピードポルシェ・パナメーラといった別セグメントのモデルもこの流行に追随した。

空気力学的利点[編集]

ファストバック(下)は従来のノッチバック英語版型デザイン(上)よりも生成する抗力が小さい。

ファストバックは低い抗力係数英語版を持つ空気力学的車両の開発において優位性がある[23]。例えば、風洞実験は行われなかったものの、ハドソンは第二次世界大戦後の車を空気力学の原理を応用しているように見えるように設計し、「ナッシュによって後に行われた試験では、ハドソン車が同時代のノッチバックセダンよりもほぼ20%抗力が小さいことが明らかにされた」[24]

出典[編集]

  1. ^ Flammang, James M. (1990). Standard Catalog of American Cars, 1976-1986. Krause Publications. p. viii. ISBN 9780873411332. https://books.google.com/books?id=xTM2Ixfev5QC&q=fastback 2016年3月1日閲覧。 
  2. ^ a b fastback”. Merriam-Webster Online Dictionary. 2016年3月1日閲覧。
  3. ^ fastback”. Random House Kernerman Webster’s College Dictionary (2010年). 2016年3月1日閲覧。
  4. ^ Dinkel, John (2000). Road & Track Illustrated Automotive Dictionary. Bentley. ISBN 0-8376-0143-6 
  5. ^ 1965 Ford Mustang Fastback Guide”. www.autotrader.com. 2018年4月17日閲覧。
  6. ^ 1967 Mustang Specifications”. www.mustangspecs.com. 2018年4月17日閲覧。
  7. ^ Walker, Clinton (2009). Golden Miles: Sex, Speed and the Australian Muscle Car. Wakefield Press. p. 16. ISBN 9781862548541. https://books.google.com/books?id=dmVQc0XKjVUC&q=In+the+1930s,+the+principle+was+further+stretched+to+become+'streamlining'&pg=PA16 2015年12月24日閲覧。 
  8. ^ Georgano, Nick N., ed (2000). The Beaulieu encyclopedia of the automobile. Fitzroy Dearborn Publishers. p. 960. ISBN 978-1-57958-293-7. https://books.google.com/books?id=bxMUKaqcUPoC&q=fastback+automobile+origin&pg=RA1-PA960 2012年6月11日閲覧。 
  9. ^ hatchback”. Merriam-Webster Online Dictionary. 2015年12月24日閲覧。
  10. ^ Clements, Rob. “EyesOn Design 2007 Report”. Ultimatecarpage.com. 2015年12月24日閲覧。
  11. ^ Adler, Dennis (2004). Packard. MotorBooks/MBI. p. 960. ISBN 978-0-7603-1928-4. https://books.google.com/books?id=9VByLctg5UAC&q=Packard+fastback&pg=PA60 2015年12月24日閲覧。 
  12. ^ “The Forty-Niners”. Time. (24 January 1949). オリジナルの31 January 2009時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090131072437/http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,799725-2,00.html 2015年12月24日閲覧。. 
  13. ^ The Sloper Page”. Hand Publishing. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年12月24日閲覧。
  14. ^ Walker, p. 18.
  15. ^ Nosweb 編集部 (2020年10月20日). “サイドガラスは上ヒンジ! 日本初のファストバックスタイルは三菱の水島製作所が作ったこの車|1968年式 三菱 コルト1000F 2ドアDX Vol.1”. Nosweb.jp(芸文社. 2022年6月23日閲覧。
  16. ^ Octane Japan 編集部 (2019年4月21日). “プリンス自動車のインサイドストーリ―第5回│プリンスが自作した1900スプリント”. octane.jp. 2022年6月23日閲覧。
  17. ^ ホリデーオート編集部 (2018年11月29日). “【旧車】初代サニークーペ「名機A型エンジンを搭載した小さな傑作車」”. Webモーターマガジン(モーターマガジン社. 2022年6月23日閲覧。
  18. ^ Webモーターマガジン編集部 (2019年7月2日). “【昭和の名車 18】マツダ ファミリア ロータリークーペ(昭和43年:1968年)”. Webモーターマガジン(モーターマガジン社. 2022年6月23日閲覧。
  19. ^ くるまのニュース編集部 (2020年2月22日). “昔はスタイルを優先していた!? 秀逸なデザインの個性派軽自動車5選”. くるまのニュース(メディア・ヴァーグ. 2022年6月23日閲覧。
  20. ^ Sobran, Alex (2017年5月15日). “This Toyota Celica Liftback GT Beautifully Couples Japanese And American Design”. Petrolicious (U.S.). 2020年9月7日閲覧。
  21. ^ Koch, Jeff (2016年1月1日). “1971-'77 Toyota Celica”. Hemmings Motor News (U.S.). 2020年9月7日閲覧。
  22. ^ Fets, Jim (2010年12月3日). “Collectible Classic: 1976-1977 Toyota Celica GT Liftback”. Automobile Magazine (U.S.). 2020年9月7日閲覧。
  23. ^ Noffsinger, Ken R. (2012年6月). “The G-Series Wind Tunnel Test Report”. 2015年12月24日閲覧。
  24. ^ Severson, Aaron (2009年9月6日). “Step-Down: The 1948-1954 Hudsons”. Ate Up With Motor. 2015年12月24日閲覧。

外部リンク[編集]