四輪駆動

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近代的な四輪駆動車の先駆けとなったジープ (Bantam BRC40)

四輪駆動(よんりんくどう)とは、自動車などの駆動方法の一種である。4つある車輪すべてに駆動力を伝えて駆動輪として用いる方法のこと。

呼称[編集]

このようなタイヤを5つ以上持つ車の場合、AWDと呼ばれる

四輪駆動の自動車は日本語では四輪駆動車(よんりんくどうしゃ)、略称して四駆(よんく)と称される。英語ではfour-wheel driveの略で4WD、またはall-wheel drive(総輪駆動、全輪駆動とも) の略でAWD、特に欧州では四輪のうち四輪とも駆動輪という意味で4x4( four-by-four、フォーバイフォー)とも呼ばれる。

一般的なタイヤを4つ備えた自動車を語る場合「4WD」と「AWD」は同義と捉えて問題ないが、5輪以上を装備するトラックなどの自動車では異義語となる。例えば6輪の自動車の場合は「4WD」は欧州流の表記で6x4、「AWD」は6x6とそれぞれ表される。なおアメリカ国内にかつて「Four Wheel Drive英語版」社が存在し、商標登録されていたことから、海外では「4WD」は避けられる傾向にある。

なお古い四輪駆動関連の用語で「FWD」「FF」という単語が出てくることがあるが、前者は上述した「Four Wheel Drive」社、後者は「Ferguson Formula」(ファーガソン・リサーチ英語版社の四輪駆動システム)の略であり、前輪駆動とは一切関係がない。

日本語において「四駆」、「4x4」、「4WD」などの語は、現代でいうクロスカントリー車やSUVといったカテゴリを指す俗称として定着していた時期がある。この場合は4WDは車種の区別、AWDは駆動メカニズムの区別となり、言葉としては比較できない全く違う概念となる。

概要[編集]

自動車に四輪駆動を採用する目的は大きく分けて2つある。

  • 立往生の発生しやすい雪道や泥濘地などの悪路を走破するため。
  • ハイパワーエンジンの強大なトルクをより路面に伝えるため。

一般的な乗用車や商用車、軍用車、土木・建築用機械などは前者の理由である。特に日本は世界有数の豪雪地域に人口の密な地域が存在し、雪質も湿っていて重いため、他国に比べて四輪駆動の需要が大きい。そのため日本の自動車メーカーは四輪駆動を、セダン、およびミニバン小型車軽乗用車など広く設定し、積雪地(寒冷地)向けの需要を満たしている。一方、海外では降雪量の多い地域に主要都市は少なく、雪質は乾燥してサラサラしている上、平坦な道の移動が多い。また北欧ではスパイクタイヤが認可されており、四輪駆動車の需要は日本に比べ限定的である[1]

四輪駆動を採用する2つ目の理由、スポーツ性を重視した高出力な車種に搭載される場合も近年増えてきている。アウディクワトロで世に問い、他のメーカーが追従し、現在の日産・GT-Rランボルギーニの各モデルなどに至る発想である。後述の「SPYKER」はこのスポーツ性を重視した最初の四輪駆動自動車の一つである。

エンジン搭載位置は他の駆動レイアウト同様ほとんどがフロントエンジンで、前車軸がエンジン重心よりも後ろにあるものも多い[注釈 1]

センターデフの有無による特性の違い[編集]

車体が旋回する際、外側と内側のタイヤに回転差が発生するが、一般的な自動車はデファレンシャルギア(デフ、差動装置)を備えており、エンジン出力を2つの異なった回転速度に振り分け、駆動輪がスリップを起こすことを防いでいる。二輪駆動車は左右一対の駆動輪のためにデフを1つ備えているが、四輪駆動車では前輪の一対および後輪の一対のために少なくとも2つ必要になる。さらに前輪と後輪の間でも内輪差が生じるため、エンジン出力が前後のデフに向かう前に、前後輪の回転差を吸収するためのセンターデフを備えているものもある。この場合は、1つの出力を4つの異なった回転速度に振り分けていることになる。現代の乗用車の四輪駆動モデルの多くは、センターデフを備えた方式である。

センターデフは便利ではあるものの、機構が複雑化しやすいことに加え、常に動力とトランスファーを直結させているため、燃費が悪化しやすい。そのため燃費・経済性を重視する商用車や、メカニカルな雰囲気を重視した趣味性の強いクロスカントリー系のSUVなどは、手動スイッチでトランスファーへの直結・切り離しをすることで二輪駆動と四輪駆動の切り替えを行い、センターデフを省く『パートタイム式』が多い。この方式では舗装路で四輪駆動として走行する場合、旋回時に前後輪の内輪差によってどちらかが強制的にスリップを起こすため、ブレーキが掛かったような現象に見舞われ、マニュアルトランスミッション車では低速時にエンストすることもある。これはタイトコーナーブレーキング現象と呼ばれる。また低速で小回りなどをした場合は小刻みにスリップが発生するため、車体全体が不快な振動に見舞われることがある。これらは故障の原因となりうるため、雪上や深い砂利道のような摩擦の低い路面以外では四輪駆動とするのは実質的に不可能である。

一般的な長所・短所[編集]

二輪駆動と比べた場合の長所と短所について述べる。

長所[編集]

  • 最大の長所はトラクションである。具体的には牽引力英語版が大きく向上する。特に駆動力がタイヤのグリップ力(路面との摩擦力)を上回り、空転が発生しやすい路面では、各タイヤのトレッドにかかる駆動力を分散させることができる。このため悪路でのスタックからの脱出や安定した走行が容易となる。同様に二輪駆動ならタイヤが空転しそうなほどの高出力エンジンでも、タイヤの性能が許す限り地面に力を伝えることが可能となる。
  • エンジンブレーキによる制動力も四輪に分散されるため、ホイールロック(タイヤ滑走)までの限界が高く、ロックからの回復も早い。
  • 前輪駆動と比較した場合、リアの駆動系の重さの分だけ荷重が前に偏りすぎず、前輪タイヤの負担も軽減される。
  • 後輪駆動と比較した場合、総じて直進安定性に優れる。
  • トルクベクタリング式(後述)の場合、前輪駆動と比較してコーナーリングの性能と質感に優れる。

短所[編集]

駆動系が追加される分、構造の複雑さと重量の増加に由来するデメリットが多い。

  • 製造のコストが高くなるため、二輪駆動モデルに比べて車両価格もその分高くなる。
  • 重量と抵抗が増えるため燃費が悪化する。
  • 燃費の悪化具合と重量の増加具合では、エコカー減税や重量税など税制面で不利となる。
  • ブレーキングでの制動性能は二輪駆動と比較して同等以下で、重量が重い分制動距離が延びやすい。
  • デフを内蔵するライブアクスルでは、ばね下重量も増加し、路面追従性や乗り心地にデメリットを生じやすい。
  • ドライブシャフトギアの追加は騒音面で不利となる。
  • 前後2箇所でのデフオイルの定期的な交換が必要となる。
  • ビスカスカップリング式やホンダデュアルポンプ式といったいわゆる生活4WDに分類されるものは、一般的には4WD(4つのタイヤが駆動するもの)として認識されているが、実際は前後左右のタイヤが空転した場合、片方には駆動力が伝わらないオープンデフと呼ばれる構造であるため、3輪駆動という見方もある。

歴史[編集]

最初の四輪駆動車は、1805年にアメリカメリーランド州オリバー・エバンスが製作した浚渫船(しゅんせつせん)だとされている。浚渫船を製造した工場から陸路を輸送するために、船に車輪が取り付けられ、蒸気機関の動力をベルトで前後輪に伝えることで走行した。それ以降も蒸気機関を使用した四輪駆動車は製造された。1824年イギリスロンドンでウィリアム・ヘンリー・ジェームズによって作られた蒸気自動車は、四輪それぞれにシリンダーを持ち、デフを用いずに各輪の回転差を吸収するようになっていた。

電気モーターを使用した四輪駆動車も1900年ごろ、フェルディナント・ポルシェによって作られている。この車は、後にインホイールモーターと呼ばれる、各輪のハブに駆動用モーターを内蔵する方式で四輪駆動としていた。

ガソリンエンジンを用いた初の四輪駆動車SPYKER

ガソリンエンジンを使用した四輪駆動車は、1902年オランダのスパイカー兄弟によって作られた「SPYKER」が最初である。この車は、前進3速・後進1速のトランスミッションと、2速のトランスファーおよびセンターデフを介し、四輪を駆動する設計で、現代のフルタイム式四輪駆動車と基本的に同じ仕組みとなっている。

1903年には、オーストリア・ダイムラー社で、四輪駆動装甲車が開発された。この車は装甲と37 mm機関砲を装備した砲塔を持ち、前進4速・後進1速のトランスミッションとトランスファーを介して四輪を駆動した。また、フォード・モデルTにおいても1910年代以降に四輪駆動キットが販売され、四輪駆動化された車輌があったが、これは、走破性向上のためというよりも、もっぱら駆動輪である後輪にしか働かないエンジンブレーキを前輪にも作用させるためであった。

第一次世界大戦中、アメリカの自動車会社ジェフリー・モーター・カンパニー(ランブラー自動車の当時の社名)は四輪駆動トラックを設計・製造している。これはクワッド・トラック(Quad Truckまたはジェフリー・クワッド、ナッシュ・クワッド)として知られている。欧州で戦う連合軍に提供され、ジョン・パーシング指揮の下、重量級軍用用途に用いられた。

九五式小型乗用車

日本においては1935年頃、前年に帝国陸軍が依頼し日本内燃機が開発した九五式小型乗用車(くろがね四起)が登場した。九五式小型乗用車はアメリカ軍ジープに先駆けて開発・量産された日本初の実用四輪駆動車であり、1936年から1944年まで計4,775台が生産され、日中戦争ノモンハン事件太平洋戦争などで偵察・伝令・輸送用に幅広く使用された。

1941年、アメリカにジープが登場した。ドイツ軍キューベルワーゲン(二輪駆動車。1940年頃登場)に相当する軍用車両として、アメリカ陸軍の仕様に対し各社の試作の中からバンタム(英語版)社の案が採用されたものだった。バンタム社は当然自社での生産を望んだが、実際には生産設備の規模や品質からほとんどがウィリス(英語版)社とフォード社に発注され製造された。ジープは戦場の悪路を走破するための自動車として有益であることが第二次世界大戦で実証され、大量生産を経て連合軍に供給され世界各地を走破した。ジープの活躍はそのため世界各地で注目を呼んだ。日本でも陸軍が南方戦線で鹵獲したバンタム・ジープを日本に持ち帰り、「ボディは似せないこと」という注文付きで製作するようトヨタ自動車に依頼したが、まもなく敗戦となった。

戦後の日本では、民間でも悪路を走破する車の需要が高まったが、当初は軍用車の払い下げや、似せて作った国産ジープ型車両程度の選択肢しかなかった。それでも、戦前1930年代以前)の自動車しか知らない当時の日本人にとって、ジープの技術や品質は、アメリカの技術的進歩を伝えるものだった。1953年に新三菱重工業(→三菱重工業→三菱自動車工業)は、ウイリスオーバーランド社のジープを警察予備隊向けにノックダウン生産した。自社開発のトヨタ・ジープ (後にランドクルーザーと改名)と日産・パトロールは警察予備隊の入札で三菱に敗れたため、国家地方警察向けや民需の道を開拓した。三菱・ジープはその後日本でも開発したモデルを加えていき、防衛庁以外にも販路を広げ、独自の進化を遂げながら1998年まで生産された。「ジープ」は小型四輪駆動車全般の代名詞としても使われるようになった。

1970年代前後に相次いで転機が訪れた。1967年ホープ自動車軽自動車(当時は360cc)枠で本格的な四輪駆動車「ホープスター・ON型4WD」を発売した。この車両は後の「スズキ・ジムニー」の前身であり、四輪駆動車=大排気量車という形式に一石を投じた。富士重工業(現・SUBARU)は「ジープより快適で、通年使用可能な現場巡回用車輌」という東北電力の依頼を受け、「スバル・ff-1 1300Gバン」に、日産・ブルーバードのリヤアクスルを装着したパートタイム4WDの「スバル・ff-1 1300Gバン4WD」を製作。1972年レオーネ1400エステートバン4WDとして発売され、乗用車×四輪駆動という新たな市場を開拓した。

なお英国のジェンセン・モーターズ社はスバルに先駆けて1966年に乗用車×フルタイム式四輪駆動のFFを発売しているが、様々な要因で欧米の需要にマッチせず、わずか300台程度の販売に留まった。欧米での市場開拓はアウディ・クワトロを待つことになる。

1970年代の米国のカウンターカルチャーの影響を受けた日本ではアウトドアブームが起こり、四輪駆動車やクロスカントリーカーが流行した。この時点で、後のRVという日本仕様のレジャー車両の概念が形成されはじめた。1984年にはクロカン車としての悪路走破性を保持しつつ乗用車としての扱いやすさを両立させ、乗用クロスカントリー車の先駆けとなった三菱・パジェロが発売され、四輪駆動車が一気に身近な存在となった。1985年には横置きエンジンでは世界初となるフルタイム四輪駆動を搭載した3代目マツダ・ファミリアが登場し[2]、センターデフを持つ常時四輪駆動技術が乗用車でも一般的になり始めた。

これに前後して1980年にアウディ・クワトロが登場したことで、高性能スポーツカー向けの四輪駆動技術が普及し始めた。90年代まではグループBグループAのような競技用ホモロゲーションモデルを除けば、ポルシェ・ランボルギーニのごく一部に採用されるのみであったが、00年代以降にはかつて後輪駆動をアイデンティティとしていたブランドたちも、高性能化のシンボルとして四輪駆動を搭載したモデルを続々と発売するようになった。

こうした流れの末に、現在では様々な車種に四輪駆動のグレードが設定されている。

四輪駆動の種類と機構[編集]

パーマネント式(狭義)[編集]

永久直結式とも呼ばれる、最も原始的な四輪駆動方式。黎明期の試作的な四輪駆動車や、軍用車両農耕用車両の一部にのみ見られる。現代の乗用車技術としては採用されない方式である。

前後の回転差を吸収するセンターデフを持たないことはもちろん、トランスファーすら持たないか、あるいは、持っていても二輪駆動の状態を選べないため、通常路面での使用や、高速走行にはまったく適していない。

また、建設機械などでは、前輪と同じ舵角で逆位相に後輪を操舵(四輪操舵)し、前後輪の軌跡を一致させることで、タイトコーナーブレーキング現象を回避する例も存在するが、極端なアンダーステア特性のために、スピードの向上には対応出来ない。

フルタイム式(センターデフ式)[編集]

パーマネント式(広義)、コンスタント式とも呼ばれる。前後輪を接続する駆動軸の間にセンターデフと呼ばれるデファレンシャルギア(デフギア)を置き、旋回時や、前後輪の回転差を吸収する。常時全輪に適切にトルクを分配するため、高速走行や雨天時の走行における安定性に優れる。

この方式を採用する黎明期の四輪駆動車は、差動制限を持たない単純なディファレンシャルギアを使用していた。その場合、悪路などで一輪でも空転を始めると、他の車輪には駆動力がほとんど伝わらなくなる。それを回避するために、センターデフに直結機構(デフロック)を備えているものや、リミテッド・スリップ・デフを用いるものが多い。ただし、こうした名称にはメーカー間で統一された定義はなく、後述のスタンバイ方式のように前後の接続にデフギアやトランスファーではなく流体クラッチ(カップリング)を用いるものも一般的にフルタイム式と(広義で)呼ばれている。整備などのサービスの現場でも、ギアであれクラッチであれ、前後の接続部分は全てセンターデフと呼んでいる場合があるが、走行性能については大きな差があり、後述のとおりである。

なお、軍用車両やオフロード志向の強いクロスカントリーカーやSUVの一部では、走破性向上のために、センターデフのみならず前後のデフ(アクスルデフ)も差動制限したり、直結させることを可能とするものもある。

フルタイム式4WD。エンジン出力はセンターデフを介して前後輪に配分される。 デフの直結スイッチの模式図。左から順にセンターデフ、フロントデフ、リヤデフを独立的に直結させる機能を持つ。
フルタイム式4WD。エンジン出力はセンターデフを介して前後輪に配分される。
デフの直結スイッチの模式図。左から順にセンターデフ、フロントデフ、リヤデフを独立的に直結させる機能を持つ。

パートタイム式[編集]

後輪駆動を基本としたパートタイム式4WD。前輪への駆動の接続は運転者が任意に行う。

セレクティブ式とも呼ばれる。通常は二輪駆動を基本とし、必要時にのみ動力を取り出すトランスファを接続し、四輪駆動に切り替える方式である。これはタイトコーナーブレーキング現象の発生や、ハンドリングや燃費の悪化などの多くの不具合を回避し、舗装路面でも使える車両とするのに必須でもあった。また自動車製造上、もともとの二輪駆動車両に後付け構造で四輪駆動にできる方式として、今でも存続している。シンプルな構造と二輪駆動時の燃費の良さから、特に経済性が重要な商用車では採用されやすい。

パートタイムの車両にはセンターデフは無く、四輪駆動では前後の回転差は全く吸収されず、タイヤと路面の間での強制的なスリップを発生することで回転差を吸収する。つまり、四輪駆動走行は、滑りやすい悪路であることが前提となる。

仮に、パートタイムの四輪駆動で乾いた舗装路などを走行するとタイヤと路面の摩擦力が大きくタイヤスリップが発生できず、タイトコーナーブレーキング現象やトルク循環が発生する。駆動系を破損・焼損する可能性も高く注意が必要である。前後のタイヤ径が異なる場合にもトルク循環が発生する。カタログでのタイヤサイズが同じで、モデル名が異なる程度(トレッドパターンや僅かな直径の違い)でも、タイヤの摩耗度が見てわかる程度違っていても起こる。また、ハンドル舵角によらず非常に高い直進性をもつことになる。車両の操縦性や安定性が大きく損なわれることに大きな注意が必要である。二駆と四駆の切り替えはステアリングを中立にしての低速度、または停止状態で行うことが推奨される。このような車種は、車内にコーションプレートが取り付けられており、これらの旨が注意書きされている。

悪路での使用を前提とするなら、比較的機構が簡単で信頼性が高くパーマネント式やセンターデフ式のデフロック状態の利点が得られるため、砂地、泥濘、岩山など、過酷なオフロード走行クロスカントリースタックからのリカバリーで用いるのが有効である。そういう本格的オフロード走行を前提としていないとメリットが少ないため、乗用車において過去に採用例があったが、今はほぼ廃れている。

また、フリーハブなどを用いて従駆動輪を機械的に断続することも一般的で、マニュアルハブ、AUTOフリーハブを持つ車両が多い。ランドローバーシリーズIのように、ワンウェイクラッチなどにより、前進時にのみ四輪駆動になる方式もある。

パートタイム4WDは、ジープやスズキ・ジムニーのような伝統的なクロスカントリーカーにおいてはFRを基盤にしているが、少なくとも日本車においては、現在存在する大半はFFが基盤である[注釈 2][注釈 3]。逆に、元来のFR車の大半はフロントアクスルを置くスペースがない(そこはエンジンのスペースである)ため、4WD化は難しい。MRレイアウトの機械式パートタイム4WD車は、日本のキャブオーバースタイルミニバン[3]のうち、RRのサンバーとドミンゴを除くほぼ全車が採用している形態になる。いわゆる「センターミッドシップ」は、ホンダ・アクティの旧いモデルのみとなる。RRレイアウトのものについてはスバル・サンバーとその拡大型であるスバル・ドミンゴ[注釈 4]以外に例がない。

フルタイム・パートタイム複合式[編集]

パートタイム式の切り替え式トランスファーと、フルタイム式のセンターデフの双方を搭載しており、フルタイム式としてもパートタイム式としても使えるというものである。二駆での省燃費、センターデフによる駆動力を配分しての安定した走行、前後直結での悪路走破性、いずれのメリットにも与かることができるようにしたもの。

差動吸収方式、駆動配分方式などに差異があり、ジープのセレック・トラックでは、トランスミッション直後にビスカスによる配分変更、そしてトランスファーを持つというデファレンシャルのない方式を採用。三菱自動車スーパーセレクト4WDでは、トランスミッション直後にデファレンシャル、そのあとにチェーンによるビスカスバイパスと、トランスファを持つ方式。トヨタのマルチモード4WDでは、スーパーセレクト4WDと同じ順だが、バイパスせずに配置する。いずれも、ラダーフレームやリジッドアクスルを備える本格的クロスカントリー車ではあるが、乗用車パーツを流用し乗り心地や装飾に乗用車テイストを持たせたRVに採用されている。

二重、三重の装備となり、重量がかさむという欠点があるが、車格の大きなクロスカントリー車では、元々トランスファーにローレンジ切り替えを受け持つ副変速機(※CVTの燃費向上用のものではなく、悪路走破用のローレンジ)を持つため、センターデフを持つことによるトランスファケースの大型化や、それに伴う重量増加は、走行性能上さほどデメリットとはならない車種に採用されている。

オン・デマンド式/スタンバイ式(パッシブ式)[編集]

パートタイム式には、二駆と四駆の切り替えに戸惑うユーザーも多く、また直結状態に気づかないまま舗装路で高速走行をするなどで車を壊したり火災を起こしたりするトラブルも少なくなかった。そこで、切り替え操作を必要せず、自動化を図ったオン・デマンド式が考案された。センターデフの代わりに流体クラッチ(流体継手、単にカップリングとも呼ばれる)を持ち、通常は前後どちらかの主駆動輪で走行し、主駆動輪と残りの二輪(従駆動輪)に回転差が生じると、従駆動輪にも駆動力を自動的に伝達する方式。従駆動輪の働きは補助的であり、長時間や強い駆動力の伝達には不向きである。必要となってから駆動配分を行うため、パッシブ(受動)式とも呼ばれる(実際にはカップリングは高粘度のオイルで満たされた湿式クラッチなので完全に切れることはなく、従駆動輪にも常にある程度のトルクが掛かっている)。従駆動輪の連結を切断する必要がなく、4WD切り替えスイッチなどはほとんど設けられない。

ビスカスLSD付センターデフ方式と混同されがちであるが、長時間の耐久性や駆動力配分でまったく別の動作を示すもので、センターデフを持たないこのスタンバイ方式のほうが機構的に単純である。頑丈な円筒形ケースに多板クラッチとシリコーン樹脂を封入し、前後輪の回転差で発生する攪拌熱によるシリコンの膨張で多板クラッチを圧着し、差動を制限するビスカスカップリングをリアデフの前のプロペラシャフトに挿入した方法である。電子的な制御用のデバイスが一切不要で、特にフォルクスワーゲンが採用した初期の大型のものは、レスポンスや効きも申し分ない物であった。その後、ビスコドライブ社への特許料が不要で、なおかつ製造も簡単で安価なトリブレード(3葉プロペラ)式やデュアルポンプ式の流体クラッチが登場したが、総じてレスポンスが悪く、繋がりが唐突であるなど、洗練度にも欠けるものであった。

特に後者のスタンバイ式4WDは、悪路で滑って後輪が駆動するまでにはっきりとラグがあり、コーナーなどでフロントが滑ったあげくリアに駆動力が加わり車体の大きな動揺、スピンに陥ることもしばしばあった。悪路走破性において実際にメリットがない場面も多く「無い方がマシ」「なんちゃって4WD」などとと揶揄されることも多い。現在、普通車以上のカテゴリでの採用は珍しくなったが、ケース内圧力を高めるなどの改善を図りつつシステムの軽さというメリットを生かし、排気量1500cc未満のコンパクトカー・軽自動車では多く採用されている。

なお、本項目ではセンターデフ式フルタイム4WDと区別したが、日本においては、本田技研工業いすゞ自動車OEM供給されていた製品を含む)が「リアルタイム4WD」の名称を使った以外は、ほぼすべての乗用車メーカーがビスカスカップリング式4WDを「フルタイム4WD」と呼称している。特に4WDの代名詞であった富士重工業(現・SUBARU)と、三菱自動車工業がこれに倣ったことの影響は大きい。また市販ベース競技車として「スズキ・アルトワークス」「ダイハツ・ミラ TR-XX」が採用し実績を残したことも大きい。

トルク・スプリット式/アクティブ・トルク・スプリット式/アクティブ・オン・デマンド式[編集]

オン・デマンド式の発展形で、同様に従となる方の駆動軸に流体継ぎ手のクラッチ機構を持つが、電子制御のポンプによりクラッチケース油圧の増減をコントロールし、前後駆動力配分をアクティブに制御する方式を用いるもの。

従来のオン・デマンド(スタンバイ)式が機械的に回転差が生じてから後輪に駆動力が配分するのに対して、こちらは各ホイールの回転差やハンドル切れ角、スロットル開度、Gセンサーなど車両走行状況を電子的に演算して、滑りを予測して駆動するため、より実走行状況に応じた走破性・安定性を獲得することができる。また発進やわずかなハンドルの回転に際しても駆動コントロールがプログラムされており、舗装路でのハンドリングやドライバビリティにも貢献するものも多い。中には運転者が能動的に乾燥路・雨天路・凍結路などの路面状況による自動演算の傾向を選択(モード切替)できるようにしているものもある。

代表的なものとして、トヨタのダイナミックトルクコントロール、日産のオールモード4×4、ホンダのインテリジェント・コントロール・システムVTM-4、スバルのACT-4、三菱のAWC、スズキのALL GRIP、BMWのxDrive英語版などが挙げられる。またスウェーデンハルデックス・トラクション社製のアクティブ式システムは評価が高く、VW系、ボルボフォードGM系といった海外他社のメーカーで採用されている[4]

2WDとの切り替えにおいてもトランスファー切り離しなどではなく、電子制御のスイッチで配分を切り替える方式をとるものがほとんどでもある。車種によっては2WDの切り替えスイッチを設けないものもある。なお2019年発売のトヨタ・RAV4では、電子制御でありながらプロペラシャフトを切り離してFF走行で燃費悪化を防ぐ機構が採用されている[5]

トルクベクタリング式[編集]

前後駆動力配分のアクティブ化に加え、ヨーコントロールデフを組み合わせ左右の車輪間でも駆動力を電子的に可変配分させる高度な四輪駆動システム。

前後左右の駆動力を自在に可変配分制御することによって、旋回中にヨー・モーメント(旋回力)を強制的に発生させることもでき、従来型の四輪駆動システムが物理的な障壁として抱えていた旋回中の走行特性の安定低下という弱点を克服した。さらに、旋回特性を積極的に制御することもできるようになり、アクセル量の制御であるトラクションコントロールシステム機能や、個別ブレーキ制御である横滑り防止装置システムとも合わせ、総合的な制御を行うことで、後輪駆動車に勝る旋回性能を獲得した。制御プログラムによって、様々な特性を付与させることができ、スプリット・ミュー路面などの不整地走行においても優れた走破性を発揮させることも可能である。三菱自動車工業S-AWC(Super All Wheel Control)が2001年三菱・ランサーエボリューションシリーズの通称エボ7より採用され、先鞭をつけた。ホンダではセンターデフを用いず流体継ぎ手のみで前後を、左右には遊星ギアによるディファレンシャルを用いて、それぞれの駆動をアクティブ(状況に応じて先んじて電子制御)化したSH-AWDとよぶシステムをレジェンドアキュラで2004年に採用した。BMWやアウディなどのメーカーも追従して左右のアクティブデフシステムを採用してきている。

動力分散型[編集]

駆動する一つ一つの車輪、または前後の車軸ごとに動力源を取り付けたもの。

内燃機関[編集]

内燃機関全盛だった20世紀においては主流にはなりえなかったが、それでも歴史は古く、フェルディナント・ポルシェによって試作されたモーター駆動の車両が1900年パリ万国博覧会に出品されている。

出力がほぼそのままタイヤの駆動力となることからエネルギー損失が少なく、4輪の動力配分を自由に決められる反面、既存のディーゼルエンジンやガソリンエンジンの場合、小型化に限界があり、また部品点数が多くなる、排気処理が面倒、スロットル動作の同調に高度な制御が必要なことから、実験的に作られた車両程度しか存在しなかった。しかし電気自動車の場合は排気が無く、電力は配線を延長すれば良いだけなので、損失が少なく、室内が広く取れる点からも有利である。三菱自動車のランサーエボリューションMIEVや、「8輪」駆動車ではあるがエリーカがこの方式を採用している。その後、MIEVのシステムを市販化した三菱・アウトランダーPHEVにおいて、前後の二つのモーター駆動を動的に制御し、さらに、後輪の左右駆動力の差動をAYCで制御した「S-AWC」機構を搭載した。詳しくは、S-AWCの項を参照。

内燃機関を用いたものでは、ヒルクライムなどの競技用車両にツインエンジンの例があるが、市販車ではシトロエン・2CV 4x4、別名「サハラ」がほぼ唯一と言える存在である。本来2CVのエンジンとトランスアクスルはフロントに収まっているが、それと同じものをもう一組、リアのトランクをつぶして押し込んだものである。二組の連携は単純で、スロットルはワイヤー、トランスミッションはシフトリンケージでつながれているだけで、それ以外では二つのエンジンは独立しており、メインスイッチが二つ備わり、どちらかひとつのエンジンだけでも運転が可能であるなど、駆動力確保はもちろんのこと、砂漠などでの冗長性確保の意味合いが強い設計と言える。一方、シトロエン・メアリ 4x4 は、トランスファー副変速機を持つ一般的なパートタイム4WDである。

電動機[編集]

エレクトリック4WDなどと呼称される。エンジンによる駆動軸の他に、モーターでもう一方の車軸を駆動させる方式である。初期は生活4WDとしてコスト面から採用された日産のe-4WDのように、低μ路での発進時のアシストを主眼とした低出力(5 psほど)の簡易的なものであったが、強力なモーターとバッテリーを備えるハイブリッド車が一般化し、それが標準装備になっていくであろう今後は主力方式の一つになっていくと期待されている。

現在、日本国内で販売されている車両の『e-4WD』システムはオートマチックトランスミッションとの組み合わせが前提だが、エンジン駆動軸の回転数もしくはそれにかかるトルクに応じて電動軸の出力を制御すればよく、必ずしもマニュアルトランスミッションとの組み合わせは不可能ではない。

モータースポーツにおける四輪駆動[編集]

技術が未熟であった頃の四輪駆動は様々な面で二輪駆動に見劣りすることが多く、一部を除き敬遠されがちであった。しかし研究開発の進んだ1980年代から様々なカテゴリで強力な武器として認識されるようになり[注釈 5]、現代では同一条件下で二輪駆動が太刀打ちするのは極めて難しくなった。F1GTLMP1を乗り継いできた小林可夢偉は、強力なトラクションはもちろん、セッティングやドライビングの容易さ・自由度の高さを理由に挙げて「レーシングカーは四輪駆動のほうが絶対に速い」と断言している[6]

そのため同一クラスで混走する場合、四輪駆動は二輪駆動に対して少なからぬハンデキャップを背負わされるのが一般的である。

戦前[編集]

ブガッティ・タイプ53

確認できる最も古い四輪駆動の活躍は1906年で、スパイカーバーミンガムモータークラブが開催したヒルクライムで優勝した記録が残っている[7]

1932年、すでに前輪駆動車でインディ500を席巻していたレースエンジニアのハリー・ミラーは、FWD社と共同開発した四輪駆動車「FWDスペシャル」を送り込んだ。予選ではフロントローを獲得したり、決勝でも長い周回をリードするなど速さを見せたものの信頼性の問題が重くのしかかり、1936年インディ500でマウリ・ローズにより4位に入った以外は芳しい実績は残せなかった。

ミラーは世界大恐慌の煽りを受けて1933年に廃業したため、FWDスペシャルはロサンゼルスのビジネスマンに買われ、1934年に大西洋を渡ってF1の前身であるヨーロッパ・ドライバーズ選手権にも持ち込まれた。アメリカ人のピート・デパオロがドライブし、トリポリグランプリでデビューし7位に入ったが、次に参戦したドイツグランプリでは7位を走行中にエンジンが爆発してリタイアとなった。なおその爆発の時の破片が、観戦中のアドルフ・ヒトラー首相の頭を掠めたという逸話がある[8][9]

また同じく1932年に、ブガッティタイプ53を誕生させている。1934年ラ・テュルビーと1935年シャトー=ティエリのヒルクライムで優勝を飾っているが、技術的な問題と300馬力というハイパワーなエンジン、さらに後輪駆動と全く違う運転特性がドライビングをたいへん難しくしており、ドライバーは運転するたび心身ともに疲労困憊していた[10]

戦後[編集]

第二次世界大戦後もヒルクライムで四輪駆動システムの有用性がしばし注目された。

英国人のアーチー・バターワースは「AJBスペシャル」(S2)を製作し、1948~1951年まで英国ヒルクライム選手権に参戦。優勝こそできなかったが、しばし「Fastest time of the day」やクラス3位を獲得するなどそこそこの速さを見せた。

大きな事故によりバターワースが引退した後は、かねてより同車を欲しがっていた米国人のビル・ミリケンJr.がこれを引き取った。生みの親の名前をもじって「バターボールスペシャル」と名付けられたこのマシンは、多くの故障と戦いながら1952~1957年の間アメリカのヒルクライムを転戦し続けた[11]

なおAJBスペシャルは1950年に、ノンタイトル戦ではあるがF1世界選手権に初めてエントリーした四輪駆動車でもある。しかし決勝ではたった1周でクランクシャフトの破損によりリタイアした[12]

前出のFWDスペシャルもヒルクライムに戦場を移しており、誕生から20年近く経った1950年5月22日にイクイノックス山のヒルクライムにて同車初の優勝を挙げている[13]

1960年代[編集]

ファーガソン・P99

1960年代はサーキットも含めたオープンホイールの分野において、四輪駆動が大きな注目を集めた時期である。

ファーガソン・リサーチ社は空冷式V8エンジンを積んだ四輪駆動車のP99を開発し、1961年F1のノンタイトル戦に出場。スターリング・モスが大雨の中をドライブし、3位以下を周回遅れにしてF1史上唯一となる四輪駆動車の優勝を記録している[注釈 6][14]。しかしミッドシップへの移行が進む趨勢の中でP99はフロントエンジンであったため、参戦はこの一戦限りであった。

ファーガソンは新たにミッドシップ四輪駆動システムの開発を行い、P104をインディ500に送り込んだ。これをボビー・アンサーがドライブしたが、1964年はクラッシュ、1965年は故障でリタイアに終わっている。1967年にはファーガソン・フォーミュラ(ファーガソン社の四輪駆動システム、略して"FF")を組み込んだガスタービン車のSTP-パクストン・ターボカージョー・レオナルドのドライブで参戦し、決勝で3位を獲得した。ガスタービン車への規制がされた1968年には同車の改良型であるロータス・56が4台体制[注釈 7]で参戦。レオナルドはポールポジションを獲得してトップを快走するが、残り8周でコーションが明けた直後に燃料系のトラブルに見舞われて失速、無念のリタイアを喫した。直後に更なるガスタービン車規制の強化と四輪駆動の禁止を受けたため、インディ500での挑戦は終わりを告げた[15]

F1では、1968年にハイパワーなDFVエンジンが多数のチームに供給されるようになり、いかにトラクションを稼ぐかがマシン設計の大きな焦点となった。最初は手軽に大きなダウンフォースを稼げるハイマウント式のリアウイングが流行したが、安全上の問題で1969年モナコグランプリハイマウント式が禁止されたため、ロータス・63マトラ・MS84マクラーレン・M9Aなどファーガソン・フォーミュラを用いた四輪駆動車が有力チームたちから続々と登場した。しかしコーナーリング時の不安定な挙動と酷いアンダーステアのせいで到底乗りこなせるものではなく、ドライバーたちからは極めて不評であった[注釈 8]。さらに重量が重い・マッチするフロントタイヤが無い・適切な重量配分が分からない・信頼性が低い等デメリットも山積みで、背の低い固定式リアウィングでダウンフォースを得るシンプルな二輪駆動車に対して明らかに遅れを取っていた[16]。これらの内、入賞できた四輪駆動車はMS84(カナダグランプリ6位)のみであるが、これは「フロントデフの故障により後輪駆動状態だったから入賞できた」という皮肉としか言いようのない真相があった。

スリックタイヤが導入された1970年以降は完全にトレンドから外れ、四輪駆動車はロータス・56Bが数戦スポット参戦しただけに留まった。56Bの顛末を見届けたファーガソンはモータースポーツ事業から撤退し、「FFディベロップメント」社に改名して市販車の分野へと転身していった[注釈 9]

このようにサーキットでは失敗に終わるケースが多かったが、同時期の英国ヒルクライム選手権では活躍。P99が1964年に同選手権のタイトルを獲得してからしばらくの間、四輪駆動車がチャンピオンシップの主役となった[注釈 10][17]。F1では走れなかったBRM・P67も1968年にチャンピオンマシンとなっている。しかし1970年代に入ると、F1同様に太いタイヤと空力効果によるダウンフォースでトラクションを稼ぐ二輪駆動車が主流となっていった。

同時期には北米のCan-Amでも四輪駆動車を開発しようという動きがいくつかあったが、技術的問題によりいずれも決勝に出場できずに終わっている[18][19]

1980年代[編集]

アウディ・スポーツクワトロS1

1970年代の四輪駆動のレーシングカーは、まだ勃興し始めたばかりのラリーレイド系競技において、従来からあったクロスカントリー系のSUVピックアップトラックが用いられる程度に留まっていたが、1980年代にアウディ・クワトロを皮切りに欧州の一般乗用車にも四輪駆動が普及し始めると、ラリースポーツカーレースのような市販乗用車をベースとする各カテゴリで一気に花開いた。

特に印象的なのはWRC(世界ラリー選手権)での爆発的な普及である。四輪駆動車での参戦自体は1980年スバル・レオーネサファリラリーへのスポット参戦が先であったが、選手権全体に広まったのは1981年からのグループ4~グループB規定におけるアウディ・クワトロの活躍がきっかけであった[注釈 11]。当初は信頼性不足や強烈なアンダーステア、駆動損失による最高速度の鈍化などの弱点を露呈する場面も多く見られたが、それ以上にクワトロの速さはライバルに強烈な印象を与えた。グループBの公認取得に必要な最低生産台数が実質20台と少ないことを利用してプジョー・205ターボ16ランチア・デルタS4フォード・RS200のようなミッドシップにハイパワーターボエンジンを据えた過激な四輪駆動車が続々と登場し、覇権争いを演じた。

重大事故が相次いだ結果WRCではグループBは廃止となるが、後を継いだグループAでも四輪駆動車が主役となり、結局二輪駆動車がWRCタイトルを獲得したのは1983年が最後となった。またラリークロスパイクスピーク・ヒルクライムにはWRCで活躍の場を失ったグループB車両が流入し、これらでも四輪駆動が一躍主役へと躍り出た。

サーキットレースでは、先進的な『可変トルクスプリット』式四輪駆動を備えるポルシェ・961が、1986年ル・マン24時間レースグループC勢に混じって総合7位に食い込んでいる。また1988年の北米のトランザム・シリーズと1989年のIMSA-GTOでは、WRCから撤退したアウディの90クワトロシステムで猛威を振るった[20]

F1ではウィリアムズが1982年に後ろ二輪の六輪車による四輪駆動車のFW08Bをテストし、好タイムを叩き出していた。しかしかねてよりのグランド・エフェクト・カーをめぐる議論で速度と安全の問題に過敏になっていたFISAは、1983年にグランド・エフェクトの禁止と併せてタイヤ本数の制限と四輪駆動の禁止を明文化してしまったため、実戦投入されずに終わっている。

1990年代[編集]

日産・スカイラインGT-R(R32)

1990年代になると、ツーリングカーレースの分野で四輪駆動は黄金時代を迎える。グループAレースにおいて日産・スカイラインGT-Rが『アテーサET-S』なるスタンバイ式四輪駆動技術を搭載し、JTC(全日本ツーリングカー選手権)でワンメイクレース状態を築き、グループA規定を終了に追い込むほどに勝ち続けた。ドイツでもグループA規定ベースであったDTM(ドイツツーリングカー選手権)において、クワトロシステムを使用するアウディ・V8が1990・1991年とシリーズを連覇している。

グループAの後継となったスーパーツーリングカー規定の『クラス1』のDTM→ITC(国際ツーリングカー選手権)では、アルファロメオ・155 V6 TIオペル・カリブラV6 4X4が四輪駆動車として活躍。しかしリソース不足や信頼性の問題もあり、先進的な空力設計と凝った電子デバイス[注釈 12]で武装した二輪駆動のメルセデス・CクラスV6とは互角の戦績に終わっている。

『クラス2』規定の各国のレースでは、ここでもアウディがクワトロシステムを持ち込んでおり、1996年にはA4クワトロが英独含む6カ国[注釈 13]を同時に制覇するという無敵ぶりを示した。このほかフォードも四輪駆動のモンデオで1995年のSTW(ドイツ・スーパーツーリング選手権)に参戦したが、こちらはうまくいかず1年で撤退している。

このように一部を除くほとんどのカテゴリで圧倒的な戦闘力を示すようになった四輪駆動だが、一方で四輪駆動技術の得手・不得手がメーカーごとにハッキリ分かれたり、参戦コスト高騰の原因になったりと、運営にとってはエントラント招致の障害にもなり始めた。そのため四輪駆動の規制強化・禁止、もしくは二輪駆動を優遇する動きが広まった。

四輪駆動が多数派となったラリー界では、二輪駆動車の優遇が行われた。WRCではフランス車メーカーのロビー活動により導入された二輪駆動車規定「F2キットカー」の規制が緩和された末、1999年にターマックイベントでシトロエン・クサラ[注釈 14]のF2キットカーが2回総合優勝を記録している。またダカール・ラリーでもプライベーターの二輪駆動規定を大幅に緩和した結果、1999・2000年に二輪駆動のシュレッサー・バギー[注釈 15]が総合優勝を果たした。ただしこれらは既存メーカーの不満の声が大きかったため、いずれも一時的なものに終わっている。

一方で二輪駆動が多数派であったサーキットレースでは、四輪駆動側への規制強化・禁止が優先的に行われた。上述したDTMのアウディ・V8はその巨大な車格も原因とはいえ最大で300kgという最低重量差をつけられ、クラス2規定のA4クワトロも1997年から100kgのウェイトを背負わされていた。後者はそれでもなお一線級の戦闘力を維持し続けたため、1998年には四輪駆動そのものが禁止されてしまった[21]。スーパーツーリング規定の事実上の後継となったスーパー2000規定のツーリングカー規則やFIA-GT、さらにはル・マンとデイトナでも四輪駆動の禁止が明文化されたため、メジャーカテゴリではほぼ完全に締め出される格好になってしまった。

なおスカイラインGT-RがJTCの次に戦場に選んだJGTC(全日本GT選手権)のGT500クラスは規則自体の駆動方式による差はそれほどなかったものの、太いタイヤや大型ウィングの装着・サスペンションの大幅な改造などが行えたため、二輪駆動でも十分なトラクションを稼げるようになっていた。そのため設計の自由度の高さや軽量化を求めて二輪駆動化するのが最適解とされた[22]

21世紀以降[編集]

ポルシェ・919 HYBRID

2012年から始まったWEC(世界耐久選手権)のLMP1規定下でハイブリッド車両に限り四輪駆動が認可されると、アウディ・R18トヨタ・TS050 HYBRIDポルシェ・919 HYBRIDが、通常は後輪駆動で、モーターの出力時のみ前輪も駆動する[注釈 16]スタンバイ式四輪駆動を備え、200kg軽いF1マシンにも迫る速さを得て一時人気を集めた。コスト高騰が原因でLMP1規定は消滅するが、これに代わったLMハイパーカー規定でも性能調整を施すことを前提に、ハイブリッド車両の四輪駆動の採用が引き続き認可されている。

しかしそれ以外のメジャーなサーキットレースでは、四輪駆動の認可事例は極めて少ない。唯一SUPER GTでは特認で四輪駆動車としてGT300クラスに参戦したスバル・インプレッサが2008年に優勝を挙げた例があるが、開幕時から175kgも重くされるという規制強化を受けて撤退の憂き目にあっている。主だったツーリングカー規定[注釈 17]たちは軒並み四輪駆動が禁止されており、スーパー耐久ニュルブルクリンク24時間などの、アマチュア色が強いレースの下位クラスで認められる程度に留まっている。現在の市販スーパーカーは高性能なスポーツ四輪駆動システムを売りにするのがトレンドとなっているにも関わらず、そういった事情から自慢の四輪駆動を降ろさなければ主要レースに参戦できない、というジレンマが存在する。とはいえそれに対する不満の声はあまり聞かれず、メーカー・ファンともに業界の慣習として受け入れているような状況にある。

F1でも電動技術を用いた四輪駆動についての議論がしばし起きているが、安全の問題やメーカーの思惑などもあり、今のところは実現していない[23][24]

サーキット以外での競技(ラリー、ラリーレイド、ヒルクライム[注釈 18]ジムカーナダートトライアルなど)ではプロ・アマ問わず四輪駆動が認可されており、多数のエントラントが総合優勝を目指して四輪駆動を採用している。2016~2021年のダカール・ラリーでは新規メーカーへの振興として再び二輪駆動の規則が大幅に緩和され、二輪駆動が勝ち続けていたことがあるが、2022年以降は四輪駆動優位の規則が導入されている。

ドリフト競技では後輪駆動(FRレイアウト)に勝つのは極めて難しく、さらに速度域によっては危険も伴うため、D1グランプリフォーミュラ・ドリフトでは禁止されている。

脚注[編集]

出典[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 世界有数の豪雪地帯を抱える日本の風土が育てた「4WD」の選び方 2016.2.22 森口将之
  2. ^ 日本初のフルタイム四駆はマツダだった!AWDと言えばマツダとなる可能性が高い2つの理由 cliccar 2016年1月7日
  3. ^ かつて「ワンボックスカー」と呼ばれた車種。
  4. ^ 輸入車のフルタイム4WDってどうなの? さまざまな制御で個性はあるか 2017.10.03 / エンタメ ベストカーWeb編集部
  5. ^ トヨタ新型RAV4の「ダイナミックトルクベクタリングAWD」は何が世界初なのか
  6. ^ 川井ちゃん、右京さん、これがWECで戦ってるクルマ(TS050 HYBRID)なんですよ! TOYOTA GAZOO Racing公式サイト 2021年8月1日閲覧
  7. ^ Marque Time THE IRISH TIMES 2022年1月22日閲覧
  8. ^ 1932 Miller FWD Special Roadster Vehicle Profile CONCEPTCARS 2022年1月26日閲覧
  9. ^ [1] SPEEDWAY MOTORS MUSEUM OD AMERICAN SPEED 2022年1月16日閲覧
  10. ^ René and the Beast – the Bugatti Type 53 Collier 2022年2月1日閲覧
  11. ^ FWD Butterball Special Race Car Share Tweet SPEED VILLE 2022年1月22日閲覧
  12. ^ Archie Butterworth Hr'22 2022年1月16日
  13. ^ 1932 Miller FWD Special Roadster Vehicle Profile CONCEPTCARS 2022年2月1日閲覧
  14. ^ 英国史上最高のドライバー、スターリング・モスの軌跡たどる マセラティとともに ライブドアニュース 2022年1月16日閲覧
  15. ^ ヘリ用のガスタービンエンジンを搭載!?時代が生んだ異色のレーシングカーに迫る Motorz 2021年8月1日閲覧
  16. ^ F1では禁止の四輪駆動 トーチュウF1エクスプレス 2010年7月26日
  17. ^ 2021年1月30日閲覧
  18. ^ 伝説の野心作!2ストエンジンを4基積んだ4WD「マックスイットスペシャル」が色々とスゴい! Motorz 2021年11月5日閲覧
  19. ^ Vintage American Road Racing Cars 1950-1969
  20. ^ THE FORGOTTEN RELATIVE OF THE LEGENDARY AUDI 90 QUATTRO IMSA GTO DRIVETRIBE 2021年11月5日閲覧
  21. ^ 『サンエイムック 日欧ツーリングカーのすべて』 2020年7月1日 三栄書房刊行より
  22. ^ 1994年 スカイラインGT-R BNR32 NISMO公式サイト 2021年7月31日閲覧
  23. ^ 【F1】 F1マシンの4WD化を議論 F1-Gate 2021年8月1日閲覧
  24. ^ F1に4輪駆動方式採用を望むフォルクスワーゲン Top News 2021年8月1日閲覧

注釈[編集]

  1. ^ リアエンジン4WDポルシェ・911スバル・サンバー(3代目 - 6代目)、シュタイア・プフ社のハフリンガーなどに存在する。またミッドシップ4WDは、三菱・パジェロトヨタ・エスティマ(初代)、ホンダ・アクティスズキ・エブリイ(3代目)、ランボルギーニ各モデル、ブガッティ・ヴェイロンアウディ・R8などの例がある
  2. ^ 嚆矢であるスバル・レオーネが、FFの駆動系統を延長してトランスファーを介して後輪を駆動したものである。なお、富士重工業(現・SUBARU)は初代レオーネ4WD発売当時、FR車を生産していなかったためリアアクスルの生産ノウハウがなく、当時系列企業だった日産自動車からブルーバードのものをOEM供給を受けていた。他社もトヨタ・スプリンターカリブなどこれに倣った。
  3. ^ いわんや三菱・ミニカ(4代目まで)とスズキ・カプチーノ、それにスズキのOEM部品で製造されているケーターハムの軽モデルぐらいしかFRの例のない軽自動車においてはジムニー以外存在していない
  4. ^ サンバーをベースにエンジンを1000ccとし、3列シート7人乗り乗用車とした車種。後1200ccとなった際にはワンウェイクラッチ式となったが、その後のフルモデルチェンジで後述のビスカスカップリング式となった。
  5. ^ 全日本ツーリングカー選手権の1989年シーズン向けに日産が開発したスカイラインGT-Rをテスト段階で最初に目にした際に、星野一義と長谷見昌弘はラリーカーではあるまいし四駆車でサーキットレースに出るなど日産は正気かと思ったそうだが、ひとたびドライブをするとこれは間違いなく最強の車だと絶賛したというエピソードがある
  6. ^ なおフロントエンジン車としても最後の優勝記録である。モスはこのマシンをいたく気に入っており、引退後に「また乗りたい車」としてこのP99を挙げている
  7. ^ このうち1台のマイク・スペンスは予選の事故で死亡したため、決勝は3台体制であった
  8. ^ ブルース・マクラーレンはM9Aの感触を、「誰かに肘で小突かれながら、利き手ではない方の手でサインをしているようなものだ」と表現している。
  9. ^ 後にジェンセン・モーターズ社との提携によるジェンセン・FFで、四輪駆動のセダンの市販を実現している
  10. ^ 元F1ドライバーのトニー・マーシュは、直進時は四輪駆動でコーナーリングだけ後輪駆動になるという極めて画期的な四輪駆動システムをヒューランドと共同開発し、1967年のチャンピオンシップを制覇した。しかしマーシュは、「実際にはこのシステムは作動せず、私が電磁クラッチを持っているという事実を人々に知らしめただけだった」と後に語っている。2度の選手権3連覇を達成したマーシュはモチベーションを失って撤退したため、この1年限りの参戦となった
  11. ^ アウディとスバルは共に四輪駆動の乗用車の先駆けでもあるが、どちらも縦置きエンジン前輪駆動の構造を持った車を市販していたため、縦置きのギアボックスから駆動軸を後方に取り出し差動装置と後輪ドライブシャフトを追加するなどの加工で済み、比較的四輪駆動化しやすい構造であった
  12. ^ 普段は前方にあるバラストを、加速時に電子制御で後方へ移動させてトラクションを稼ぐ「ムービングバラスト」が知られる。またトラクションコントロールも装備できたため、トラクションを稼ぐ手段に困らない状況であった
  13. ^ イギリス・ドイツ・イタリア・スペイン・ベルギー・南アフリカ
  14. ^ 軽量シャシーとワイドボディ、さらにアクティブデフやトラクションコントロールなどの電子デバイスで、4WDに劣らぬトラクション性能を確保していた
  15. ^ 最低重量やリストリクター径、サスペンションストローク量などで大きな優遇を受けていた
  16. ^ 規則上、エンジンが駆動できる車軸が前後どちらかに制限されているためである
  17. ^ グループGT3TCRLM-GTE、クラス1(DTMとGT500)、NGTC(BTCCの独自規定)など
  18. ^ ただし英国ヒルクライムのように、地理的特性などによりオープンホイール部門では二輪駆動が優位な場合もある。高地で空力効果の薄いパイクスピーク・ヒルクライムでは四輪駆動が多くの場合優位であるが、対抗馬不足により2012・2014年のように二輪駆動車が総合優勝を収めるケースもある

関連項目[編集]