いすゞ自動車

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いすゞ自動車株式会社
Isuzu Motors Limited
Isuzu.svg
Isuzu motors head office oomori bell port.JPG
いすゞ自動車本社
種類 株式会社
市場情報
略称 いすゞ、ISUZU
本社所在地 日本の旗 日本
140-8722
東京都品川区南大井六丁目26番1号 大森ベルポートA館
設立 1916年大正5年)(東京石川島造船所自動車部門として)
1937年昭和12年)4月9日(東京自動車工業として)
業種 輸送用機器
法人番号 5010701000904 ウィキデータを編集
事業内容 自動車および部品・産業用エンジンの製造、販売
製品一覧を参照)
代表者 片山正則代表取締役社長
資本金 406億4,400万円
(2018年3月31日現在)
発行済株式総数 8億4,842万2,669株
売上高 連結:2兆1,491億6,800万円
単独:1兆1,308億2,500万円
(2019年3月期)
営業利益 連結:1,767億8,100万円
単独:498億4,900万円
(2019年3月期)
経常利益 連結:1,890億100万円
単独:1,004億1,300万円
(2019年3月期)
純利益 連結:1,134億4,400万円
単独:837億1,900万円
(2019年3月期)
純資産 連結:1兆1,163億3,500万円
単独:5,939億9,900万円
(2019年3月期)
総資産 連結:2兆1,308億9,400万円
単独:1兆355億800万円
(2019年3月期)
従業員数 連結:3万7,263人
単独:8,186人
(2019年3月31日現在)
決算期 毎年3月31日
会計監査人 新日本有限責任監査法人
主要株主 三菱商事 8.62%
伊藤忠自動車投資合同会社 7.17%
日本マスタートラスト信託銀行 6.75%%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口)6.12%
BNYM AS AGT/CLTS 10 PERCENT(常任代理人 三菱UFJ銀行) 3.65%
みずほ銀行(常任代理人 資産管理サービス信託銀行) 2.16%
JFEスチール 1.95%
日本政策投資銀行 1.79%
全国共済農協協同組合連合会(常任代理人 日本マスタートラスト信託銀行) 1.71%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口5) 1.68%
(2019年3月31日現在)
主要子会社 いすゞ自動車販売株式会社
ジェイ・バス株式会社
IJTT
いすゞライネックス株式会社
いすゞ自動車エンジン販売株式会社
モネ・テクノロジーズ株式会社
関係する人物 荒牧寅雄(元社長)
外部リンク www.isuzu.co.jp
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いすゞ自動車株式会社(いすずじどうしゃ、英語: Isuzu Motors Limited)は、主にトラックバスなどの商用車を製造する日本自動車メーカーである。1916年大正5年)創業[1]

「いす」ではなく、「いす」が正式名称である[2][3][注釈 1]中国語圏では「五十鈴」(繁体字: 五十鈴簡体字: 五十铃)という漢字で表記する。

トヨタ自動車日産自動車とともに、日本国内で日本企業による自動車の本格的な量産が始まった1930年代から四輪自動車を生産している自動車メーカーで、ディーゼル自動車および船舶・産業用ディーゼルエンジンを得意とする。

概要[編集]

中国公安に採用されているいすゞ・エルフ
五十鈴」(五十铃)の文字が読み取れる

「いすゞ」の名は、伊勢神宮(三重県伊勢市)の境内に沿って流れ、神宮における潔斎の場ともなる五十鈴川に由来する[1][4][3][注釈 2]。元は商工省標準形式自動車として、前身となったメーカー各社と当時の鉄道省によって1933年(昭和8年)に共同開発された大型自動車(のちのいすゞ・TXBX系各車の原型)に翌1934年(昭和9年)に付けられた車名である[1][4][3]。以後、合併や社名変更などの変遷を経ながら、太平洋戦争直前から戦時中にかけ、大型車両とこれに搭載する高速ディーゼルエンジンの分野で、国策企業として開発をリードした。

太平洋戦争後トラックバスなど、大型ディーゼル自動車の生産で日本を代表するメーカーとなった。1953年(昭和28年)以降はイギリス車のヒルマンノックダウン乗用車生産にも進出し、総合自動車メーカーを目指した。

かつてはトヨタ自動車日産自動車とともに日本自動車業界の御三家とも言われていたが[5]、乗用車部門は長らく不振であり、1990年代から経営危機に陥りリストラを繰り返すようになった。

1993年(平成5年)にはワンボックスカー[注釈 3]SUVを除く乗用車の自社開発・生産から撤退し、日本国内では本田技研工業(ホンダ)などからOEM供給を受けて販売を続けた。これは乗用車用ディーゼルエンジンやSUV[注釈 4]、ミニバン[注釈 5]についてはホンダとと相互協力関係にあったためで、2002年(平成14年)に自社生産していたビッグホーンウィザードなどのSUVを含む乗用車の販売から撤退するまで、ホンダからのOEM供給を受けていた(ただし、撤退後も販売していた初代コモ乗用登録が可能であった)。

また、関連企業との合併による拠点の集約などを行う一方、1万人規模となる極めて大規模な人員削減などを行った。株価が一時、自動車メーカーとしては最低の31円まで落ち込むなど事態は極めて深刻であったが、みずほ銀行やGMの大掛かりな支援があり[6]、加えてディーゼル自動車排気ガス規制強化(いわゆるNOx規制など)を発端とする商用車トラックバスなど)の買い換え特需もあり、再建に成功することができた。

米国ではGMからSUVとピックアップトラックのOEM供給を受けて販売を続けていたが、2009年(平成21年)1月31日をもって販売を終了した。その結果、販売ディーラーは既存ユーザーのためのアフターケア・サポート事業のみ存続していくことになった。現在[いつ?]、主に個人向けとして販売が行われている車種には、東南アジア南アフリカなど向けのピックアップトラックとSUVに加え、東南アジアとインド専売のMPVがある。

1971年昭和46年)から2006年平成18年)まで米国・ゼネラルモーターズ(GM)が一部のいすゞ株を保有しており、GMの関連会社であったが、2006年(平成18年)4月にGMとの資本関係を解消した。

GMとの資本提携解消後は、同2006年11月7日にトヨタ自動車と資本・業務提携を行うことを発表した。すでにトヨタグループ入りしていた日野自動車とはバス事業を統合してジェイ・バス株式会社の発足を行っており、今後については乗用車用ディーゼルエンジンの開発や環境技術での連携(景気後退により一時凍結[7])、トラック部門での連携強化の可能性が考えられていたが、2018年(平成30年)8月にトヨタとの資本・業務提携を解消した[注釈 6]

2019年令和元年)12月、ボルボ・グループ商用車分野での戦略的提携に向けて覚書を締結し、ボルボ子会社UDトラックスの全株と、UDブランドで展開する海外事業を2020年末までに取得する予定と発表した[8]。UDトラックスについては事業価値を2500億円と見積もっているが、取得価格については未定である[8]

2022年(令和4年)5月には、横浜みなとみらい地区58街区)に建設中の横濱ゲートタワーに本社や関連会社などを移転予定と発表された[9][10]。移転予定地の近隣には日産自動車グローバル本社が所在する。

三金会の会員企業であり、第一勧銀グループに属する[11]

沿革[編集]

東京石川島造船所時代[編集]

ウーズレーCP型1.5トン積みトラック 東京モーターショー2013展示車 ウーズレーCP型1.5トン積みトラック 東京モーターショー2013展示車
ウーズレーCP型1.5トン積みトラック
東京モーターショー2013展示車
スミダM型バス 東京モーターショー2011展示車 スミダM型バス 東京モーターショー2011展示車
スミダM型バス
東京モーターショー2011展示車
  • 1893年明治26年) 株式会社東京石川島造船所が設立(石川島播磨重工業を経て現在はIHI[1][4]
  • 1916年大正5年) 東京石川島造船所が自動車製造の調査研究と試作を開始、造船業による収益で自動車製造事業への進出を計画[1][4]
  • 1918年(大正7年)11月 東京石川島造船所がイギリスのウーズレー社とライセンス提携を結び、自動車製造に進出[1][4]。「ウーズレー#日本でのウーズレー車」も参照。
  • 1922年(大正11年)12月 東京石川島造船所が「ウーズレーA9型第1号乗用車」の国産化に成功[1][4]
  • 1924年(大正13年) 東京石川島造船所が「ウーズレーCP型1.5トン積みトラック」を完成、軍用保護自動車の資格を得る[1]
  • 1927年昭和2年)
    • 東京石川島造船所がウーズレー社との提携を解消し、純国産車の製造を開始[1][4]。これに伴い、車名をウーズレーから「スミダ」に変更[1][4]。車名は一般公募により、工場のそばを流れる隅田川にちなみ命名された[4]
    • 東京石川島造船所が、A6型エンジン搭載2トン車「スミダP型トラック」、A4型エンジン搭載1トン車「スミダM型1号バス」を完成[4]

独立と会社合併[編集]

TX40型ガソリントラック 東京モーターショー2015展示車 TX40型ガソリントラック 東京モーターショー2015展示車
TX40型ガソリントラック
東京モーターショー2015展示車
  • 1929年(昭和4年)5月 株式会社東京石川島造船所の自動車部門が、株式会社石川島自動車製造所として独立[1]
  • 1933年(昭和8年)
    • 3月 石川島自動車製造所が、ダット自動車製造株式会社を合併して自動車工業株式会社となる[1]
      • 1931年(昭和6年)からダット自動車を支援していた戸畑鋳物の鮎川義介は、自動車工業(株)成立後、旧ダット自動車大阪工場を譲受して「自動車製造株式会社」を設立。小型車部門の技術・設計と技術者移籍、商標ダットサン」の譲受を自動車工業(株)に懇請、自動車工業(株)も小型車開発は設立目的の対象外であったためこれを承諾。自動車製造(株)は1934年に日産自動車に改名した。複雑な関係であるが、実質的にはダット自動車のトラック・バス製造部門が石川島自動車製造所に合流した形となる[12]
      • 自動車工業(株)初代社長となった加納友之介は、自動車用高速ディーゼルエンジンが当時世界的にも市販化に到達したばかりの新技術であることに着目し、自動車技術が遅れていた日本でも国際水準に早期到達できる分野と見込んで研究開発を指示[12]。後年にまで至る「ディーゼルエンジンのいすゞ」の布石を作った。
    • 3月 「商工省標準形式自動車」を完成[1][4]。詳細は「いすゞ・TX#1945年以前のTX」を参照。
  • 1934年(昭和9年)
    • 「商工省標準形式自動車」を、伊勢神宮五十鈴川にちなみ「いすゞ」と命名[1][4]。現社名の由来となる[4][3]
    • 7月 自動車工業株式会社、鶴見工場(旧鶴見製造所)を開所[1]
  • 1936年(昭和11年)3月 国産初の空冷式ディーゼルエンジンとなるDA4型、DA6型を完成[1][4]
  • 1937年(昭和12年)4月9日 東京瓦斯電気工業株式会社(瓦斯電)と合併して東京自動車工業株式会社となる[12][13][14]。いすゞ自動車ではこの日を創立記念日と定めている[4][12][13][14]
  • 1938年(昭和13年)
  • 1940年(昭和15年)12月 社歌を制定。
  • 1941年(昭和16年)4月 ヂーゼル自動車工業株式会社に商号変更[1]
  • 1942年(昭和17年)5月 ヂーゼル自動車工業から日野製造所を分離し、日野重工業株式会社(現在の日野自動車)を設立[1]
    • このため、いすゞ自動車と日野自動車は同門企業に当たる。日野自動車は旧瓦斯電系の技術陣が基幹であったことから、石川島を源流とするいすゞと異なり、瓦斯電を発祥としている。
  • 1944年(昭和19年)3月 本社を品川区東品川から品川区南大井へ移転[1]
  • 1945年(昭和20年)
  • 1946年(昭和21年)11月 TX80型ガソリントラックを完成、戦後の産業復興を支える[16]
  • 1947年(昭和22年)10月 TX61型ディーゼルトラックを完成[1][16]
  • 1948年(昭和23年)1月 BX91型ディーゼルバスを完成[1]

いすゞ自動車として再出発[編集]

乗用車事業からの撤退後[編集]

  • 2003年(平成15年)
    • 1月1日 スバル・イスズ・オートモーティブの富士重工業と合弁解消。いすゞ車生産委託開始(2004年(平成16年)まで続いた)。翌日、スバル・オブ・インディアナ・オートモーティブ(略称:SIA)に改称[22][23]
    • 10月1日 - ジェイ・バスがいすゞバス製造日野車体工業(バス製造部門)を子会社とする。
  • 2004年(平成16年)2月 商用テレマティクスサービス「みまもりくん」(現:MIMAMORI)を開始。
    • 5月 川崎工場の生産業務を藤沢工場と栃木工場へ移転[15][24]。川崎工場で行っていた大型トラック製造を藤沢工場へ集約。
    • 5月 「5代目エルフ」を改良販売開始(マイナーチェンジ)。
    • 10月1日 ジェイ・バスがいすゞバス製造と日野車体工業の2社を吸収合併
  • 2005年(平成17年)
  • 2006年(平成18年)
    • 3月14日 いすゞ自動車がはとバスへ販売した大型観光バスガーラ」10台で不正車検が行われた疑いで、関東運輸局道路運送車両法違反の容疑で警視庁刑事告発した[25]。はとバス用の車両は内装を施すので重量が増すため、プロペラシャフトのブレを抑える部品を装着していたが[25]、そのままでは後輪軸にかかる重量が保安基準を超える可能性があることから[26]、東京いすゞ自動車では車検の際にこの部品を外し、車検を通してから再度部品を装着して不正車検を行っていた[25]
    • 4月 米GMがいすゞ株を全て売却。提携関係は維持。
    • 5月 ウクライナでトラック・バス販売の合弁会社「いすゞウクライナ」を設立。
    • 7月 ロシアで小型トラックの現地生産・販売を開始(日本企業によるロシア国内初のトラック生産・販売)。
    • 7月 インドへ中・大型バスの現地製造・販売提携をインド・スワラジマツダ社との間で締結、翌2007年(平成19年)9月よりいすゞブランドで販売開始。
    • 11月 トヨタ自動車と資本提携。
    • 12月 6代目エルフを販売開始(ハイキャブ、ワイドキャブを先行販売。標準キャブは2007年(平成19年)2月より販売)。
  • 2007年(平成19年)
    • 1月23日 はとバスの大型観光バス不正車検問題で、親会社のいすゞ自動車が主導して組織的に不正車検を繰り返してきたと判断され[26]、いすゞ自動車、東京いすゞ自動車、ジェイ・バスの3社が法人として書類送検された[26][27]
    • 3月2日 大型観光バス不正車検問題について、いすゞ自動車が国土交通省自動車交通局へ報告書を提出[28]
    • 4月 2001年(平成13年)から6年間社長を務めてきた井田義則が退任し、代表取締役会長へ就任。変わって副社長の細井行(ほそい すすむ)が社長に昇格する人事を発表。
    • 4月 カナダにおけるいすゞ車両・部品の販売会社として「いすゞ コマーシャル トラック オブ カナダ」を設立。
    • 11月 大型路線バスエルガで同一箇所の再リコール案件が発生したにもかかわらず、国土交通省への報告を怠っていたことが指摘され、国土交通省はいすゞ自動車に対し警告書を交付した[29]
  • 2010年(平成22年) 国内年間トラック販売台数(大型・中型の合計)で日野自動車を抜き、初めて首位に立った。
  • 2016年(平成28年)
    • 2月 UDトラックス向けの中型トラックOEM供給に合意(UDトラックス・コンドル)。市場へは2017年(平成29年)に投入。
    • 7月 マツダ向けのピックアップトラックOEM供給に合意。北米を除く世界全域で展開(日本国内は未定)。
  • 2017年(平成29年)
    • 4月9日 創立80周年を迎える(1937年4月9日の東京自動車工業株式会社設立から数える)。
    • 4月11日 創立80周年を記念し、いすゞ自動車初の企業博物館いすゞプラザ」が開館。
    • 4月 ゼネラル・モーターズ(GM)の東アフリカ子会社、GMイーストアフリカを買収。
    • 10月25日 創立80周年記念特別仕様車をギガ、フォワード、エルフで発売[30]
  • 2018年(平成30年)
  • 2019年(令和元年)
    • 5月 アメリカのディーゼルエンジンメーカーであるカミンズパワートレイン事業に関する包括的パートナーシップを構築することに合意。
    • 6月 日産自動車への小型トラックのOEM供給について合意。
    • 12月 スウェーデンのボルボ・グループと商用車分野での戦略的提携に関する覚書を締結するとともに、同社が保有するUDトラックスの全株式を取得することを発表[8]
  • 2020年(令和2年)


社章・ロゴ[編集]

初代 いすゞ社章 1949 - 1974 2代 いすゞ社章 1974 - 1991 3代 いすゞ社章 1991 -
初代 いすゞ社章 1949 - 1974
2代 いすゞ社章 1974 - 1991
3代 いすゞ社章 1991 -
  • 「いすゞ」の文字を五十鈴川の12のさざなみで囲んだ初代社章デザイン(1934年[昭和9年]制定)[31]は、日本最初の図案屋といわれる「銀座・島丹誠堂」の島欽一によるもの[32]
  • 1974年(昭和49年)から1991年(平成3年)までの2代目ロゴマーク(通称・矢羽根マーク)は、「お客様とともに伸びゆくいすゞ」「社会との調和のもとに伸びゆくいすゞ」 の2つの経営理念を柱にして表したものである[31]三菱自動車工業は一時期、頭文字のMを模したエンブレムを使っていたが、この2代目マークに似た意匠であった。
  • 1991年(平成3年)からは現行のロゴとなっている。「世界中のお客様に、心から満足していただける商品とサービスを創造し、社会に貢献するとともに、人間性豊かな企業として発展する」という企業理念を示したもの[31]で、SとZの文字が中央のUを挟んで鏡像になるようなデザインである。

キャッチフレーズ[編集]

コーポレートステートメント[編集]

  • 世界のメーカー(1960年代前半)
  • 新しい技術と長い伝統(1960年代半ば)
  • 未来へ―いすゞは新しい発展をめざす(1971年)
  • 人と地球の未来のために(1992年5月 - )
  • 「運ぶ」を支え、環境と未来をひらく(2005年 - )※国内向け 
  • Trucks for life(2005年 - )※日本国外向け 

商品別スローガン[編集]

  • いすゞは無個性な車はつくらない(乗用車用・1969年 - 1971年頃)
  • WE THINK SYSTEMS(商用車用・1979年頃)
  • TRANS JAPAN(商用車用・1985年 - 1989年頃)
  • ガーラから、始めよう。(観光バス用・1996年12月~)
  • THE POWER OF IT ALL(商用車用・1997年 - 2000年)
  • THE SUV SPECIALIST(SUV用・1997年 - 2000年)
  • Go farther 誰よりも遠くへ。(SUV用・2000年 - 2002年)
  • 働く人と、世界を走る(2013年 - )

生産拠点[編集]

自社拠点[編集]

  • 藤沢工場(神奈川県藤沢市)
    • 大型・中型・小型トラック(ギガ、フォワード、エルフ)、CNGトラック、ハイブリッドトラック、輸出用バスシャシ、小型トラック用ディーゼルエンジン
  • 栃木工場(栃木県栃木市)
    • 大型・中型トラック用エンジン、産業用ディーゼルエンジン

閉鎖された生産拠点[編集]

  • 鶴見工場(神奈川県横浜市鶴見区)
    • 前身の「自動車工業株式会社」の頃から稼働していた工場。跡地は現在、(株)オカムラの鶴見工場、鶴見物流センターとなっている。
  • 川崎工場(神奈川県川崎市川崎区)
    • 大型トラック・バスの生産を行っていた歴史ある工場であるが、乗用車製造事業からの撤退とリストラに伴い2004年に閉鎖。跡地の東半分は翌2005年にヨドバシカメラへ売却され、物流拠点「ヨドバシアッセンブリーセンター」が建設された。西半分は羽田空港神奈川口構想敷地として都市再生機構へ売却された。現在はキングスカイフロントとして医薬品関連の研究施設が集積されている。

子会社・関連会社[編集]

研究開発
試験・研究業務
バス製造
車体架装
エンジン/エンジン関連部品製造
国内販売
用品販売
販売金融・リース・保険
搬送・物流
電算業務
不動産・ビルメンテナンス・建設
設備保全受託
技術情報/オフィスサポート/印刷・流通
その他

海外関連会社[編集]

  • 五十鈴(中国)投資有限公司(Isuzu(China)Holding Co., Ltd.)
  • 慶鈴汽車股份有限公司
  • 五十鈴(上海)技貿実業有限公司[6](Isuzu(Shanghai)Tradetech Co., Ltd.)
  • 五十鈴汽車工程柴油機(上海)有限公司(Isuzu Motors Off-Highway Diesel Engine(Shanghai)Limited)
  • 慶鈴五十鈴(重慶)発動機有限公司(Qingling Isuzu (Chonqing) Engine Co., Ltd.)
  • 台湾五十鈴汽車工業股份有限公司
  • 広州五十鈴客車有限公司
  • 江西五十鈴汽車有限公司
  • いすゞ モーターズ アジア(IMA) (Isuzu Motors Asia Ltd.)
  • 泰国いすゞ自動車 (IMCT) (Isuzu Motors Co., (Thailand) Ltd.)
    • いすゞタイランド (Isuzu (Thailand) Co., Ltd.)
    • 泰国いすゞエンジン製造 (IEMT) (Isuzu Engine Manufacturing Co., (Thailand) Ltd.)
    • タイ・インターナショナル・ダイ・メーキング (Thai International Die Making Co., Ltd.)
    • 泰国いすゞテクニカルセンター (Isuzu Technical Center of Asia Co., Ltd.)
  • いすゞノースアメリカコーポレーション (INAC) (Isuzu North America Corporation)
    • いすゞ モーターズ アメリカ[7] (ISZA) (Isuzu Motors America, LLC.)
  • いすゞ オーストラリア[8](IAL) (Isuzu Australia Limited.)
  • いすゞ モーターズ ジャーマニー[9](IMG)(Isuzu Motors Germany GmbH)
  • いすゞ モーターズ ヨーロッパ(ISZE) (Isuzu Motors Europe Ltd.)
  • いすゞ モーターズ ポルスカ(ISPOL) (ISUZU MOTORS POLSKA Sp. z o.o.)
  • いすゞ オートパーツ マニュファクチャリング(IAMC) (Isuzu Autoparts Manufacturing Corporation)

現行車種・製品[編集]

販売会社[編集]

全車種
4トン未満の小型トラック
4トン未満の小型トラック・バス
中古車
産業エンジン

宣伝・広告[編集]

  • 1960年代、社章そのままのデザインのネオン広告を屋外広告として全国展開していた。
  • 書籍・雑誌はかつて週刊漫画TIMESなどの漫画雑誌に広告を掲載していた。現在はバスラマ・インターナショナルなどの交通系の書籍に広告を掲載することがある。
  • 特筆すべき項目として、1980年代後半に製作された2代目ジェミニのCMが挙げられる。合成・CG一切なしのスタント走行でパリの街角を駆け抜けるシーンは傑作CMとして現在も人気が高い。
  • CMキャラクターとしては、3代目エルフのCMに渥美清が出演したほか、ニューパワー後期型のCMに毒蝮三太夫、2代目フォワードの後期型のCMに古舘伊知郎を起用した。乗用車については、初代アスカのCMに千昌夫夫婦を起用した。CMへのタレント起用は1980年代前半を最後に行っていなかったが、2016年(平成28年)より小日向文世を起用したCMの放送を開始した。
  • 2004年(平成16年)から、主力商品のエルフをメインに、いすゞ全体のCM曲として「いすゞのトラック」というオリジナルソングを採用したCMを展開している。詳しくは「いすゞのトラック」を参照。

提供番組[編集]

現在でも提供している番組は太字

テレビ[編集]

日本テレビ
テレビ朝日
TBSテレビ
テレビ東京
フジテレビ

ラジオ[編集]

いすゞ自動車高等工業学校[編集]

いすゞ自動車高等工業学校は、いすゞ自動車が職業能力開発促進法に基づいて神奈川県知事から認定職業訓練の実施施設としての認定を受けた神奈川県藤沢市にある認定職業訓練校[35]である。訓練学科としては、塑性加工科、機械加工科、精密加工科、自動車製造科がある。

本校の源流は、1935年(昭和10年)に青年学校令に基づいて設置された自動車工業株式会社・鶴見工場内に設立された私立自動車工業青年学校に遡る。

1942年(昭和17年)4月に、私立ヂーゼル自動車青年学校が開校(川崎本校、鶴見分校)。1951年(昭和26年)4月に、中学校卒業者を対象となる三年制の学校としていすゞ自動車株式会社「いすゞ自動車工業専門学校」が学校教育法第八十三条による各種学校(一条校以外の校種)の認可を受ける。1956年(昭和31年)に、職業訓練法に基づく事業内職業訓練所(川崎本校、鶴見・末吉・大森分校)の認定を受ける。その後、1962年(昭和37年)に藤沢分校も追加認定。また、学校教育法に基づく各種学校の認可を取り下げると共に大森分校を廃止。同時にいすゞ自動車工業専修学校に改称。1967年(昭和42年)鶴見分校を廃止。1971年(昭和46年)に末吉分校を廃止。1981年(昭和56年)初の女子訓練生の入学。1982年(昭和57年)「いすゞ自動車川崎高等工業学校」と「いすゞ自動車藤沢高等工業学校」に改称。1997年(平成9年)いすゞ自動車川崎工業高等学校をいすゞ自動車藤沢高等工業学校へ統合し、いすゞ自動車高等工業学校に改称。2015年(平成27年)1月、ものづくりサービストレーニングセンターが開設し校舎移転。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ これは、書家永坂石埭の書風である。
  2. ^ 「キミの名は」(朝日新聞2014年8月23日)によれば、一般公募したが決まらず、「いすゞ」になったが、必ずしも明確ではなく、前身メーカーが製造していたトラックの車名が「スミダ」で、川つながりなどと諸説あり、同社は「記録がなく、よく分かりません」とのこと。
  3. ^ 該当車種はいすゞ・ファーゴ
  4. ^ 該当車種はいすゞ・ビッグホーンホンダ・ホライゾンいすゞ・ミューホンダ・ジャズ
  5. ^ 該当車種はホンダ・オデッセイいすゞ・オアシス
  6. ^ 現在は国内トラックメーカー4社(いすゞ・日野三菱ふそうUDトラックス)のうち、唯一国内外の他の自動車メーカーの系列に属さない独立系の会社である。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y ISUZU:沿革:創業~1979”. いすゞ自動車. 2020年9月6日閲覧。
  2. ^ ISUZU:会社概要”. いすゞ自動車. 2020年9月6日閲覧。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]