ゴジラvsモスラ

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ゴジラシリーズ > ゴジラvsモスラ
ゴジラvsモスラ
Godzilla vs. Mothra[1][2]
監督
脚本 大森一樹
製作総指揮 田中友幸
出演者
音楽 伊福部昭
主題歌モスラの歌
コスモス
撮影
編集 米田美保
製作会社 東宝映画
配給 東宝
公開 日本の旗 1992年12月12日
上映時間 102分[出典 1]
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 22億2000万円[4][1][注釈 1]
前作 ゴジラvsキングギドラ
次作 ゴジラvsメカゴジラ
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ゴジラvsモスラ』(ゴジラたいモスラ[6])は1992年に公開された日本映画で、「ゴジラシリーズ」の第19作である[7]1992年(平成4年)12月12日公開。キャッチコピーは「極彩色の大決戦[8]。カラー、ビスタビジョン、ドルビーステレオ[1][2]

観客動員数は平成(VS)ゴジラシリーズ中最多の420万人[出典 2]配給収入は22億2000万円(1993年邦画配収第1位)を記録[1]。正月興行の東宝配給邦画としては、1973年(昭和48年)末公開の『日本沈没』が保持していた配収記録を19年ぶりに更新した[9]2016年公開の『シン・ゴジラ』(観客動員数550万人)が更新するまで、平成以降制作のゴジラ作品で最大のヒット作だった。

概要[編集]

ゴジラVSシリーズ第3弾[5][3]。モスラ成虫は『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』(1966年)以来、26年ぶりの登場となった[11]。キャッチコピーにあるように美麗な特撮の映像表現が特徴である[出典 3]

主要襲撃地点は、丹沢山地、横浜市横浜みなとみらい21名古屋市。公開当時、開業直前であった横浜ランドマークタワーが破壊されるシーンがあった[11]。これは東宝プロデューサーの田中友幸がタワーの建設・運営を行う三菱地所と懇意にしていたことから実現したものであった[13]

丹沢でのゴジラ迎撃戦でメーサー攻撃機が初登場し、大規模な戦闘が繰り広げられる。

ファミリー層向けの対策として、人間ドラマは拓也と雅子の夫婦の復縁の物語を軸に展開し[14]、観客の反応も良好であった。別所の主演も女性向け雑誌[要文献特定詳細情報]で特集が組まれるなど話題となった。また、平成ゴジラシリーズで初めて自然破壊を題材に取り上げ、「環境破壊」と「家族愛」をテーマとしている[出典 4]。同時に人類誕生以前の文明や地球の意志によって生み出された怪獣などファンタジー要素も本格的に取り入れた。

作品にはモスラと常にセットで登場してきた小美人も登場。本作では先住民の末裔まつえいコスモスという名で、演じるのは今村恵子(第3回東宝シンデレラコンテスト・グランプリ)と大沢さやか(同・審査員特別賞)[7][12]。映画出演後の一時期、今村・大沢の2人はアイドルユニット「コスモス」としても「モスラの歌」を歌うなどしてプロモーション活動した[1]

前作に引き続き土橋竜三が登場した他、三枝未希も登場するが、他の登場作品に比べて出番は少ない。また自衛隊の各幕僚長らも前作に引き続き黒部進らが演じている。

アメリカでは長い間『モスラ対ゴジラ』が“Godzilla vs. Mothra”のタイトルであったため、差別化を図るため本作のタイトルは“Godzilla and Mothra: The Battle for Earth”となった。

1994年12月9日には日本テレビ系の『金曜ロードショー』にて地上波初放送された[注釈 2]

ストーリー[編集]

太平洋小笠原沖に巨大隕石が落下したことにより、メカキングギドラとの戦いで海底で眠りについていたゴジラが目覚めた。一方、南洋のインファント島では巨大台風と乱開発の影響で、地中より巨大な謎の物体が出現した。

トレジャーハンターの藤戸拓也はアユタヤでの盗掘と遺跡破壊行為の免罪を条件に、元妻の手塚雅子、島の開発を行なっている丸友観光の社員・安藤健二とともにインファント島へ調査に赴く。彼らが目にしたものはモスラの卵だった。丸友観光の社長である友兼は、モスラの卵を日本へ輸送することを決定する。

しかし、コスモスと名乗る島の2人の小美人は、バトラの復活による危機を警告する。そんな中、北の海の氷河からバトラが目覚め日本に侵入、名古屋に現れ街を破壊し地中へと消える。一方、卵の輸送船「ありあけ丸」は太平洋フィリピン沖を航行中にゴジラの襲撃を受ける。卵からはモスラの幼虫が孵化し、口から糸を吐いて応戦する。そこにバトラも現れ、三つ巴の戦いが始まった。ゴジラとバトラが海中に沈んで戦いを続けるさなかに海底火山が爆発。両者はマグマの中に消える。

コスモスは拓也たちと同行していたが、安藤によって拉致され、友兼は彼女らを社のイメージキャラクターにしようと画策する。一方、モスラはコスモスを追って東京に上陸。国会議事堂に繭を作り、やがて成虫へと変化を遂げる。時を同じくして富士山が噴火。噴出する溶岩の中からゴジラが出現した。

飛び立つモスラの前に成虫となったバトラも出現。両者が横浜みなとみらいで激突しているところにゴジラも現れ、再び三つ巴の戦いが始まる。

登場キャラクター[編集]

登場人物[編集]

藤戸 拓也ふじと たくや[15][16]
本編の主人公格。トレジャーハンター、元東都大学・考古学教室助手[15][16]。30歳[出典 5]。知識を活かして世界中の遺跡で盗掘を行っていた。その際にタイ警察に逮捕され収監されていたところを、国家環境計画局からの依頼で、釈放を交換条件にインファント島への巨大物体調査に参加、一連の事件に関わる。
インファント島探索の先導役でありながら、いい加減な状況判断で同行者を危険に晒したり、別れた妻子とよりを戻すための資金を得ようと、コスモスを密かに国外の研究機関へ売り渡そうとするなど欠点も目立つ人物だが、決して良心に欠けているわけではなく、危機的状況に適さない言動や行動を取る者を激しくとがめたり拳を振るうなど、本質は熱血漢である。
元妻の雅子と愛娘のみどりの説得で自らの過ちを改め、コスモスをモスラに返すことを決意。3大怪獣の決戦を最後まで見守る。
手塚 雅子てづか まさこ[15][18]
拓也の元妻で、東都大学環境情報センター所員[出典 6]。28歳[出典 6]。娘のみどりの親権を持つ。国家環境計画局に出向している。
インファント島の調査で拓也達と同行することとなり、強気で勝気な性格から口ゲンカが絶えなかったが、お互いに未練があったため少しずつ関係を深め直すこととなる。
安東 健二あんどう けんじ[15][19]
丸友観光社長秘書[出典 7]。28歳[出典 7]。インファント島が自らの会社の地所であるため、調査に赴く拓也と雅子に同行する。
社長・友兼の命令に従順で、輸送中に孵化してしまったモスラの卵の代わりにコスモスを誘拐し、友兼の下へと差し出すが、拓也たちやコスモスとの交流を経て、会社や自分の行為に対して疑問も抱いていく。
最終的には手段も犠牲も厭わず会社の利益のみに固執する友兼の醜い本性に反発し、決別。ラストシーンでは拓也達と共に宇宙に旅立つモスラを見送る。
川石てつやによる漫画版では、友兼の役割を担った悪役となっている[21]
三枝 未希さえぐさ みき[15][22]
国家環境計画局Gルーム所属の超能力者。21歳[15][17]。探知能力を使い、行方不明になったコスモスを雅子やみどりと共に探しあてる。
川石てつやによる漫画版では、オリジナルキャラクターとして未希の弟である晃司が登場している[21]
手塚 みどりてづか みどり[15][18]
拓也と雅子の娘[15][18]。6歳[出典 8]。両親の離婚後は雅子と共に暮らしている[15]
雅子からは拓也の職業を刑事だと伝えられていたが、実はトレジャーハンターであることを知っていた。
土橋 竜三どばし りゅうぞう[15][23]
内閣安全保障室室長[出典 9]。50歳[15][17]。本作では未希と同様に国家環境計画局へ出向している。拓也へのインファント島調査を自ら依頼する。前作とは対照的に、うろたえたり声を荒らげたりすることが多い。
深沢 真由美ふかざわ まゆみ[15][24]
雅子の姉で、深沢の妻[出典 10]。35歳[15][17]。雅子がインファント島へモスラの卵を調査するため日本を離れていた際、みどりを預かっている[24]
ラストでも宇宙へ旅立つモスラとコスモスを見送る。
友兼 剛志ともかね たけし[15][注釈 3]
丸友観光社長[15][23]。35歳[出典 11]
政界との強大なパイプを持ち、富士山麓やインファント島の乱開発を進めていた。利己的な野心家で、安東が誘拐したコスモスを会社のイメージガールにしようと企てる[20]。やがてモスラに破壊される東京を前にしながらも「この街は俺が新しく造り直す!」と絶叫。その醜い本性を目の当たりにした安東の諫言かんげんと反発に怒り、解雇を言い渡す。だが、その安東から、自分が破滅する未来を示唆されながら冷たく見捨てられ、力なく崩れ落ちる。
  • 友兼が携帯電話を使用するシーンは、シリーズで初めて携帯電話が描写された場面である[25]。本作品当時はまだ一般には普及しておらず、上流階級を象徴するアイテムとして描かれている[25]
大前 実おおまえ みのる[15][26]
丸友観光常務取締役、富士山麓ゴルフ場開発プロジェクト主任[15][26]。50歳[15]。非常に低姿勢な人物。
深沢 重樹ふかざわ しげき[15][24]
東都大学地質学教授で、同大学環境情報センター主任[出典 12]。45歳[出典 12]。真由美の夫、雅子の上司であり義兄でもある[24]
雅子と同様に国家環境計画局にゴジラ研究と環境破壊対策の両面で協力する。理知的で物静かな第一印象だが、優れた決断力と危険を顧みずに救出活動へ身を投じる勇敢さも併せ持つ。
南野 丈二みなみの じょうじ[15][27]
国家環境計画局局長[出典 13]。55歳[出典 13]。本業の環境問題と、今回の対ゴジラ作戦の責任を同時に請け負う高級官僚。温厚かつ冷静な人物。
次作『ゴジラvsメカゴジラ』でも現職であり、深沢と雅子を中心に調査チームを編成、ゴジラの襲撃を受けた関西近辺の環境被害調査を務めていることが劇中の新聞記事で語られている。

登場兵器・メカニック[編集]

架空[編集]

92式メーサー戦車
93式自走高射メーサー砲
93式メーサー攻撃機
ありあけ丸[出典 14]
モスラの卵を乗せたフローティングドックを曳航する大型フェリー[30]。ドックはロシア海軍で用いられているものである[28]
  • 造形は工房KIKOが担当[31]
はつゆき型護衛艦「もりゆき」[出典 15]
艦番号DD-134。架空のはつゆき型護衛艦[32][33]モスラ(幼虫)の迎撃に参加するも撃沈される[33]
  • 遠景の護衛艦は、艦の形に切った板に絵を描いたものを立てている[34]

実在[編集]

設定[編集]

国家環境計画局/Gルーム
東京都内の超高層ビルを本拠とする国際的機関。二酸化炭素による温暖化・オゾン層の破壊、森林伐採、さらに隕石の激突で引き起こされた大気の異常、海水面の上昇、海底プレートへの影響など、地球全土の環境問題全般に関する業務を請け負う。
メインルームにはGルームが編成され、前作『ゴジラvsキングギドラ』のGルーム同様に幕僚長らが出向し、自衛隊の指揮所となる。また、ゴジラが日本に現れた際などの厳戒態勢時には、大型のメインスクリーンを展開する。このメインスクリーンには、探査衛星が捉えたデータを基に、あらゆる角度からの映像を表示できる「ゴジラ・サーチ・システム」を試験的に搭載している。
丸友観光
東京都内に本社屋を持つ観光会社。社員研修にはサバイバル体験を開いている。日本政府から資金援助を受け、インファント島にリゾート地を、富士山麓にはゴルフコースをそれぞれ建設するために乱開発を行い、後者は地元の環境保護団体から猛抗議を受けている。
しかし、最終的に隕石によって引き起こされたインドネシアの異常気象や富士山の火山噴火で、それぞれの工事現場が再開のメドが立たないほど潰されてしまい、大損害を被る結果となる。
アユタヤの遺跡
冒頭に登場した太古の地下式寺院。ここで拓也が深部の壁に隠されていた秘宝のガネーシャ像を盗むが、その直後に罠が作動。壁が崩れ、床が抜け落ち、寺院内部は完全に崩壊。拓也は命からがら脱出に成功したものの、同時に地元警察に逮捕されてしまう。
  • ガネーシャ像のプロップは、雑貨店で購入した市販の像に金色のスプレーを施している[48]。この像は、2012年の時点で監督の大河原孝夫が所有しており、自宅に飾っている[48]
インファント島
インドネシア諸島にあり、先住民コスモスの末裔たちが住む島。現在は全島が丸友観光の所有地になっている。丸友のリゾート開発と隕石によって引き起こされた異常気象の影響で島の森林は大きく荒れ、岩山が崩れ、埋まっていたモスラの卵が露出してしまう。また、滝の奥に洞窟があり、モスラとバトラらしき壁画が描かれている。
12,000年前の伝説
地球の先住民であるコスモスは、モスラを守り神と崇め、差別も争いもない高度な文明社会を築き上げていた。しかし、一部の科学者が気象コントロール装置を開発し、気象を操ろうとしたことで、自身の危険を感じた地球生命は怒り、バトラを生み出してコスモスを攻撃させた。モスラはコスモスを守るためにバトラと戦い、北の氷の海に沈めたが、バトラが気象コントロール装置を破壊したため大洪水が発生し、モスラと高い山に避難した一部のコスモスたちのみが難を逃れ、彼らの大陸は滅亡してしまった。

キャスト[編集]

※クレジット表記なし

スタッフ[編集]

劇中歌[編集]

主題歌[編集]

モスラの歌
作詞:田中友幸関沢新一本多猪四郎 / 作曲:古関裕而 / 編曲:高田弘 / 唄:コスモス(今村恵子大沢さやか

挿入歌[編集]

マハラ・モスラ
作詞・作曲・編曲:伊福部昭 / 唄:コスモス
聖なる泉
作詞・作曲・編曲:伊福部昭 / 唄:コスモス
エンディングには女声スキャットによるインスト版が使用された。

制作[編集]

製作経緯[編集]

当初の企画案は『モスラVSバガン』というモスラが主役の映画だった[出典 21]。この企画は1990年を公開予定とし、大森一樹によって脚本が準備された[51]。しかし『ゴジラvsビオランテ』の評判を見て、次企画はゴジラ主役の映画『vsキングギドラ』となり、その次回作として『ゴジラVSギガモス』[53]や先の『モスラVSバガン』を原案に、敵怪獣をバガンからゴジラに変更し、『ゴジラvsモスラ』に落ち着いた[9][51]。『ギガモス』が制作されなかったのは、登場予定だったメカニコングが権利関係が東宝とRKOとの間で曖昧であったためこれを明確にしようという意図もあったが、RKO側から製作した場合トラブルが生じる可能性があるとの回答が出されたためである。東宝プロデューサーの富山省吾は、正月映画であるため新しい企画でのチャレンジよりも盤石の布陣とすることを選んだ旨を語っている[13]

別案には、前作の続編として宇宙怪獣のキングギドラが登場する『キングギドラの逆襲』という企画も存在したが、キングギドラが連続することを避け本作品に至った[54]

監督は、前作までの大森一樹に替わり、前年に『超少女REIKO』で監督デビューした大河原孝夫が務めた[6][5]。大森は脚本を担当し[6][5]、監督にも予定されていたが他の仕事との兼ね合いから実現には至らなかった[54][55]。大河原の起用は東宝の自社監督に務めさせる意図によるもので[56]、東宝全体での決定であった[13]

大森は、前作を『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に着想をえたことから、本作品では『インディ・ジョーンズ』をやろうとしたといい、初期には『モスラ』の影響も引きずっていたと述べている[56]。また、バトラには『トレマーズ』の要素も取り入れているという[56]。東宝プロデューサーの田中友幸は、大森に対し『モスラ』と『モスラ対ゴジラ』を一本にまとめるという要望を伝えており、他のスタッフにも主役はモスラであると述べていた[54]

配役[編集]

手塚雅子役の小林聡美は、大河原の推薦によるもので、大森が監督した映画『恋する女たち』に出演していた縁から富山も賛同していたという[57]

子役の米澤史織の撮影は夏休み期間中に行われたため学業への影響はなかったが、夜間の撮影が多かった[58]

『ゴジラvsビオランテ』以来の出演となった田中好子は、自身がモスラを愛好していたことから出演を熱望し実現に至った[49]

作曲家の本多俊之が自衛隊員役で特別出演している。大河原孝夫によると、本多が伊福部昭とゴジラ映画の大ファンだったことから依頼されてのことだという。

撮影[編集]

東宝特撮作品としては初めてハイビジョン合成を採用しており、コスモスの登場場面などに使用された[出典 22]。コスモスの撮影はすべて本編班で行われた[14]。特技監督の川北紘一は、ハイビジョン撮影には専用の中継車などが必要で予算もかさむため、最小限の部分にしか用いなかったと証言している[60]

冒頭の遺跡が崩壊するシーンは、脚本では抜けていく床から逃れるという描写であったが、横のストロークしかないため、大河原は階段にすることで縦のストロークを演出している[14][57]。結果として、撮影には3日かかったという[14]

ゴジラが放射熱線を吐くシーンでは、本編班の大森は人間側のリアクションのため、光のエフェクトを過剰気味に演出している[14]。川北からは「オーバーじゃないか」と言われたが、大河原は成功したと自負している[14]。一方で、クライマックスでは登場人物が戦いの傍観者になってしまったことを反省点に挙げており、次作『ゴジラvsメカゴジラ』では登場人物がメカゴジラのクルーとして乗り込む形となった[14]

ラストのモスラ着陸シーンの舞台は大黒埠頭、横浜スタジアムなど検討されたが、脚本では羽田空港になった。結局許可が下りず、立川飛行場立川駐屯地)で撮影は行われた[注釈 8]インファント島探検シーンのロケは亜熱帯広葉樹木生シダ原生林が広がる奄美大島で行われ、地主の好意で地滑りのカットなどが撮影できたという。ただし吊り橋のカットは、福島県飯坂摺上川の渓谷で撮影された。

特撮[編集]

特撮班は1992年5月8日にクランクイン[61][62]。数日間かけて名古屋や東京の実景ロケーション撮影が行われた[61][62]

東宝スタジオでの撮影は5月19日から開始された[61][62]。同日から28日にかけて行われたフィリピン沖のゴジラとモスラ幼虫、バトラ幼虫の戦いの撮影は特撮用大プールを使用している[出典 23]

5月29日から6月6日には、東宝スタジオ第9ステージにて国会議事堂でのモスラの羽化シーンが撮影された[61][62]。国会議事堂での羽化は1961年の『モスラ』の初期案を復活させたものである[3]。成虫の羽化シーンにはCG画像も製作されたが、これは未使用となった[62][11][注釈 9]。川北は、CGではまだ感情表現がうまくいっていなかったと述べている[60]

6月9日にはオープンセットでのバトラ幼虫の名古屋城などの侵攻シーン、6月10日には第6ステージの疑似海底でのゴジラとバトラ幼虫の対決シーンが撮影された[61][64]。後者は、通称「疑似海底」と呼ばれるスタジオの海底セットを使用している[63]

6月17日から22日には、第9ステージでバトラ幼虫の名古屋市街侵攻シーンが撮影された[61][64]。さらに並行して、ミニチュアの一部を流用しモスラ幼虫の赤坂侵攻シーンの撮影も行われた[61][64]。前者は縦移動、後者は横移動の構図に配置を変えている[34]

6月24日から26日には、第9ステージでゴジラが丹沢山中でメーサー部隊と対決するシーンを撮影[61][64]。これに並行して、オープンセットでのゴジラが富士山から出現するシーンや、インファント島の嵐のシーンなども撮影された[61][64]。しかし、後者でのモスラの卵が土砂崩れで露出するシーンの撮影で水落しや床の支柱をはずす通称「ばたんこ」などの仕掛けが用意されていたが、撮影が遅れたためセッティングした状態で放置されてしまい、その間に降った雨を土砂が吸収したことにより重みで支柱が外れなくなり、仕掛けをやり直すこととなった[64]

7月1日から9日には、大プールでモスラの卵を乗せた浮きドックやバトラ幼虫の戦闘シーンなどの撮影が行われ、合間を縫って海中のゴジラや氷山でのバトラ幼虫のシーンなどが第10ステージで撮影された[61][64]

7月18日から23日には、第9ステージでみなとみらい地区の撮影が行われた[65][注釈 10]。ラストのみなとみらい21のセットは3,000個以上の電飾を使用し、製作費8000万円、製作日数1か月をかけて製作された[66][11]。ランドマークタワーのミニチュアは高さ6メートルにおよぶ[出典 24]。総重量は200キログラム近いためそのままでは自重で崩壊することから、美術の大澤哲三は内部に鉄骨を組んで段階的に組み立てるという手法で作り上げた[67]。特殊効果の渡辺忠昭は、ランドマークタワーの倒壊シーンはうまくいった忘れられない撮影に挙げており、現場で唯一拍手が起こったと述懐している[68]。前作まではミニチュア内部の電飾は美術班が外部に依頼していたが、本作品では建物の数が少ないことから特技照明班が手掛けた[69][注釈 11]

コスモクロック21の位置がずれていたり[65]横浜赤レンガ倉庫がある新港地区が設置されていないなど現実とは異なる部分がある[注釈 12]。コスモクロックの電飾は本物と同様に時計となっており、助監督を務めた神谷誠はカットごとに時間を調整したり、秒針の光る速さをカメラの撮影速度に合わせるなど、苦労した旨を語っている[72]

横浜中華街上空をモスラが飛ぶシーンは、平台2枚程度のミニチュアで撮影された[65]横浜ベイブリッジのみ、オープンセットに建てられた[73]

8月1日から細かい撮影を行った後、特撮版は12日にクランクアップした[72]

オープニングの嵐のシーンは一部『モスラ対ゴジラ』の映像を流用している。このオープニングの特撮の撮影日(7月2日)に、ティム・バートンが特撮の川北組を表敬訪問している[66][11]

バトラが眠っている氷塊が溶けるシーンに『ノストラダムスの大予言』の映像の一カットが使われている[74]。また、名古屋城の石垣破壊シーンには、テレビドラマ『日本沈没』第4話の姫路城倒壊シーンを流用している[74]

オープニングの隕石、ゴジラのシミュレーション画像のCG製作はナムコ社による。ナムコとのタイアップにより、ナムコ・ワンダーエッグにて『モスラ』の公開日である7月30日にエキストラを一般公募しての撮影が行われた[75]

映像ソフト化[編集]

  • DVDは2002年3月21日発売。
    • 2005年4月22日発売の「GODZILLA FINAL BOX」に収録されている。
    • 2008年5月23日発売のトールケース版「ゴジラ DVDコレクションV」に収録されており、単品版も同時発売。
    • 2014年5月14日には「ゴジラ60周年記念版」として期間限定の廉価版が発売。
    • 2016年6月15日、東宝DVD名作セレクション版発売。
  • Blu-rayディスクは2010年1月22日発売。

コミカライズ[編集]

関連グッズ[編集]

組立式SDゴジラ
ゴジラシリーズの歴代怪獣をディフォルメした組立式ミニフィギュア。全15種に各4色のカラーバリエーションが存在する[76]
入場者プレゼントとして配布されたほか、バンダイのガシャポン商品としても販売された[76]

主な受賞歴[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 書籍『平成ゴジラクロニクル』では、興行収入と記述している[5]
  2. ^ 番組中では翌日公開の『ゴジラvsスペースゴジラ』、及び翌春公開の『ガメラ 大怪獣空中決戦』のPRも行われた。
  3. ^ 書籍『ゴジラ大辞典』では、名字の読みを「ともがね」と記述している[23]
  4. ^ ミニチュアの一部は、61式戦車の足回りを使用している[28][38]
  5. ^ 資料によっては、MD 500と記述している[28]
  6. ^ a b c 役名は小道具の名札に記載[49]
  7. ^ オープン撮影のみ羽田一也が担当[34]
  8. ^ 1作目の『モスラ』と同じ場所である。
  9. ^ 宣伝ではCGの使用が謳われていた[7]
  10. ^ 書籍『講談社ヒットブックス ゴジラVSモスラ』では、「7月18日から8月1日」と記述している[61]
  11. ^ 特技照明の斉藤薫は、ビルが4つだけと言われて引き受けたが、実際には破壊するビルの数であり、ミニチュアの総数は従来と変わらなかったと証言している[69]
  12. ^ 資料によってはゴジラが横浜そごうを破壊したとあるが[70][71]、実際は全く空想の建物である。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g 平成ゴジラパーフェクション 2012, p. 35, 「ゴジラVSモスラ 作品データ」
  2. ^ a b c 東宝特撮映画大全集 2012, p. 232, 「『ゴジラvsモスラ』」
  3. ^ a b c d 大辞典 2014, pp. 350–351, 「作品紹介 ゴジラVSモスラ」
  4. ^ 1993年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  5. ^ a b c d e f 平成ゴジラクロニクル 2009, p. 106, 「名実ともに東宝の一枚看板となった平成ゴジラシリーズは早くも頂点に達する! ゴジラvsモスラ」
  6. ^ a b c d 超全集 1992, p. 15, 「『ゴジラVSモスラ』を作った男」
  7. ^ a b c 平成ゴジラクロニクル 2009, p. 108
  8. ^ 平成ゴジラクロニクル 2009, p. 107
  9. ^ a b c d ゴジラ大全集 1994, pp. 78–79, 「東宝特撮映画史 ゴジラ誕生 ゴジラの未来」
  10. ^ a b c d 東宝特撮映画大全集 2012, p. 233, 「『ゴジラvsモスラ』作品解説/俳優名鑑」
  11. ^ a b c d e f g h i 東宝特撮映画大全集 2012, p. 235, 「『ゴジラvsモスラ』撮影秘話/川北監督に訊く」
  12. ^ a b 平成ゴジラパーフェクション 2012, p. 151, 「ゴジラVSモスラのポイント」
  13. ^ a b c d 平成ゴジラクロニクル 2009, pp. 222–225, 「第7章 平成ゴジラシリーズを作った男たち 富山省吾」
  14. ^ a b c d e f g ゴジラ大全集 1994, p. 155, 「SPECIAL INTERVIEW SFX性の高い本編演出 大河原孝夫」
  15. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac 超全集 1992, p. 28, 「ゴジラを見守る人びと」
  16. ^ a b c 大辞典 2014, p. 243, 「ふ 藤戸拓也」
  17. ^ a b c d e f g h i j ヒットブックスVSモスラ 1992, pp. 18–19, 「ゴジラVSモスラ 登場人物相関図」
  18. ^ a b c d e 大辞典 2014, p. 196, 「て 手塚雅子/手塚みどり」
  19. ^ a b 大辞典 2014, p. 33, 「あ 安東健二」
  20. ^ a b c ヒットブックスVSモスラ 1992, p. 20, 「ゴジラVSモスラ 登場人物相関図」
  21. ^ a b 平成ゴジラパーフェクション 2012, p. 143, 「平成ゴジラバーニング・コラム No.003 コミカライズ&ノベライズの世界」
  22. ^ 大辞典 2014, pp. 128–129, 「さ 三枝未希」
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出典(リンク)[編集]

参考文献[編集]

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  • 『ゴジラvsモスラ』構成・執筆・編集 岩畠寿明、小野浩一郎(エープロダクション)、講談社〈講談社ヒットブックス30〉、1992年12月18日。ISBN 4-06-177730-0
  • 『増補改訂新版 超最新ゴジラ大図鑑』企画・構成・編集 安井尚志クラフト団)、バンダイ〈エンターテイメントバイブルシリーズ50〉、1992年12月25日。ISBN 4-89189-284-6
  • 『ゴジラVSモスラ』東宝出版事業室〈東宝SF特撮映画シリーズVOL.7〉、1993年。ISBN 4924609439
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  • 『スーパージオラマシアター・ゴジラ』小学館、1992年。
  • 『エクサイクロベティア オブ ゴジラ ゴジラ大百科 新モスラ編』学研、1993年。
  • 『GODZILLA怪獣博物誌』講談社、1993年。
  • テレビマガジン特別編集 誕生40周年記念 ゴジラ大全集』構成・執筆:岩畠寿明(エープロダクション)、赤井政尚、講談社、1994年9月1日。ISBN 4-06-178417-X
  • 『動画王 Vol.6 巨大怪獣特集 怪獣に関わった男たちの証言集』キネマ旬報社、1998年。
  • 『ゴジラ大図鑑―東宝特撮映画の世界』キネマ旬報社、2000年。
  • 『東宝特撮メカニック大全1954-2003』監修 川北紘一新紀元社、2003年4月10日。ISBN 978-4-7753-0142-5
  • 『平成ゴジラ クロニクル』川北紘一 特別監修、キネマ旬報社、2009年11月30日。ISBN 978-4-87376-319-4
  • 『平成ゴジラパーフェクション』監修:川北紘一アスキー・メディアワークス〈DENGEKI HOBBY BOOKS〉、2012年2月10日。ISBN 978-4-04-886119-9
  • 『東宝特撮映画大全集』執筆:元山掌 松野本和弘 浅井和康 鈴木宣孝 加藤まさし、ヴィレッジブックス、2012年9月28日。ISBN 978-4-86491-013-2
  • 『ゴジラ大辞典【新装版】』野村宏平 編著、笠倉出版社、2014年8月7日(原著2004年12月5日)。ISBN 978-4-7730-8725-3
  • 『オール東宝メカニック大図鑑』洋泉社〈洋泉社MOOK 別冊映画秘宝〉、2018年6月14日。ISBN 978-4-8003-1461-1
  • 『キャラクター大全 特撮全史 1980〜90年代 ヒーロー大全』講談社、2020年1月7日。ISBN 978-4-06-512925-8

外部リンク[編集]