中野昭慶

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なかの てるよし
中野 昭慶
生年月日 (1935-10-09) 1935年10月9日(82歳)
出生地 満州国の旗 満州国・安東県[1]
国籍 日本の旗 日本
職業 特撮監督
ジャンル 映画テレビドラマテーマパーク
活動期間 1959年 - 2001年

中野 昭慶(なかの てるよし、1935年10月9日 - )は、日本特技監督満州国安東県[1](現:中国丹東市)出身。名前は音読みで「しょうけい」と呼ばれることもある。

来歴[編集]

満州では、父親は南満州鉄道の関連会社の国際運輸に勤務していた。幼少の頃は裕福な生活を送り、小学校は安東大和在満国民学校に通う[2]

1945年(昭和20年)、日本敗戦のため愛媛県新居浜市に引揚げ。新居浜には小学校卒業までで過ごす[3]

1948年(昭和23年)、月輪中学校入学とともに京都府京都市に移る[4]

1955年(昭和30年)、京都市立日吉ヶ丘高等学校普通科を卒業と同時に日本大学芸術学部映画学科脚本コースに入学[5]

1959年(昭和34年)、日本大学を卒業し、東宝砧撮影所に入社[6]

1962年(昭和37年)、円谷英二の指名を受け、東宝特殊撮影技術班の助監督となる[7]

1963年(昭和38年)、円谷に請われ、「円谷特技プロダクション」でTV特撮番組『WOO』の企画に参加する[8]

1969年(昭和44年)、クレージーキャッツ主演の『クレージーの大爆発』で特技監督デビュー[9]

1971年(昭和46年)、この年に東宝を退社した2代目特技監督の有川貞昌に代わって、東宝3代目の特技監督に就任[注 1]1970年代以降の東宝製作の特撮映画の特撮監督として活躍。「ゴジラシリーズ」や『日本沈没』等のパニック物、『連合艦隊』、『大日本帝国』等の戦争物、『火の鳥』をはじめとするファンタジー映画を演出。

1981年(昭和56年)、この年からフリーの特技監督となり、東映の戦争三部作を演出。

1984年(昭和59年)、約10年ぶりに復活したゴジラ映画、『ゴジラ』で、恐怖の存在としてのゴジラを演出。

1985年(昭和60年)、金正日の招きで北朝鮮を訪れ、怪獣映画『プルガサリ』の特撮監督を務める[11]

以後、『竹取物語』まで映画の特技監督として活躍、その後はテーマパーク・博覧会関係の映像作品を多数手がけている。

人物・エピソード[編集]

助監督志望で東宝に入社したが、いきなり「円谷組へ行け」と命じられての特撮の現場入りだった。当時危険のつきまとう特撮の現場は社内でも敬遠された部署だったという。

「なんでもかんでも熱線でというのには抵抗があった」として、ゴジラを演出する際も肉体のぶつかり合いを重視したといい、この点では格闘よりも光線の応酬を重視する後輩の川北紘一と好対照を成している。1984年の『ゴジラ』でも、意識的に破壊を抑え、熱線もここぞというところで吐かせたと語っている。川北は中野について、「合成にあまり詳しくない」と述べていて、『ゴジラ対ヘドラ』や『ゴジラ対メカゴジラ』では、川北が数々の光学合成を担当し、演出を助けている[12]

怪獣の演技に関しては、自らが殺陣をつけており、『ゴジラ対メガロ』では時代劇、『ゴジラ対メカゴジラ』では西部劇をイメージしたと語っている。怪獣の動きには美しさを見せるため、歌舞伎を参考にしたというが、1970年代のシリーズでは作劇上、ある程度擬人化せざるを得ず、悩みも多かったという。『ゴジラ対メカゴジラ』では、特撮の撮影初日に大遅刻した揚句、周りの緊張感をよそに何食わぬ顔で「本番スタート」の声をかけたというエピソードが残っている[12]

火薬を多様・多量に利用した爆発映像から、「爆破の中野」の異名をうたう書籍もある。いかに美しい火炎を描くか工夫を重ねたとのことで、有鉛ガソリンの発火色が特に美しいとして、市場が無鉛ガソリンに移行したために、特撮に使用できなくなったことを惜しんでいる。

日本沈没』では、波のうねりを表現するためにスタジオ内の特撮プールの水にビールを混ぜ込んで粘りを加えたため、スタッフ全員が悪酔いしたという。やってみたい映画として、特撮を駆使した「2時間、3時間笑いっぱなしという」[13]スラップスティック映画を撮ってみたいと語っている。

インタビューなどでは温厚で誠実な受け答えで知られる。『マンガ少年別冊・特撮映像の素晴らしき世界』(1979年、朝日ソノラマ)で企画された「特撮マン座談会」では、自身が酷評されている研究書に敬服する姿勢を見せている。

本人曰く「シネマスコープ大好きおじさん」だという[14]

作品[編集]

映画[編集]

助監督[編集]

公開年 作品名 制作(配給) 役職
1956年 4月18日 夜間中学 日本大学芸術学部
大映
監督助手
(実習)
1959年 7月5日 潜水艦イ-57降伏せず 東宝撮影所
東宝
監督助手
(本編)
8月23日 サザエさんの新婚家庭
10月25日 日本誕生
11月22日 お姐ちゃん罷り通る 東宝撮影所
邵氏機構
(東宝)
1960年 4月26日 ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐 東宝撮影所
(東宝)
7月12日 夜の流れ
9月27日 姉さん女房
10月1日 秋立ちぬ
10月30日 独立愚連隊西へ
12月11日 ガス人間第一号
12月25日 サラリーマン忠臣蔵
1961年 1月1日 椿三十郎 東宝撮影所
黒澤プロダクション
(東宝)
7月1日 香港の夜 東宝撮影所
キャセイ・オーガニゼイション
(東宝)
7月30日 モスラ 東宝撮影所
(東宝)
8月13日 紅の海
9月12日 真紅の男
9月17日 ゲンと不動明王
1962年 2月10日 銀座の若大将
3月21日 妖星ゴラス 監督助手
(特殊技術)
紅の空
8月11日 キングコング対ゴジラ
1963年 1月3日 太平洋の翼 チーフ助監督
(特殊技術)
3月24日 戦国野郎 監督助手
(本編)
5月29日 青島要塞爆撃命令 チーフ助監督
(特殊技術)
8月11日 マタンゴ
10月26日 大盗賊
12月22日 海底軍艦
1964年 1月13日 士魂魔道 大龍巻 宝塚映画
(東宝)
4月18日 ああ爆弾 東宝撮影所
(東宝)
監督助手
(本編)
4月29日 モスラ対ゴジラ チーフ助監督
(特殊技術)
8月11日 宇宙大怪獣ドゴラ
9月19日 女体 監督助手
(本編)
12月20日 三大怪獣 地球最大の決戦 チーフ助監督
(特殊技術)
1965年 6月19日 太平洋奇跡の作戦 キスカ
8月8日 フランケンシュタイン対地底怪獣 東宝撮影所
ベネディクト・プロダクション
(東宝)
10月31日 大冒険 東宝撮影所
渡辺プロダクション
(東宝)
12月19日 怪獣大戦争 東宝撮影所
ベネディクト・プロダクション
(東宝)
1966年 7月13日 ゼロ・ファイター 大空戦 東宝撮影所
(東宝)
7月31日 フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ 東宝撮影所
ベネディクト・プロダクション
(東宝)
12月17日 ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘 東宝撮影所
(東宝)
1967年 7月22日 キングコングの逆襲 東宝撮影所
ランキン・バス・プロダクション
(東宝)
12月16日 怪獣島の決戦 ゴジラの息子 東宝撮影所
(東宝)
1968年 8月1日 怪獣総進撃
8月14日 連合艦隊司令長官 山本五十六
1969年 7月26日 緯度0大作戦 東宝撮影所
ドン・シャーププロ
(東宝)
8月13日 日本海大海戦 東宝撮影所
(東宝)
12月20日 ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃
1970年 8月1日 ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦!南海の大怪獣

特技監督[編集]

公開年 作品名 制作(配給) 役職
1969年 4月29日 クレージーの大爆発 東宝撮影所
渡辺プロダクション
東宝
特殊技術監督
1970年 7月4日 幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形 東宝撮影所
(東宝)
特殊技術(ノンクレジット)
1971年 7月17日 激動の昭和史 沖縄決戦 特殊技術
7月24日 ゴジラ対ヘドラ
1972年 3月12日 地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン 東宝スタジオ
(東宝)
1973年 3月17日 ゴジラ対メガロ 東宝映像美術
(東宝)
9月8日 人間革命 東宝映像美術
シナノ企画
(東宝)
12月29日 日本沈没 東宝映画
東宝映像美術
(東宝)
特技監督
1974年 3月21日 ゴジラ対メカゴジラ 東宝映像美術
(東宝)
8月3日 ノストラダムスの大予言 東宝映画
東宝映像美術
(東宝)
12月28日 エスパイ 東宝映像美術
(東宝)
1975年 3月15日 メカゴジラの逆襲
7月12日 東京湾炎上 東宝映画
東宝映像美術
(東宝)
1976年 6月19日 続・人間革命 東宝映像美術
シナノ企画
(東宝)
1977年 12月17日 惑星大戦争 東宝映画
東宝映像美術
(東宝)
1978年 8月12日 火の鳥 東宝映画
手塚プロダクション
(東宝)
1980年 8月2日 二百三高地 東映東京撮影所
東映
特撮監督
8月30日 地震列島 東宝映画
(東宝)
特技監督
1981年 8月8日 連合艦隊
1982年 8月7日 大日本帝国 東映東京撮影所
東映
9月11日 幻の湖 橋本プロダクション
(東宝)
特撮監督
1983年 2月5日[注 2] 悪漢探偵2 新藝城電影公司 導演(監督)
6月4日 日本海大海戦 海ゆかば 東映東京撮影所
東映
特技監督
1984年 12月15日 ゴジラ 東宝映画
(東宝)
1987年 1月17日 首都消失 徳間書店
関西テレビ
大映映画
(東宝)
特撮監督
9月26日 竹取物語 フジテレビ
東宝映画
(東宝)
特技監督
2000年[16] 7月22日 プルガサリ 朝鮮芸術映画撮影所
レイジング・サンダー
協力特撮監督(ノンクレジット)

テレビ[編集]

期間 番組名 サブタイトル 制作(放送局) 役職
1973年4月2日 1973年9月24日 流星人間ゾーン 第1話 「恐獣ミサイル 爆破せよ!」
第2話 「やっつけろ! デストロキング」
第5話 「キングギドラをむかえ撃て!」
第6話 「キングギドラの逆襲!」
第7話 「ゾーンファミリー危機一髪!」
第9話 「追え! レッドスパイダーの秘密」
第11話 「間一髪 ゴジラの叫び!」
第20話 「激闘! ファイターの歌が聞える」
第21話 「無敵! ゴジラ大暴れ」
日本テレビ
東宝映像美術
萬年社
特殊技術
1978年10月1日 1979年4月1日 西遊記 第19話 「意外! 吸血鬼三蔵」
第20話 「猛吹雪! 三蔵狂乱」
第23話 「女人国 八戒が妊娠!?」
第24話 「火焔山!! 芭蕉扇の愛」
日本テレビ
国際放映
特技監督
1979年11月11日 1980年5月4日 西遊記II 第11話 「毒キノコ 集団記憶喪失」
第13話 「人喰い妖怪 若返りの泉」
1980年5月11日 1980年10月5日 猿飛佐助 第16話 「甲賀忍法 噴射火龍」
1983年1月2日 海にかける虹〜山本五十六と日本海軍 第1部 「日本海大海戦の激闘」
第2部 「宿命に揺れる初恋」
第3部 「決死の霞ヶ浦航空隊」
第4部 「日米開戦前夜」
第5部 「怒濤の連合艦隊」
第6部 「長官機撃墜の謎・戦艦大和の出撃」
テレビ東京
東映
2000年12月7日 2001年3月1日 スターぼうず 全13話 TBS
BS-i
東宝
レイアップ
円谷映像
監修

博覧会・テーマパーク[編集]

期間 博覧会・テーマパーク名 主催 担当パビリオン 製作会社、スポンサー 役職
1970年3月14日 1970年9月13日 日本万国博覧会 財団法人日本万国博覧会協会 三菱未来館『日本の自然と日本人の夢』 東宝
三菱グループ
チーフ助監督
1985年3月6日 1995年6月21日 東京ディズニーランド ウォルト・ディズニー・カンパニー
オリエンタルランド
東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード 東宝映像美術
日本ユニシス
監督
1985年3月17日 1985年9月16日 国際科学技術博覧会・つくば85 財団法人日本万国博覧会協会 電力館『エレクトロ・ガリバーの冒険』 東宝映像美術
電気事業連合会
特技監督
健康スポーツ館『ブリーズ』 東宝映像美術
デサント
スズケン
大塚製薬
1988年7月8日 1988年9月18日 ぎふ中部未来博 パノラマ中部館『飛翔・ちゅうぶ』 東宝映像美術
1989年3月16日 1989年5月14日 サザンピア21 鹿児島市 地球探検館『マグマ・アドベンチャー』
1990年4月22日 スペースワールド スペースドーム館『プラネッツ・クルーズ』 総監督
1990年11月10日 日立シビックセンター 日立市
公益財団法人日立市科学文化情報財団
『はばたけ!日立』 特技監督
1990年12月7日 サンリオピューロランド サンリオエンターテイメント オープニングセレモニー 監督
1993年7月30日 2007年9月30日 シーガイア フェニックスリゾート オーシャンドーム『ウォータークラッシュ』
2001年7月7日 2001年9月30日 うつくしま未来博 21世紀建設館

受賞歴[編集]

DVDコメンタリー出演[編集]

すべて東宝ビデオ発売。

  • クレージーの大爆発 - 作品自体についても言及しているが、東宝に入ってからの歩み、円谷英二について、『青島要塞爆撃命令』での円谷と本編監督の古澤憲吾との“大喧嘩”の真相など、幅広く語っている。
  • 日本海大海戦
  • ゴジラ対ヘドラ
  • 日本沈没
  • ゴジラ対メカゴジラ
  • ゴジラ(1984年版)
  • 地震列島(中野昭慶『地震列島』を語る)

TV出演[編集]

  • 『ジュニア文化シリーズ ゴジラ誕生 〜人間の記録・円谷英二〜』(NHK教育、1980年)

著書[編集]

  • 中野昭慶、染谷勝樹 『特技監督 中野昭慶』 ワイズ出版2007年ISBN 978-4898302149
  • 中野昭慶、染谷勝樹 『特技監督 中野昭慶』 ワイズ出版〈ワイズ出版映画文庫〉、2014年ISBN 978-4898302804
  • 西川タイジ、中野昭慶、桜井景一、宮西武史、小川利弘 、若狭新一、藤下忠男、杉村克之、市村昭弘、諏訪操旺、松尾和之、小形英正、髙澤公明、北條則明 『トーク・アバウト・シネマ—「特撮・CG・VFX」から語る映像表現と仕事論』 発行:株式会社シネボーイ/PAPER PAPER 発売:フィルムアート社、2017年ISBN 978-4845916344

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 「特技監督」としてクレジットされたのは1973年公開の『日本沈没』が最初となる[10]。それまでは「特殊技術」としてクレジットされている。
  2. ^ 日本未公開。日付は香港での公開日[15]

出典[編集]

  1. ^ a b ワイズ出版映画文庫 2014, p. 26.
  2. ^ ワイズ出版映画文庫 2014, pp. 27-28.
  3. ^ ワイズ出版映画文庫 2014, pp. 47-48.
  4. ^ ワイズ出版映画文庫 2014, p. 48.
  5. ^ ワイズ出版映画文庫 2014, pp. 48-51.
  6. ^ ワイズ出版映画文庫 2014, p. 58.
  7. ^ ワイズ出版映画文庫 2014, p. 78.
  8. ^ ワイズ出版映画文庫 2014, pp. 139-140.
  9. ^ ワイズ出版映画文庫 2014, p. 202.
  10. ^ ワイズ出版映画文庫 2014, p. 261.
  11. ^ ワイズ出版映画文庫 2014, p. 354.
  12. ^ a b 川北紘一 2010, pp. 115-116
  13. ^ 『クレージーの大爆発』のDVDコメンタリーより。
  14. ^ 『ゴジラ対メカゴジラ』のDVDコメンタリーより。
  15. ^ ワイズ出版映画文庫 2014, p. 485.
  16. ^ 製作は1985年

参考文献[編集]

外部リンク[編集]