名古屋テレビ塔

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名古屋テレビ塔
Nagoya TV Tower - 01.JPG
情報
用途 電波塔・展望台
設計者 内藤多仲日建設計
施工 竹中工務店
管理運営 名古屋テレビ塔株式会社
高さ 180m
着工 1953年昭和28年)9月19日
竣工 1954年(昭和29年)6月19日
開館開所 1954年(昭和29年)6月20日
所在地 460-0003
日本の旗 日本
愛知県名古屋市中区錦三丁目6-15号先
座標 北緯35度10分20.42秒
東経136度54分30.02秒
座標: 北緯35度10分20.42秒 東経136度54分30.02秒
文化財指定 登録有形文化財(建造物)
指定日 2005年平成17年)7月12日
備考 種別:産業3次・その他工作
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名古屋テレビ塔(なごやテレビとう)は、愛知県名古屋市中区久屋大通公園に立つ日本で最初に完成した集約電波塔(高さ180m)であり、テレビ塔を保有・運営する会社(名古屋テレビ塔株式会社<Nagoya TV Tower Corporation>)でもある。

概要[編集]

この電波塔は1953年9月19日、当時の町名だった栄町付近で着工した。現在建っている土地は当時の名古屋市助役であった田淵寿郎によって復興のシンボルになるという理由で、有償貸与されている[1]。専門分野ごとで7社が担当し、昼夜を通して工事が行われただけでなく、建設許可の際、「塔の直下に地下鉄を通す」事を条件に建設されたため、4本の脚部は深さ6mまでしか埋め込まれておらず、将来の地下鉄工事に備えるためにだるま式構造と呼ばれる4本の脚を鉄筋コンクリートのアーチで結合して固め、重心を下げる工事も行われている[2][注 1]

1954年6月19日竣工、翌20日には開業・電波の発射を開始した。設計者は内藤多仲名駅地区を中心に超高層ビルが乱立する中でも、通称「名古屋のテレビ塔」「栄のテレビ塔」また単に「テレビ塔」とも呼ばれ、名古屋市中心部のシンボルとして親しまれている。

テレビ塔の建設費は、愛知県と名古屋市がそれぞれ2,000万円、名古屋鉄道などの名古屋の財界が4,000万円を出資している。さらにNHKが放送機材として4,000万円相当の鉄塔を現物で出資し、その方針に倣い中部日本放送(CBC)も同額で鉄塔を購入している。そのため、鉄塔にある展望台(90m)より上はNHK、それより下はCBCの持ち分になっている[1]

開業以来、NHK名古屋放送局総合3ch・Eテレ9ch)、中部日本放送(CBC)(5ch)、東海テレビ放送(THK)(1ch)、名古屋テレビ放送(NBN)(11ch)のVHF4局5波がここから地上アナログテレビの電波を送信していた[注 2]。いずれも2011年7月24日にアナログ放送が終了したため、デジタル放送に完全移行された現在は、瀬戸市にある瀬戸デジタルタワーから送信されている。

名古屋市内の繁華街という事などもあり、一部放送局の中にはお天気カメラを設置しているところもある。

2012年に名古屋市が主催した「第1回名古屋まちなみデザインセレクション」において、「セントラルブリッジから見た名古屋テレビ塔のライトアップ」が市民投票により1位に、その他にも「オアシス21『水の宇宙船』の上と、そこから見た名古屋テレビ塔」「名古屋テレビ塔とオアシス21」がまちなみデザイン20選(第1回)に選定された[3][4]

構造[編集]

高さは180m、総重量3,300t。地上90mにスカイデッキ(旧称:展望台)、同100mに金網で囲まれたスカイバルコニー(雨ざらし。旧称:展望バルコン)があり、どちらからも名古屋市街はもちろん、御嶽山鈴鹿山脈などの眺望が楽しめる(展望階は有料)。3階にはレストランの他、娯楽コーナーや土産を販売するショップもある。

夜間にはライトアップが毎日日没30分前から深夜2時まで行われており、中でも特にセントラルパークからのレーザー光が目立つ。60周年のリニューアルに伴い2014年に設置されたLED照明によるライティング「煌」は、毎時0分に上から下へ、毎時30分に下から上へ、それぞれ光が流れる様な仕組みになっている。

なお、地上デジタルテレビ放送はNHK・民放5局共に瀬戸市幡中町に新たに建設した瀬戸デジタルタワーを電波塔として利用している。その理由は既存の名古屋テレビ塔及び東山タワー(中京テレビ放送の本社〈東山動物園の近隣〉の敷地内にあるUHF・FM鉄塔)が築50年及び30年以上経過しており、これらにデジタルテレビ用の送信アンテナを設置するには強度不足と判断されたためで名古屋テレビ塔は2011年7月24日をもって電波塔としての役目を一旦終えた(東京タワーと違い、ラジオ局や業務無線のアンテナは設置されていない。)が、2012年4月1日からスマートフォン向けマルチメディア放送の電波が送信され、再び電波塔としての役目を果たす事になった。

また、航空法51条及び51条の2により地上60メートル以上の塔や煙突は赤白塗装(昼間障害標識)が義務付けられているが、名古屋テレビ塔は同51条の制定(1960年航空法改正時に追加された)前に完成されたという理由、名古屋テレビ塔株式会社初代社長の神野金之助の抵抗、最上部に航空障害灯を設置した事で切り抜けている。そのため、完成当初から銀色塗装となっている。テレビ塔は約7年おきに塗装の塗り替えを行っている。塗り替え費用は1回につき2億円で、下塗り2回・上塗り2回の計4回行う[2]。上塗りの際には5トンの塗料が使われている[2]

2006年に行われた大改装により、これまで3階に設置されていたレストラン、娯楽コーナーや土産を販売するショップはなくなり現在は、レストランが入っている。4階にはギャラリーが設置され、30mの高さからの景色は見られなくなってしまっている。

最上階展望スペース(100m地点)からエレベーターホール(30m地点)までは外側に設置された階段で昇降できるようになっており、「スカイウォーキング」として毎月決まった日に一般に開放されている(2006年の改装以前は常時開放されていた)。階段は落下防止用の金網で囲まれているが、風除けなどの措置はされておらず、風の弱い日でも階段上ではかなりの風を感じる。加えて直接地上が見える状態であるため、高所が苦手な人は注意を要する。

1961年ごろのテレビ塔
久屋大通公園からライトアップされたテレビ塔を望む

歴史[編集]

  • 同年、NHK岐阜放送局及び津放送局が相次いで総合テレビの県域放送を開始した事に伴い、NHK名古屋総合も県域放送扱いとなったが、これにあたってスピルオーバー対策(出力減力や放送パターンの変更など)は特に行われなかった(後の瀬戸デジタルタワーで開始したデジタル放送でも同様)。
  • 1989年平成元年) - ライトアップ開始。
  • 1998年(平成10年) - 入塔者3,000万人達成。
  • 2003年(平成15年) - デイトレードで儲けた男性がテレビ塔の展望台から紙幣をばら撒く事件が発生(名古屋ドル紙幣ばら撒き事件)。
  • 2005年(平成17年)7月12日 - 文部科学大臣により「国土の景観に寄与しているもの」[注 6]として、国の登録有形文化財に登録。
  • 2006年(平成18年) - レストランや土産売場があったフロアを改装し、名古屋を基盤としたレストラン「ゼットン」が入居。名古屋の名所や放送文化を紹介するコーナーも設置。
  • 2008年(平成20年) - NPO法人地域活性化支援センターが主催する恋人の聖地に認定される。
  • 2011年(平成23年)
    • 7月24日 - アナログ放送終了。
    • 12月7日 - 1回目のアナログアンテナの撤去工事が開始された[5]
  • 2012年(平成24年)
    • 4月1日 - マルチメディア放送・NOTTVが本放送開始。テレビ塔での新規放送開始は1962年同日の名古屋放送以来50年ぶり。
  • 2014年(平成26年)
    • 6月19日 - ライトアップ照明を1万1,000個使用したLED照明に切り替え、この日点灯式が行われる。新しいライトアップの名称は「煌」(きらめき)。
    • 6月20日 - 開業60周年。当日は開業当時と同じ50円で展望台に入る事ができ、3,000人が入場した。

クライミング競争[編集]

1956年6月24日に松下電工(現・パナソニック電工)主催で展望階段を利用したクライミング競争が行われ、60人が参加したが、途中で酸欠者、ゴール後に倒れ込んで嘔吐をする者が続出したため、医者からドクターストップがかかり、以降行われる事はなかった。

その1回限りに終わったクライミング競争で優勝したのは、当時21歳の青年だった近藤陽洲で[6]、後に彼は2010年にマレーシア・クアラルンプールで行われたアジア・マスターズ陸上において、ハンマー投げ・砲丸投げ・円盤投げ・やり投げの4種目のいずれも75歳~79歳の部で優勝しており[7][6]、このうち砲丸投げに関しては2013年3月末時点で「M75クラス」における日本記録、そしてアジア記録の保持者となっている[8]。現在はモデルとしても活動している[9]

アナログテレビ放送送信施設一覧[編集]

チャンネル 放送局名 コールサイン 空中線電力 ERP アンテナの位置
1ch THK
東海テレビ放送
JOFX-TV 映像10kW/
音声2.5kW
映像105kW/
音声26kW
NHK名古屋Eテレ・NBNと同じ高さ(地上135m)
3ch NHK名古屋
総合
JOCK-TV 映像58kW/
音声14.5kW
先端最上部(地上180m)
5ch CBC
中部日本放送
JOAR-TV 映像92kW/
音声23kW
NHK名古屋総合のすぐ下(地上170m)
9ch NHK名古屋
教育
JOCB-TV 映像120kW/
音声30kW
NBNと背中合わせ(地上135m)
11ch NBN
名古屋テレビ放送
JOLX-TV 映像115kW/
音声29kW
NHK名古屋Eテレと背中合わせ(地上135m)
  • 放送対象地域はNHK名古屋総合が愛知県、教育が全国放送。CBC・THK・NBNは中京広域圏(東海3県)。
  • 放送エリアは東海3県の愛知・岐阜三重の各県。また、受信感度は劣るものの、浜松市磐田市など静岡県西部地方の一部にも届いていた事があった。また、岐阜県飛騨市の流葉地区にある神岡流葉中継局が140Km以上離れているテレビ塔から放送波を直接受信してUHF波に変換していた(THKとCBCのみ。その他の飛騨地方にある中継局は放送波を途中の施設でTTL回線に変換し、中継局で受信していた。)
  • アンテナ設置当時、NHK総合とCBCとでどちらが最上部に設置するのかで係争になった経緯がある。アナログのテレビ放送は周波数の高い方が波長が短くなり、アンテナの構造も軽くなる事から、本来ならば5チャンネルを取得したCBCが上、3チャンネルで実験放送をしていたNHK総合が下になるはずだが、NHKはテレビ塔建設をリードした事を理由に上になる事を譲らなかった。そのため神野は当時CBC常務でテレビ塔設立委員でもあった小嶋源作を設立委員から外し、NHK総合が最上部・CBCがその下になる事を一気に決めたとされる。以上の経緯から、CBCは強度のあるアンテナを開発せざるを得なくなり、設計面では円柱から四角柱への変更、さらに技術的な面では電波の死角をなくすための対策などの苦労を重ねた末、国産第1号のアンテナの開発に成功している[10]。このアンテナ係争によって最上部がスマートでなくなってしまったため、設計者の内藤は「君らは何でもかんでもくっつけて…」とおかんむりだったという[10]
  • 全局が2011年7月24日に停波され、同日をもって廃局となった。

マルチメディア放送送信設備[編集]

アナログ放送終了後、しばらく停波していたが、アナログ用の送信設備を外し、新たにジャパン・モバイルキャスティングを基幹会社としたスマートフォン向けのマルチメディア放送のアンテナを据付、mmbiNOTTV2012年4月1日より放送を開始した。

周波数(MHz) 放送局名 空中線電力 ERP 放送区域 放送区域内世帯数 開局日
214.714286[注 7] Jモバ名古屋MMH 25kW 165kW 愛知県・三重県の各一部 約343万7000世帯[11] 2012年4月1日
Jモバ名古屋DTV 2015年4月1日

展望台料金[編集]

いずれも大人料金

現在[編集]

  • 2006年~:600円(テレビ塔の歴史の中で初めて値下げされている)

過去[編集]

  • 1954年1967年:50円(当時のきしめん1杯が20円ほど) - 2014年6月20日の開業60周年の時もこの料金だった。
  • 1967年~1978年:100円
  • 1978年~1997年:400円
  • 1997年~2006年:750円

存廃問題[編集]

名古屋テレビ塔は、2011年7月24日のアナログテレビ放送終了に伴い、電波塔としての役割を一旦終えた。地デジ化によるアナログ放送の停波後は(2011年までの)年間3億円の収入のうち、約3割に当たるテレビ局のアンテナ設置料などの収入1億円が入らなくなる[1]事や、現在の名古屋テレビ塔株式会社社長である大澤が就任した2003年には名古屋テレビ塔株式会社は倒産寸前だった事を明かしている経緯がある事[1]から、厳しい運営状況に陥る事が予想されている。

さらなる収入確保のために、アナログ放送機器スペースを撤去する事で生じるスペースを飲食店や物販店へと転換するリニューアル計画を、2011年夏の着工、2013年の完了を目標に策定している。しかしながら事業費の35億円のうち、耐震改修費の15億円を「民間での資金調達では限界」という理由で出資者である愛知県と名古屋市に対して公的支援を求めた。同市は「税金(公的支援)投入は市民の理解が必要」として回答せず、2011年6月16日の会社役員会の際は基本計画の延長及び規模の見直しを求めた。この計画が承認されない場合、「行政・市民の支えがなければ存続は難しく、解体もあり得る」と名古屋テレビ塔株式会社常務の若山宏常が発言している[12]。なお、テレビ塔が解体されると仮定した場合、14億円かかるとされている[13]

しかし、出資者(株主)である名古屋市の河村たかし市長は2011年6月の定例議会で存続する事を明言し「市長としてテレビ塔を取り壊すつもりはない。久屋大通公園を含め、名古屋のシンボルとして大いに盛り上げていきたい」と発言している。但し、公的資金の投入に対しては否定的で、民間の買い上げを望んでいる。また、「テレビ塔を学生にプレゼントし、周辺の道路を閉鎖して毎週学園祭を行えばいい。」とも発言している[14]

なお、テレビ塔の次回の塗り替えが2012年の予定になっているものの、アナログ放送終了後の収入が不明瞭な点と存廃問題で行われるか否か不明[2]であったが、同年4月1日から開始されているマルチメディア放送の送信所として、再び活用される事となった[15]

同年12月20日、名古屋市に本社があるポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社などは、テレビ塔の耐震改修工事費用を支援するための清涼飲料水自動販売機を展望階に設置した。利益の一部がテレビ塔に寄付される他、飲料を買わずに寄付だけする事も可能となっている。なお、この自動販売機はテレビ塔以外でも設置されている[16]

他のテレビ塔との比較[編集]

名古屋テレビ塔が登場する作品[編集]

(上記の3本はいずれもモスラに関する映画)

名古屋テレビ塔株式会社[編集]

名古屋テレビ塔株式会社
Nagoya TV Tower Corporation
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 460-0003
愛知県名古屋市中区錦三丁目6-15先
設立 1953年(昭和28年)7月21日
事業内容 テレビジョン放送の送信設備に関する鉄塔及び施設の賃貸・管理など
代表者 代表取締役社長 大澤和宏
資本金 8,000万円
売上高 2億6,546万7,660円(2011年3月期)
営業利益 5,242万8,713円(2011年3月期)
純利益 3,560万7,841円(2011年3月期)
純資産 2億3,442万7,911円(2011年3月31日現在)
総資産 4億3,001万9,328円(2011年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 愛知県
名古屋市
名古屋鉄道株式会社
株式会社三菱東京UFJ銀行
株式会社大丸松坂屋百貨店
中部電力株式会社
近畿日本鉄道株式会社
トヨタ自動車株式会社
東海テレビ放送株式会社
中部日本放送株式会社
外部リンク http://www.nagoya-tv-tower.co.jp/
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名古屋テレビ塔株式会社とは、愛知県名古屋市中区に本社を置く第三セクター企業である。1953年に設立された。

名古屋テレビ塔の管理・運営やイベントの開催、土産品などの販売を行っている。

概要[編集]

  • 商号:名古屋テレビ塔株式会社(英文社名:Nagoya TV Tower Corporation.)
  • 設立:1953年7月1日
  • 代表取締役社長:大澤和宏
  • 資本金:8,000万円

その他[編集]

  • 名古屋テレビ放送は開局当初から中区名古屋市営地下鉄名城線東別院駅前にある局舎に移るまで、テレビ塔の一室を借りて放送していた[17]
  • 後に開局した東海テレビ放送(THK)が中部日本放送(CBC)の送信所で研修を受けたという逸話がある。また、日本初の集約電波塔という側面があるため、NHK・CBC・THK3局の仲は良好だったという。この際に生まれた共有精神が、名古屋の地上波のテレビ局・ラジオ局の合同番組やイベントに生かされているという側面も持っているとされる[18][注 8]

注釈・脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 後の名古屋市営地下鉄名城線建設の際にはテレビ塔の傾き防止のために4本の脚の周囲にコンクリートを流し込み、強度を高めるといった大規模な補強工事が行われ、無振動で杭を打ち込んだり、逆巻き工法と言われる露天掘りを行った後に天井からトンネルを築造していく方法が採られた。テレビ塔の真下を通すという工事は、当時の日本国内はもとより、世界でも類を見ない工事と言われている[2][19]
  2. ^ アナログで親局がUHFであった中京テレビ放送(CTV)(35ch)とテレビ愛知(TVA)(25ch)のアナログ電波と愛知県域のFMラジオは名古屋市昭和区高峯町の中京テレビ本社敷地内にある東山タワーより送信していた。
  3. ^ 当初は、「富士山が見える展望台を作りたい」として神野が周囲に相談したものの、そのためには南アルプス越しから見るにしても700m以上の高さが必要な事を知り、断念している[1]
  4. ^ 完成当時は東洋一の高さとなり、濃尾平野を一望かつ鈴鹿山脈を眺望できるほどだった[1]
  5. ^ 100万人達成者は、偶然にも内藤多仲の娘だった[17]
  6. ^ [20][18]
  7. ^ VHF11chに相当する周波数。
  8. ^ 但し一時期、一部の放送局の確執は存在している(特に有名なのは、東海テレビ・ラジオとCBCとの関係)。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 仰げばなつかし テレビ塔アナログ停波 (1)名古屋のシンボル 中日新聞 2011年6月20日付夕刊6面(芸能欄)
  2. ^ a b c d e 仰げばなつかし テレビ塔アナログ停波 (8)銀色守る塔の塗り替え 中日新聞 2011年7月2日付 夕刊9面(芸能欄)
  3. ^ “名古屋まちなみデザインセレクション選定風景・物件”. 住宅都市局都市計画部都市景観室 (名古屋市). (2013年3月27日). http://www.city.nagoya.jp/kankou/category/358-5-0-0-0-0-0-0-0-0.html 2013年4月30日閲覧。 
  4. ^ 2013年4月30日中日新聞朝刊p.15.
  5. ^ 名古屋テレビ塔、アナログ放送としての役目終えアンテナ撤去作業開始”. サカエ経済新聞 (2011年12月7日). 2012年1月1日閲覧。
  6. ^ a b 『広報なごや』2011年7月号(第763号)→アーカイブ〕第1面に掲載の『「エレベーターと同じスピードで駆け上がったんだワ。」』(名古屋市長・河村たかし)より(2014年3月11日閲覧)
  7. ^ 仰げばなつかし テレビ塔アナログ停波 (5)走り続けるアスリート 中日新聞2011年6月28日付夕刊7面(芸能欄)
  8. ^ クラス別日本記録(2013年3月31日現在)』『クラス別アジア記録(2013年3月31日現在)』 - いずれも日本マスターズ陸上競技連合Webサイトより
  9. ^ 近藤陽洲プロフィール - セントラルジャパンWebサイトより
  10. ^ a b 仰げばなつかし テレビ塔アナログ停波 (2)アンテナの“空中戦” 中日新聞2011年6月21日付夕刊9面(芸能欄)
  11. ^ 携帯端末向けマルチメディア放送局の免許を交付(名古屋・津・豊橋中継局) - 総務省東海総合通信局(2012年3月30日プレスリリース)
  12. ^ “名古屋テレビ塔、解体の危機”. Opi-rina (中日新聞). (2011年6月27日). http://opi-rina.chunichi.co.jp/topic/20110627-2.html 2012年1月3日閲覧。 
  13. ^ 2012年11月5日付中日新聞夕刊11面(社会欄)「中京テレビ 社屋が16年移転 残る鉄塔どうする?」より。
  14. ^ “名古屋テレビ塔:地デジ化後、名古屋市長「存続させる」 公金支出は否定/愛知”. 毎日新聞. (2011年7月1日). http://mainichi.jp/area/aichi/news/20110701ddlk23040221000c.html 
  15. ^ “名古屋テレビ塔、携帯向けサービスで再スタート”. 読売新聞. (2011年12月31日). http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20111231-OYT1T00164.htm 2012年1月3日閲覧。 
  16. ^ ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社 ニュースリリース名古屋テレビ塔存続支援の飲料自販機を設置
  17. ^ a b 仰げばなつかし テレビ塔アナログ停波 (3)名古屋テレビの快挙 中日新聞2011年6月22日付夕刊7面(芸能欄)
  18. ^ a b 仰げばなつかし テレビ塔アナログ停波 (6)日本初の電波集約塔 中日新聞2011年6月29日付夕刊9面(芸能欄)
  19. ^ 交通局ニュース vol.178『交通局インフォメーション』内「ハッチーの市バス・地下鉄雑学事典 え?テレビ塔の真下を走っているの!!」より。
  20. ^ 詳細:「戦後の復興策として建設、都市の発展に貢献」「全国に先駆けて建設、全国タワーのモデル」「大都市中心部での建設は困難、都市景観の中心」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]