秩父宮
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秩父宮家 | |
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家祖 |
秩父宮雍仁親王 (大正天皇の第2皇子) |
種別 | 皇族(宮家) |
主な根拠地 |
東京府東京市赤坂区赤坂表町 (現:東京都港区赤坂) |
凡例 / Category:日本の氏族 |
秩父宮(ちちぶのみや)は、宮家の一つ。 1922年(大正11年)6月25日、大正天皇の第二皇子淳宮雍仁親王が、20歳の誕生日を迎えるとともに創設。
構成[編集]
読み | 性別 | 生年月日 | 続柄 | 概要 | |
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秩父宮雍仁親王 | やすひと | 男性 | 1902年(明治35年) | 6月25日大正天皇第二皇男子 | 1953年(昭和28年) (満50歳没) | 1月 4日薨去
雍仁親王妃勢津子 | せつこ | 女性 | 1909年(明治42年) | 9月 9日雍仁親王妃 | 1995年(平成 (満85歳没) | 7年) 8月25日薨去
略歴[編集]
1932年(昭和7年)、「慶應義塾大学創立75年記念式典」にて、皇族としては異例の大学(学習院以外の私立大学)への教育奨励を行う。
なお、雍仁親王の弟宮にあたる光宮宣仁親王が高松宮を創設したのは、これより9年前の1913年(大正2年)のことである。これは、宣仁親王が旧有栖川宮家の祭祀を継承するため、最後の有栖川宮威仁親王の薨去直後に宮家を創設したことによる。
雍仁親王には子女が無く、1995年(平成7年)8月25日、雍仁親王妃勢津子の薨去により断絶した[1]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 旧秩父宮 - 宮内庁