月原茂皓

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月原 茂皓
つきはら しげあき
生年月日 (1935-03-02) 1935年3月2日(83歳)
出生地 日本の旗 香川県観音寺市
出身校 東北大学法学部卒業
前職 防衛庁 広報課長
所属政党自由民主党→)
新生党→)
新進党→)
自由党→)
保守党→)
(保守クラブ→)
自由民主党

選挙区 香川3区
当選回数 3回

選挙区 比例区
当選回数 1回
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月原 茂皓(つきはら しげあき、1935年3月2日 - )は、日本政治家官僚。本名 月原重明。

衆議院議員(通算3期)、参議院議員(通算1期)。

来歴・人物[編集]

香川県観音寺市出身。幼少期を中国奉天で過ごす。香川県立観音寺第一高等学校東北大学法学部卒業。

1960年(昭和35年)東北大学卒業後、防衛庁に入庁。1963年(昭和38年)大蔵省主計局1971年(昭和46年)和歌山県警警務部長、1973年(昭和48年)防衛庁長官秘書、1976年(昭和51年)国連事務総長スタッフ、1978年(昭和53年)防衛庁広報課長を歴任[1]

1983年(昭和58年)に行われた第37回衆議院議員総選挙自由民主党公認で旧香川県第2区から出馬し、初当選。以後、3期務める。1989年(平成元年)、宇野内閣で郵政政務次官に就任。1990年(平成2年)の第39回衆議院議員総選挙で落選後、名を茂皓と改名。

1993年(平成5年)、新生党結党に参加。直後の第40回衆議院議員総選挙でトップ当選し、国政に復帰した。その後、新進党に参加。1996年(平成8年)の第41回衆議院議員総選挙では新進党公認で香川3区から出馬したが、自民党の大野功統に敗れ落選。

その後、自由党に参加。1998年(平成10年)の第18回参議院議員通常選挙では自由党公認で比例区から出馬。名簿順位第5位で当選した。

その後、保守党の結党に参加。2000年(平成12年)保守党参議院国会対策委員長[2]2001年(平成13年)、第2次森内閣で国土交通副大臣に就任。2002年(平成14年)の保守党解党に伴い、保守新党結成には参加せず、保守クラブを経て自民党に復党した。いわゆる防衛族議員として知られた。

2004年(平成16年)の第20回参議院議員通常選挙では自民党公認で比例区から出馬。しかし、前回支援を受けた防衛団体関係の候補が乱立し落選。

著書[編集]

  • 『21世紀に日本は生き残れるか』
  • 『21世紀に生きる』

脚注[編集]

  1. ^ 『香川県人物・人名事典』(四国新聞社)(1985年) 152頁
  2. ^ 『香川人物名鑑 2001』(四国新聞社)(2001年) 67頁

参考文献[編集]

  • 『香川県人物・人材情報リスト 2011』(日外アソシエーツ)(2011年)