コンテンツにスキップ

佐々栄三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
佐々栄三郎
ささ えいざぶろう
生年月日 1911年8月10日
出生地 日本の旗 日本 香川県
没年月日 (1990-01-28) 1990年1月28日(78歳没)
出身校 早稲田大学法律科卒業
前職 香川県購買農業協同組合理事
所属政党 (左派社会党→)
日本社会党

選挙区 旧香川2区
当選回数 1回
在任期間 1967年1月29日 - 1969年12月2日

テンプレートを表示

佐々 栄三郎(戸籍名:榮三郎[1]、ささ えいざぶろう、1911年明治44年)8月10日[2][3] - 1990年平成2年)1月28日[1][2][3])は、昭和期の農民運動家、政治家郷土史学者。衆議院議員

経歴[編集]

香川県出身[1][2][3]。1935年(昭和10年)早稲田大学法律科を卒業した[1][2][3]

華北綜合調査研究所所員、香川県購買農業協同組合理事を務めた[1]。また、香川県議会議員、四国地方開発審議会委員、日本社会党香川県本部書記長、同副委員長なども務めた[1][2][3]

1953年(昭和28年)4月、第26回衆議院議員総選挙香川県第2区から左派社会党公認で出馬したが落選[4]。以後、第29回第30回総選挙でも落選した[4]。1967年(昭和42年)1月の第31回総選挙で当選し、衆議院議員に1期在任した[1][2][3]。この間、社会党中央委員、全日本農民組合連合会香川県連会長などを務めた[1]。その後、第32回総選挙に立候補したが落選した[5]

また、香川県の百姓一揆の研究者として知られていた[1][3]

著作[編集]

  • 『七人童子快挙録 : 寛延百姓一揆』社会新聞社、1950年10月1日。NDLJP:3451083 
  • 『西讃百姓一揆始末』讃文社、1976年10月1日。NDLJP:9573188 
  • 『讃州竹槍騒動 : 明治六年血税一揆』海流社、1980年9月1日。NDLJP:9574557 
  • 『讃州百姓一揆史』新人物往来社、1982年6月20日。NDLJP:12281389 

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』267頁。
  2. ^ a b c d e f 『新訂 政治家人名事典』277頁。
  3. ^ a b c d e f g 『現代物故者事典 1988~1990』292頁。
  4. ^ a b 『国政選挙総覧 1947-2016』333頁。
  5. ^ 『国政選挙総覧 1947-2016』334頁。

参考文献[編集]

  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『現代物故者事典 1988~1990』日外アソシエーツ株式会社、1993年。
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。
  • 『国政選挙総覧 1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。