石川大我

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石川 大我
いしかわ たいが
生年月日 (1974-07-03) 1974年7月3日(44歳)
出生地 日本の旗 日本東京都豊島区西巣鴨
出身校 早稲田大学大学院政治学研究科
所属政党社会民主党→)
無所属
称号 公共経営修士(専門職)
公式サイト 豊島区議会議員 石川大我(いしかわ・たいが)のサイト

当選回数 2回
在任期間 2011年5月1日[1] - 2014年12月2日
2015年5月1日 - 現職
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石川 大我(いしかわ たいが、1974年7月3日 - )は、日本政治家豊島区議会議員。

来歴[編集]

東京都豊島区西巣鴨に生まれる。豊島区立朝日小学校、豊島区立朝日中学校(現豊島区立巣鴨北中学校)卒業。明治学院大学法学部卒業。早稲田大学大学院政治学研究科修了。公共経営修士(専門職)。2000年(平成12年)4月から「高橋タイガ」名で同性愛に関する情報を提供する講演活動等を始める。2002年(平成14年)より石川大我として活動。その後、「ピアフレンズ」という当事者向けのイベントを主宰。2009年(平成21年)7月、ピアフレンズはNPO法人として登記、石川は代表理事に就任した。

2007年8月の東京プライドパレードにおいて社民党党首の福島瑞穂に呼びかけ、福島らと共に行進した。日本において政党党首がいわゆる「プライドパレード」に参加したのは初めてであったため、イギリスの当事者メディアなどがこれを報道し話題となった。

2008年(平成20年)からNHK教育テレビ「ハートをつなごう」(ゲイ/レズビアン編・LGBT編)に出演。

福島の秘書を務め、2010年に国会議員政策担当秘書の資格を取得。

2011年(平成23年)4月、東京都豊島区議会議員選挙に社会民主党公認で出馬、1615票を獲得して定数36人の内31位で当選した。これにより、同日中野区議に当選した石坂わたると共に、日本において初めて公職に選出されたオープン・ゲイとなった。

2013年9月、党首を辞任した福島の後任を決める2013年社会民主党党首選挙に立候補を表明。立候補に必要な党員200名の推薦署名を集め、もう一つの立候補要件である東京都連からの推薦も同月26日に得られたことで正式に立候補した[2]。10月に行われた投票の結果2239票を獲得したが、9986票を獲得した吉田忠智に敗れた[3]

2014年(平成26年)12月、第47回衆議院議員総選挙比例東京ブロックの社民党単独1位候補として立候補したが落選。[4]。これにともない豊島区議会議員を失職した。

2015年(平成27年)4月の第18回統一地方選挙のおいて豊島区議会議員選挙に社民党公認で立候補し、定数36人の内20位で当選[5]

2017年(平成29年)7月、他の地方議員らと「LGBT自治体議員連盟」を設立[6]

2018年(平成30年)2月、社民党を離党。

主張[編集]

  • 日本でも同性婚を認めるべき、とする。「LGBTであっても、同性婚ではなくてパートナー法があればいいんじゃないかという人もいるし、制度がなくても二人で生きていけばいいという人もいるし、パートナーを求めずに一人で生活をしたいという人もいます。そして、同性婚をしたいという人もいる。みなさんの希望が尊重され、それにフィットする法制度がある、というのが理想だと思います。」と述べる[7]。選択的夫婦別姓制度導入にも同じ理由で賛同する。[要出典]

家族[編集]

父親は昭和期の俳優だった石川博[8]

著書[編集]

共著[編集]

  • 『同性愛って何?』(緑風出版ISBN 4846102203
  • 『セクシュアルマイノリティをめぐる学校教育と支援〜エンパワメントにつながるネットワークの構築にむけて』(加藤慶・渡辺大輔編著/尾辻かな子ほか著)社団法人日本図書館協会選定図書(開成出版、2010年、ISBN 9784876034284
  • 『セクシュアルマイノリティをめぐる学校教育と支援・増補版〜エンパワメントにつながるネットワークの構築にむけて』(加藤慶・渡辺大輔編著/尾辻かな子ほか著)社団法人日本図書館協会選定図書(開成出版、2012年)

出演[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]