儀間光男

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儀間 光男
ぎま みつお
生年月日 (1943-07-24) 1943年7月24日(74歳)
出生地 大日本帝国の旗 大日本帝国 南洋群島テニアン島
北マリアナ諸島の旗 北マリアナ諸島テニアン島)
出身校 東京農業大学農学部
前職 沖縄県浦添市長
現職 参議院議員
所属政党 自由民主党→)
無所属→)
政党そうぞう→)
日本維新の会→)
維新の党→)
(おおさか維新の会→)
日本維新の会
称号 農学士(東京農業大学・1968年)
配偶者 儀間朝子
親族 儀間光秀(長男、沖縄県議会議員)
公式サイト 儀間光男オフィシャルHP

選挙区 比例区
当選回数 1回
在任期間 2013年7月29日 - 現職

Flag of Urasoe, Okinawa.svg 第10・11・12代 沖縄県浦添市
当選回数 3回
在任期間 2001年2月11日 - 2013年2月10日

当選回数 4回
在任期間 1980年 - 1996年

Flag of Urasoe, Okinawa.svg 浦添市議会議員
当選回数 2回
在任期間 1972年 - 1980年
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儀間 光男(ぎま みつお、1943年7月24日 - )は、日本政治家日本維新の会所属の参議院議員(1期)。沖縄県浦添市長(第10・11・12代)、沖縄県議会議長、沖縄県議会議員(4期)、浦添市議会議員(2期)、政党そうぞう最高顧問等を務めた。

概要[編集]

日本委任統治下の南洋諸島テニアン島に生まれる(本籍地は沖縄県島尻郡伊是名村字勢理客[1])。東京農業大学農学部卒業。

1972年浦添市議会議員選挙に出馬し、初当選。2期8年にわたり浦添市議及び浦添市会計監査委員を務める。1980年沖縄県議会議員選挙に鞍替えし、当選。県議を4期16年間務め、1992年から1996年まで沖縄県議会議長。県議時代は自由民主党に所属した。

2001年無所属浦添市長選挙に出馬し、当選。以後、2013年まで3期12年間務める。2013年2月の浦添市長選挙にも4選を目指して出馬したが、新人の松本哲治、前浦添市教育長の西原廣美に敗れ、3期目の現職ながら最下位で落選[2]。同年7月、第23回参議院議員通常選挙日本維新の会公認で比例区から出馬し、当選。日本維新の会沖縄県総支部長、国会議員団副幹事長。

2014年の日本維新の会分党に際し橋下徹共同代表を中心とする新生日本維新の会所属となり、維新と結いの党の合流によって維新の党所属となった。9月26日参議院幹事長代理就任[3]

政策[編集]

  • 2013参院選 毎日新聞候補者アンケートによると
    • 憲法9条の改正に賛成し、自衛隊の役割や限界を明記するべきとしている。
    • 集団的自衛権の行使に賛成。
    • 村山談話河野談話を見直すべきではないとしている。
    • 労働市場の規制緩和を進め、企業側が金銭を払えば解雇しやすくすることに反対。
    • 日本の原発について、当面必要だが将来は廃止すべきとしている。[4]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]

議会
先代:
沖縄県の旗 沖縄県議会議長
第11代:1992年 - 1994年
次代:
友寄信助
先代:
宮城健一
Flag of Urasoe, Okinawa.svg 沖縄県浦添市長
第10・11・12代:2001年 - 2013年
次代:
松本哲治