魚住汎英

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魚住 汎英
うおずみ ひろひで
生年月日 (1940-02-11) 1940年2月11日(82歳)
出身校 成城大学経済学部
東京農業大学(通信)畜産学科
前職 熊本県議会議員
所属政党自民党)→
無所属→)
新生党→)
新進党→)
(無所属→)
自由民主党
親族 魚住一海(熊本県議)

選挙区熊本県選挙区→)
比例区
当選回数 2回
在任期間 2000年4月 - 2007年7月28日

選挙区 旧熊本1区
当選回数 2回
在任期間 1986年7月 - 1993年6月18日
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魚住 汎英うおずみ ひろひで、昭和15年(1940年)2月11日 ‐ )は、日本の政治家。参議院議員(2期)、衆議院議員(2期)、防衛政務次官熊本県議会議員(3期)、菊池市議会議員(4期)を歴任。父は元熊本県議会議員の魚住一海。

概要[編集]

熊本県立熊本高等学校成城大学経済学部東京農業大学(通信)畜産学科卒業。菊池市議会議員熊本県議会議員を経て、1986年第38回衆議院議員総選挙無所属候補として旧熊本1区に出馬し、野田毅に次ぐ2位の得票数で初当選。当選後、自由民主党に入党。

1990年第39回衆議院議員総選挙において自由民主党公認で旧熊本1区に出馬し、再選。

1993年第40回衆議院議員総選挙では自民党を離党して新生党公認で旧熊本1区に出馬(最後の中選挙区選挙)したものの、次点で落選。最下位当選者の倉田栄喜との票差は僅か2111票だった。

1996年第41回衆議院議員総選挙において、新進党公認(重複立候補なし)で熊本3区に出馬するが、自民党公認の松岡利勝に僅か1265票差で敗れて落選。

2000年4月に行われた参議院熊本県選挙区補欠選挙に無所属で出馬し、当選。

2001年第19回参議院議員通常選挙において、自由民主党公認で比例区に出馬し、2期目の当選。

2007年第21回参議院議員通常選挙において、郵政民営化法案に反対した事を理由に自由民主党から公認を得られず、無所属で熊本県選挙区から立候補を模索も断念し、引退。

不祥事[編集]

松岡利勝と乱闘[編集]

1994年11月、熊本市長選挙で支持した候補者が落選。候補が支持者、マスコミの前で挨拶をしているすぐ後ろで、松岡利勝衆議院議員(空手2段)が酔った状態で遅れて来て、「バックにいる国会議員のイメージのせいで負けた。」(実際は名指し)と何度もつぶやいたため、魚住氏(空手3段)が「お前が言うな。」と口論になり、最後は掴み合いの喧嘩となってしまった。松岡氏は、当選した対立候補を裏で応援したと言われていた。

自己破産[編集]

身内が経営する会社等による65億円もの債務超過により自己破産し、歳費が債権者により差し押さえられた[1]

NPO法人口利き疑惑[編集]

2006年、魚住のパーティー券を250万円分購入した特定のボランティア団体をNPO法人と認定するよう、内閣府に口利きしたことが問題になる。問題のボランティア団体と内閣府は、出資法違反容疑で家宅捜索された。また、2006年には出資法違反で福岡県警から家宅捜索を受けた会社から、魚住が金丸信のサイン入り囲碁セットを売り渡すという形で2,000万円の提供があった[2]

鉄道建設・運輸施設整備支援機構口利き疑惑[編集]

2007年3月19日の産経新聞によると、魚住氏が2004年から2005年の間に鉄道建設・運輸施設整備支援機構に対し、熊本県宇城市の内航海運会社の使用料滞納金1億円を減税するよう働きかけ、減税を拒んだ同機構課長に叱責し、さらには同機構理事長や国土交通省局長らを呼びつけて謝罪させ、北側一雄国土交通省大臣(当時)などに対し責任を問う内容の電話をした。その後、この課長は人事異動で別の部署に異動している。また、国土交通省幹部らに対し魚住氏が非常にきつい内容で叱責していたとの証言もあるとしている。魚住汎英はこれに対し「内容は記憶していない。」としている[3]。なお、これは、新幹線建設の際に、熊本県費が3分の1投入されているにもかかわらず、同機構による熊本県内業者への配慮がないと感じていたことが要因にあると言われている。

略歴[編集]

  • 1965年3月:菊池市議会議員に初当選。(25歳)
  • 1978年2月:熊本県議会議員補選(自民党)にて初当選。
  • 1986年7月6日:第38回衆議院議員総選挙に初当選。(無所属から自民党入り)
  • 1990年2月18日:第39回衆議院議員総選挙で二期目の当選(自民党)
  • 1991年11月6日:防衛政務次官に就任。(-1992年12月26日)
  • 1993年7月18日:第40回衆議院議員総選挙に立候補するも落選。(新生党)
  • 1996年10月20日:第41回衆議院議員総選挙に立候補するも落選。(新進党)
  • 2000年4月16日:参議院議員熊本県補欠選挙に当選。(無所属)
  • 2001年7月29日:第19回参議院議員通常選挙(比例代表)に当選。(自民党)
  • 2005年8月8日:郵政民営化法案の参議院本会議で反対票を投じる。

主な所属議員連盟[編集]

注記[編集]

  1. ^ “49億円の破産債権が確定 魚住汎英議員”. 共同. (2004年9月10日). オリジナルの2013年7月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130720072341/http://www.47news.jp/CN/200409/CN2004091001002808.html 
  2. ^ asahi.com:魚住汎英議員に2千万円 NPO申請で口利きか - 社会 朝日新聞. 2006年12月31日. 2007年1月2日のアーカイブ.
  3. ^ 魚住議員が国交幹部恫喝 地元企業延滞金1億円、減免迫る 担当課長を更迭-事件ですのニュース:イザ![リンク切れ]

関連項目[編集]