保守新党

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日本の旗 日本の政党
保守新党
New Conservative Party
成立年月日 2000年4月3日
前身政党 自由党(一部)
民主党(一部)
解散年月日 2003年11月21日
解散理由 自由民主党への合流
本部所在地
〒102-0093
東京都千代田区平河町二丁目7番5号砂防会館
政治的思想・立場 保守主義
※ 同日成立の保守党が新党結成のため一旦解党後2002年12月25日に保守新党を設立した
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保守新党(ほしゅしんとう、英称:New Conservative Party, NCP)は、かつて存在した日本政党

本項目では、本政党結成の歴史的経緯から、事実上の前身である保守党(ほしゅとう、英文名称は同じ)についても説明する。

保守党[編集]

2000年3月、自自公連立政権からの離脱に傾く自由党党首小沢一郎及び同側近グループに対し、連立継続を望む海部俊樹最高顧問、野田毅前幹事長、二階俊博運輸大臣、中西啓介選対委員長らを中心としたグループが新党を結成した。この時、自民党の野中広務らが自由党の中間派議員に選挙協力などで説得した結果、参加者は自由党所属国会議員(50名)の過半数に達する26名となった。保守党は過半数の参加を基に自由党へ分党要求をしたものの一貫して拒否されたため、やむなく離党による新党結成という手続きをとり、政党助成金は同年6月の総選挙後まで交付されなかった。

初代党首は当初、野田が有力視されていたが幹事長を希望、海部も固辞。選挙の顔として元女優で当時参議院議員扇千景が就任した。しかし総選挙ではわずか7議席に留まり、一方小沢率いる自由党は4議席増の22議席を獲得した。

翌年7月の参議院選挙では、改選数2に対して当選者が比例代表の扇党首一人に留まったために責任論が噴出、同年9月に退陣する事になった。なお、この選挙では保守ホスピタルを掛けた「ホシュピタル」というCMが放映された(女医に扮した扇が出演した)。

党史[編集]

歴代保守党常任幹事会・執行部役員表[編集]

常任幹事会
党首
常任幹事会
幹事長
総務会長 政務調査会長 国会対策
委員長
参議院
議員会長
最高顧問
扇千景 野田毅 加藤六月 井上喜一 岡島正之 扇千景 海部俊樹
 〃  〃 (廃止)  〃 二階俊博  〃  〃
野田毅 二階俊博  〃  〃  〃  〃

歴代保守党党首一覧[編集]

党首 在任期間
1 Chikage Ogi 2006.png 扇千景 2000年(平成12年)3月 - 2001年(平成13年)9月
2 Replace this image JA.svg 野田毅 2001年(平成13年)9月 - 2002年(平成14年)12月

保守党議員一覧(結党時)[編集]

衆議院議員

二階俊博井上喜一岡島正之安倍基雄中村鋭一小池百合子
青木宏之江崎鉄磨西川太一郎西田猛西野陽松浪健四郎
吉田幸弘三沢淳

参議院議員

保守新党[編集]

2002年12月、民主党熊谷弘らの参加を受け入れるために、保守党を解党し、保守新党を新たに結成した[1]

これは公職選挙法上、比例代表選出の議員は議員辞職してからでないと自身が選出された選挙で戦った他の政党に入党できないため、保守党を解党し、改めて新党結成を行うことで民主党の比例区選出議員の移籍を可能にさせた。民主党から加わったのは、熊谷弘[2]佐藤敬夫[2]金子善次郎[2]山谷えり子[2]江崎洋一郎[1]の衆議院議員5名(このうち、佐藤、金子、山谷の3名は比例区選出議員)であった。しかし、一度解党という手続きをしたため、2001年参院選の保守党の得票に基づく政党助成金がなくなり、議員数のみによる政党助成金しか受け取れなかった。

なお、同時期に、保守党党首・野田は自民党への単独復党を交渉しており、新党結成の直前にこのことが発覚して党内は混乱した。 野田、小池百合子月原茂皓は保守新党には参加せず、政党助成法の政党要件を満たさない政治団体保守クラブを結成して、数日後に自民党に合流した。

結果として、保守新党は結成時点で、衆議院議員10名・参議院議員4名になり、保守新党の初代代表には熊谷が選ばれた。

民主党離党組に対しての野党から政権に参加したいがために離党、与党入りしたという批判もあり当初目指していた民主党保守系議員の受け皿になる構想は全く進まず、党勢は伸長しなかった。2003年11月の総選挙で代表・熊谷、国会対策委員長・佐藤ら党幹部議員が落選し、衆議院議員が4名に減った。 自民党側からの誘いもあって、投票日の翌10日に、自由民主党へ合流する旨の声明を発表。同月21日に解党・合流し、所属していた議員は自民党内で、二階俊博を中心とした派閥「新しい波」(二階グループ)を結成した。

党史[編集]

党の綱領と政策[編集]

2002年12月25日の綱領で、保守新党は「日本の再生を目指し、人間のあり方、社会のあり方の基本として家族の絆や地域社会において共に支えあうというつながりを大切にし、思いやりと自立心をもった活力ある国づくりを目指す」とした。

国内政策では、自己責任を重視し、「結果の平等」より「機会の平等」を優先した。具体的には地方分権、環境保全、バリアフリーと社会保障、食糧自給率向上、都市と農村の交流、教育基本法の改正といった項目を綱領に掲げた。

外交面では、世界の安全と平和のために積極的に貢献する外交を掲げた。具体的には、日米安全保障条約を重視し、集団的自衛権の行使を前提にした外交安全保障政策の策定に意欲を見せた。そのために、有事法制の整備を推進し、防衛庁を省に格上げし、できる限り早く憲法を改正したいとした。

歴代保守新党常任幹事会・執行部役員表[編集]

常任幹事会
代表
常任幹事会
幹事長
政務調査会長 国会対策委員長 参議院
議員会長
最高顧問
熊谷弘 二階俊博 井上喜一 佐藤敬夫 扇千景 海部俊樹
 〃  〃 西川太一郎  〃  〃  〃
 〃  〃  〃

歴代保守新党代表一覧[編集]

代表 在任期間
1 Replace this image JA.svg 熊谷弘 2002年(平成14年)12月 - 2003年(平成15年)11月

保守新党議員一覧(結党時)[編集]

衆議院議員

参議院議員

保守党・保守新党の政権ポスト[編集]

小渕第2次改造内閣[編集]

  • 1999年10月5日発足
    • ※前身の自由党より参加、保守党としては結党から参加。

国務大臣

運輸大臣北海道開発庁長官 二階俊博

政務次官

防衛政務次官 西川太一郎
経済企画政務次官 小池百合子

第1次森内閣[編集]

  • 2000年4月5日発足

国務大臣

運輸大臣北海道開発庁長官 二階俊博

政務次官

外務政務次官 江崎鐡磨
防衛政務次官 西川太一郎
経済企画政務次官 小池百合子

第2次森内閣[編集]

  • 2000年7月4日発足

国務大臣

建設大臣国土庁長官 扇千景

政務次官

運輸総括政務次官兼北海道開発総括政務次官 泉信也

第2次森改造内閣(中央省庁再編後)[編集]

  • 2001年1月6日発足

国務大臣

国土交通大臣 扇千景

副大臣

国土交通副大臣 泉信也

政務官

経済産業大臣政務官 西川太一郎

第1次小泉内閣[編集]

  • 2001年4月26日発足、2002年1月8日改編

国務大臣

国土交通大臣 扇千景

副大臣

国土交通副大臣 泉信也( - 2002年1月7日)
月原茂皓(2002年1月8日 - )

政務官

外務大臣政務官 松浪健四郎(2002年1月8日 - )
経済産業大臣政務官 西川太一郎

第1次小泉第1次改造内閣[編集]

  • 2002年9月30日発足

国務大臣

国土交通大臣 扇千景

副大臣

経済産業副大臣 西川太一郎

政務官

国土交通大臣政務官 鶴保庸介

第1次小泉第2次改造内閣[編集]

  • 2003年9月22日発足

国務大臣

内閣府特命担当大臣 井上喜一

副大臣

経済産業副大臣 泉信也

政務官

国土交通大臣政務官 鶴保庸介

党勢の推移[編集]

衆議院[編集]

選挙 当選/候補者 定数 得票数(得票率) 備考
選挙区 比例代表
(結党時) 20/- 500 自民党へ移籍-3
第42回総選挙 ●7/19 480 1,230,464(2.02%) 247,334( 0.41%)
第43回総選挙 ●4/11 480 791,588(1.33%) -

参議院[編集]

選挙 当選/候補者 非改選 定数 得票数(得票率) 備考
選挙区 比例代表
(結党時) 6/- - 252
第19回通常選挙 ●1/5 4 247 - 1,275,002(2.33%) (自民党111と統一会派)

(参考文献:石川真澄(一部山口二郎による加筆)『戦後政治史』2004年8月、岩波書店岩波新書ISBN 4-00-430904-2

シンボル[編集]

  • 保守党時代は鍵をモチーフとしていたが、保守新党時代は五線譜フェルマータを模した記号と2つの4分音符を加えて笑顔をモチーフとしたシンボルだった。

脚注[編集]

  1. ^ a b c “保守新党14人で結成大会 江崎洋一郎氏も参加へ”. 共同通信社. 47NEWS. (2002年12月25日). http://www.47news.jp/CN/200212/CN2002122501000121.html 2012年9月21日閲覧。 
  2. ^ a b c d “保守新党、13人で結成へ 野田氏ら不参加、保守分裂”. 共同通信社. 47NEWS. (2002年12月23日). http://www.47news.jp/CN/200212/CN2002122301000240.html 2012年9月21日閲覧。 

関連項目[編集]