星克

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星克(1959年頃に撮影)

星 克(ほし かつ、1905年4月9日 - 1977年5月25日)は、戦前の沖縄県の教育者で、沖縄群島政府琉球政府及び沖縄県政治家

復帰前の立法院において、保守政党の重鎮として活躍した。沖縄県石垣市出身。

経歴[編集]

明治38年(1905年)4月9日生まれ。大正11年(1922年)に石垣島の白保尋常高等小学校代用教員となる。戦前は教育界に身を置いた。

沖縄戦後は、大浜町に就職し、収入役助役町長の三役を務めた後、八重山群島議会議員になる。[1]そして琉球政府発足後の第2回立法院議員総選挙で初当選した。

立法院では、保守政党の重鎮として一目置かれることになる。沖縄人民党を念頭に置いた「共産主義政党調査特別委員会」の設置を主導したため、人民党の批判を受けたりした。1968年に立法院議長に就任し、復帰まで務めた。

また、戦前の教職時代に沖縄民謡安里屋ユンタ」を基に「新安里屋ユンタ」を作詞したことでも有名である。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 大田靜男 1985年1月15日初版 『八重山戦後史』p251 ひるぎ社