久世公堯

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日本の旗 日本の政治家
久世 公堯
くぜ きみたか
生年月日 (1928-08-15) 1928年8月15日(88歳)
出生地 富山県
出身校 東京大学
前職 自治省官僚
所属政党 自由民主党
称号 法学士

内閣 第2次森内閣
在任期間 2000年7月4日 - 2000年7月30日

選挙区 比例区
当選回数 3回
在任期間 1986年7月8日 - 2004年7月25日
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久世 公堯(くぜ きみたか、1928年8月15日 - )は、日本自治官僚政治家

来歴・人物[編集]

富山県出身。父親は陸軍少将の久世弥三吉、弟は演出家で作家の久世光彦都立第一中学東京陸軍幼年学校陸軍士官学校富山高等学校 (旧制)を経て東京大学法学部を卒業。その後自治省(現・総務省)入省、秋田県財政課長、自治省官房審議官、自治大学校校長を経て1983年、参議院選挙比例代表にて出馬、落選したが、1986年に当選、自由民主党では宮沢派―加藤派に属す。金融再生委員長、党税制調査会副会長などを務め、3期18年務めて引退。大学講師、著書多数。

2010年に106歳で逝去し、神戸市に12億円余りを寄付した篤志家置塩壽はおばに当たる[1]

閣僚更迭[編集]

2000年に第2次森内閣の金融再生委員会委員長として初入閣したが、参議院比例選挙において大手マンション会社から党費を肩代わりしてもらい、自民党比例名簿上位に登載して当選していたことが発覚し、わずか1ヶ月足らずで更迭された。余談として、相手であるジャーナリストから金銭の供与を仄めかされて断り、発覚したともいわれた[2]。この事件は、参議院比例選挙において非拘束名簿式が導入されるきっかけになった。

著書[編集]

  • 法律と条例(有斐閣)
  • 地方自治制度(第一法規)

脚注[編集]

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  1. ^ 神戸新聞NEWS「11億円と不動産を寄付 神戸の女性、市に」 - ウェイバックマシン(2010年10月17日アーカイブ分)
  2. ^ ブラックジャーナリズムについては、暴力団#歴史と区分を参照。
議会
先代:
宮崎秀樹
日本の旗 参議院決算委員長
1998年 - 1999年
次代:
鎌田要人
先代:
中曽根弘文
日本の旗 参議院商工委員長
1994年 - 1995年
次代:
沓掛哲男
公職
先代:
谷垣禎一
日本の旗 金融再生委員長
2000年
次代:
相澤英之