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猪熊重二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
猪熊重二
いのくま じゅうじ
生年月日 1931年1月9日
出生地 群馬県
没年月日 (2007-01-28) 2007年1月28日(76歳没)
出身校 中央大学卒業
前職 弁護士
選挙区 比例区
当選回数 2回
在任期間 1986年 - 1998年
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猪熊 重二(いのくま じゅうじ、1931年昭和6年〉1月9日[1][2] - 2007年平成19年〉1月28日)は、日本政治家弁護士中央大学卒業。公明党参議院議員(2期)。

娘は東京都副知事猪熊純子

経歴

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1931年、群馬県北群馬郡子持村(現・渋川市)の農家に生まれる[2]。旧制渋川中学校(現・群馬県立渋川高等学校)を経て1953年中央大学法学部を卒業[2]小学校教諭[2]弁護士を務める[2]東京都港区西新橋に猪熊重二法律事務所を設立。

1983年第13回参議院議員通常選挙公明党公認候補として立候補したが落選する。1986年7月6日第14回参議院議員通常選挙に、比例区から公明党公認候補として立候補し、初当選する(以降2期)[2]参議院法務委員長、参議院科学技術特別委員長、中央選挙管理委員会委員を歴任する。臓器の移植に関する法律猪熊案の作成等を行った[3][4]

2007年1月28日、肺癌のため死去した。76歳没。通夜・葬儀は近親者で行い、香典供花弔電等は辞退した[5]

人物

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役職歴

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  • 参議院法務委員長[2]
  • 参議院科学技術特別委員長

脚注

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  1. ^ 『日本著者名・人名典拠録』 1989年 日外アソシエーツ 492頁
  2. ^ a b c d e f g 『月刊官界』 20巻、8号、行研、1994年8月1日、6頁。doi:10.11501/2837848ISSN 0385-9797 (要無料登録要登録)
  3. ^ 倉持武「脳死・移植・自己決定 -脳死臓器・組織移植に関する倉持私案-」『紀要』第26号、松本歯科大学、1997年3月、1-13頁、ISSN 02883317NAID 110007391646 
  4. ^ 「第159回国会 衆議院公報第40号 議事経過」衆議院
  5. ^ 「元公明党参院議員の猪熊重二さん死去」朝日新聞2007年01月31日
議会
先代
片上公人
日本の旗 参議院法務委員長
1993年 - 1994年
次代
中西珠子
先代
広中和歌子
日本の旗 参議院科学技術特別委員長 次代
山下栄一