加藤常太郎

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加藤 常太郎(かとう つねたろう、1905年明治38年〉4月30日[1] - 1990年平成2年〉10月11日)は、日本実業家政治家加藤海運社長、衆議院議員自由民主党)、労働大臣

元衆議院議員の大野功統、元参議院議員の関谷勝嗣などは女婿。大蔵官僚加藤秀樹瀬戸内海放送社長加藤宏一郎、衆議院議員大野敬太郎は孫。

経歴[編集]

香川県高松市出身[1][2]。先代・常太郎の長男に生れ、襲名する[3]高松商業[3]、奉天外国語学堂支那語科各卒業[1][3]

加藤海運社長を経て、1947年(昭和22年)第1回参議院議員通常選挙香川県地方区にて日本自由党より当選[1][2]1952年(昭和27年)第25回衆議院議員総選挙旧香川2区にて自由党衆院議員に転じ、以来13選[1][2]自由民主党では河本派に所属[1][2]

1972年(昭和47年)第2次田中内閣の労相に就任[1][2]1986年(昭和61年)6月引退[2]

家族・親族[編集]

加藤家[編集]

香川県高松市東京都

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g 『政治家人名事典』142頁。
  2. ^ a b c d e f g 新訂 政治家人名事典 明治~昭和』165頁。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l 第二十一版 人事興信録(上)』か一七頁。

参考文献[編集]

  • 第二十一版 人事興信録(上)』昭和36年。
  • 『政治家人名事典』編集・発行 - 日外アソシエーツ、1990年。142頁
  • 新訂 政治家人名事典 明治~昭和』編集・発行 - 日外アソシエーツ、2003年。165頁

関連項目[編集]

公職
先代
田村元
日本の旗 労働大臣
1972年 - 1973年
次代
長谷川峻
議会
先代
森下國雄
日本の旗 衆議院建設委員長
1968年
次代
始関伊平
先代
本名武
日本の旗 衆議院逓信委員長
1963年 - 1964年
次代
内藤隆
先代
竹山祐太郎
日本の旗 衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員長 次代
辻寛一
学職
先代
新設
宇部工業短期大学学長
第1代:1961年 -
次代
山縣清