國場幸之助

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日本の旗 日本の政治家
國場 幸之助
こくば こうのすけ
Kōnosuke Kokuba 20150726(2).JPG
生年月日 (1973-01-10) 1973年1月10日(44歳)
出生地 日本の旗 沖縄県那覇市
出身校 早稲田大学社会科学部
所属政党 無所属→)
自由民主党→)
(無所属→)
自由民主党(岸田派
称号 学士(社会科学)
親族 大叔父・國場幸昌(元衆議院議員
義父・西田健次郎(元沖縄県議会議員
公式サイト 國場幸之助は、自民党公認沖縄県第1区衆議院議員です。

選挙区 沖縄1区→)
比例九州ブロック
当選回数 2回
在任期間 2012年12月19日[1] - 現職

選挙区 那覇市選挙区
当選回数 2回
在任期間 2000年 - 2003年
2004年 - 2008年
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國場 幸之助(こくば こうのすけ、1973年1月10日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(2期)、自由民主党副幹事長。元沖縄県議会議員(2期)。

父方の大叔父は元衆議院議員國場幸昌[2]、祖父は國場組創業者の國場幸太郎。義父は元沖縄県議会議員の西田健次郎[3]

来歴[編集]

沖縄県那覇市生まれ。生家は県下最大のゼネコン國場組」の創業者一族で、父は元國場組代表取締役社長の國場幸治[4]那覇市立開南小学校那覇市立上山中学校沖縄尚学高等学校卒業。学生時代に政治家を志す[5]。高校卒業後、1年間の浪人生活を経て日本大学文理学部哲学科に入学するも古代ギリシャ語で挫折し、中退した。その後、保守系政治家を多く輩出した早稲田大学雄弁会に憧れ、早稲田大学社会科学部に入学した。比較政治学を専攻し、雄弁会では幹事長を務めた[5]。卒業後はアメリカ合衆国コロンビア大学に語学留学した[2]

帰国後、1998年沖縄県知事選挙で当選した稲嶺惠一の秘書を務めた[5]2000年、沖縄県議会議員選挙に保守無所属那覇市選挙区から出馬し、トップ当選した。沖縄県議会で、20代の議員が誕生するのは史上初だった[2]。当選後、自由民主党に入党した。

2003年、県議を辞職。同年11月の第43回衆議院議員総選挙沖縄3区から保守新党の推薦を受けて無所属で出馬したが、自民党前職の嘉数知賢社会民主党前職の東門美津子に次ぐ3位で落選した。なお、前回の第42回衆議院議員総選挙では義父の西田が無所属の会公認で出馬しており、同区は2度続けての保守分裂選挙であった[要出典]2004年の県議選では自民党の公認を受けられず無所属で出馬、再び那覇市選挙区でトップ当選。当選後、自民党に復党した。

2008年、自民党沖縄県第1選挙区支部は次期衆議院議員総選挙で、沖縄1区に國場を擁立する方針を決定する。自民党は自公連立政権下での選挙協力により、2000年第42回衆議院議員総選挙から沖縄1区に公認候補を立てず、公明党白保台一に譲っていたが、白保が2005年第44回衆議院議員総選挙下地幹郎に敗れて落選したため、独自候補の擁立を模索していた[6]。そのため國場は、2008年の県議選への立候補を見送った。白保は当初、返り咲きに意欲を見せていたが、同年8月に引退を表明し[7]、公明党は國場を推薦した。しかし、2009年第45回衆議院議員総選挙では国民新党前職の下地幹郎に敗れ、比例復活も出来ず落選した。なお、下地は國場組に次ぐ県下2位のゼネコン「大米建設」創業者の二男である[要出典]

落選後も県議には復帰せず、2012年第46回衆議院議員総選挙に再び沖縄1区から自民党公認で出馬。「沖縄復帰日の5月15日国民の休日(主権回復記念日)にする」「日米地位協定の改定」「米軍普天間基地の県外移設」等を公約に掲げ[要出典]、現職の閣僚である国民新党幹事長の下地を破り、当選した。

2014年第47回衆議院議員総選挙では、沖縄1区で日本共産党赤嶺政賢に敗れたが、比例九州ブロックにて復活し、再選。2015年5月、歴史修正主義的なナショナリズムを排除した保守を目指し、戦後70年の日本の歩みを検証する勉強会「過去を学び“分厚い保守政治”を目指す若手議員の会」の立ち上げに参加し、國場、武井俊輔石崎徹の3人の衆議院議員(いずれも当選2回)が共同代表世話人に就任した[8][9]

政策・主張[編集]

普天間移設問題をめぐる主張の変遷[編集]

普天間基地移設問題については、第46回衆議院議員総選挙では辺野古への移設を容認する党本部の方針に反して「県外移設」を公約に掲げ[12]、当選後も同様の主張を行っていた[13]。また選挙前の2010年4月6日、自身のブログで代替施設建設案を提示した民主党政権に対し、公約違反を厳しく批判していた[14]

2013年4月、同様に普天間飛行場の県外移設を主張していた沖縄4区選出の西銘恒三郎沖縄県選挙区選出の島尻安伊子が党本部からの要請により、辺野古への移設を事実上容認する姿勢に転向したが、國場は転向を拒否し、7月の第23回参議院議員通常選挙において党本部が辺野古への移設の推進を掲げた際も、県外移設を求める方針を堅持する考えを強調した[15]

しかし、参院選後に高村正彦副総裁ら自民党幹部が相次ぎ、辺野古移設を容認しない所属国会議員への離党勧告を示唆した。[16]11月19日石破茂幹事長から辺野古移設を容認するよう説得を受け、25日に記者会見を開いて、正式に辺野古への移設を容認する意向を表明した。これに対し、県外移設を求めてきた自民党所属の那覇市議らは強く反発し、那覇市議会の保守系会派「新風会」に所属する10議員[17]及び会派「自由民主党」に所属する4議員の計14名は國場が支部長を務める自民党沖縄1区支部の役職を一斉に辞任した[18]。 しかし、その後の県議会議員選挙、那覇市議会議員選挙において、新風会に移った議員は相次いで落選もしくは後援会の反発により出馬できないところにまで追い込まれ、壊滅した。

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 平成24年(2012年)12月19日沖縄県選挙管理委員会告示第54号(衆議院小選挙区選出議員選挙における当選人)
  2. ^ a b c コクバのプロフィール”. 國場幸之助. 2013年12月11日閲覧。
  3. ^ “衆院選新3区に国場氏が出馬表明”. 琉球新報. (2002年8月28日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-103434-storytopic-86.html 2013年12月11日閲覧。 
  4. ^ “再建策で本社ビルを売却/幸治前社長、幸一郎前会長、退任へ/国場組”. 琉球新報. (1999年6月17日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-94482.html 2013年12月11日閲覧。 
  5. ^ a b c 國場 幸之助(公式) - 基本データ”. 國場幸之助. 2013年12月11日閲覧。
  6. ^ “国場幸之助氏1区擁立を決定 自民支部が全会一致”. 琉球新報. (2008年2月12日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-31292.html 2013年12月11日閲覧。 
  7. ^ “公明1区擁立せず 次期衆院選で白保氏勇退へ”. 琉球新報. (2008年8月30日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-135731.html 2013年12月11日閲覧。 
  8. ^ “自民ハト派が結集へ 7日に若手12人が初会合 「過剰なナショナリズム排す…」”. 産経新聞. (2015年5月5日). http://www.sankei.com/politics/news/150505/plt1505050022-n1.html 2015年5月6日閲覧。 
  9. ^ “自民若手、戦後歴史の勉強会発足 初会合に24人出席”. 産経新聞. (2015年5月7日). http://www.sankei.com/politics/news/150507/plt1505070025-n1.html 2015年5月8日閲覧。 
  10. ^ a b “2012衆院選 沖縄1区 國場幸之助”. 毎日jp (毎日新聞社). http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kaihyo_area_meikan.html?mid=A47001003003 2014年6月27日閲覧。 
  11. ^ 「<憲法特集>九州・沖縄の国会議員アンケート(3)主なテーマ」、西日本新聞、2016年4月30日。
  12. ^ “辺野古移設で相違 衆院1区立候補予定者座談会”. 琉球新報. (2012年11月25日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-199604.html 2013年12月11日閲覧。 
  13. ^ “自民新人・国場氏、現職閣僚の下地氏破る 沖縄1区”. 日本経済新聞. (2012年12月17日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASJC1601F_W2A211C1ACW000/ 2013年12月11日閲覧。 
  14. ^ 迷走する普天間基地の行方 初志貫徹レポートNo.1”. 國場幸之助 (2010年4月6日). 2013年12月11日閲覧。
  15. ^ “選挙時の「普天間」公約 全国会議員「県外」 県議「県内」主張はゼロ”. 琉球新報. (2013年11月22日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-215646.html 2013年12月11日閲覧。 
  16. ^ “「辺野古」反対は離党勧告 自民幹部 県選出議員に示唆”. 琉球新報. (2013年11月16日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-215383.html 2013年12月11日閲覧。 
  17. ^ 会派離脱中の安慶田光男議長を含む。
  18. ^ “自民那覇市議14人 普天間移設「県外」で結束”. 琉球新報. (2013年12月3日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-216152.html 2013年12月11日閲覧。 
  19. ^ a b 俵義文、日本会議の全貌、花伝社、2016年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]