不貞行為

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不貞行為(ふていこうい)とは、配偶者としての貞操義務違反行為(自由な意思に基づいて配偶者以外の者と性的関係を結ぶこと)を意味する、民法第770条離婚事由として規定されている法律用語である。

民法上の「不貞行為」[編集]

現行民法[編集]

1947年昭和22年)の「民法の一部を改正する法律」(昭和22年法律第222号)により誕生した民法第770条第1項第1号において「配偶者に不貞な行為があつたとき。[1]」を離婚の訴を提起することができる場合(離婚原因)と規定している[2]。これは、一夫一婦制を採用する日本での婚姻においては、夫婦間に貞操義務があることを前提として、不貞行為を貞操義務違反行為として離婚原因とする趣旨であるとされる[3][4]

民法改正前[編集]

旧民法(明治31年法律第9号)では、第813条第2号及び第3号において「妻カ姦通ヲ為シタルトキ[5]」及び「夫カ姦淫罪ニ因リテ刑ニ処セラレタルトキ[5]」を離婚原因としていた[6]。ただし、同法第814条及び第816条において、その離婚原因となる事実を同意・宥恕していた場合や、その事実を知った時から1年を経過した後、またはその事実が発生した時から10年を経過した後では、離婚の訴を提起することはできないとされていた[5][6]

この改正前の規定では、夫と妻で姦通の扱いが区別されており、家父長制的発想が反映された夫婦不平等主義であったが、民法の改正前に施行されていた「日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律」(昭和22年法律第74号)において第5条第3項に設けられた「配偶者の一方に著しい不貞の行為があつたときは、他の一方は、これを原因として離婚の訴を提起することができる。[7]」の規定を嚆矢として、不貞行為についての夫婦平等が立法の上で実現された[8][9]

判例上の「不貞行為」[編集]

判例では、不貞行為の意義を「配偶者ある者が、自由な意思にもとづいて、配偶者以外の者と性的関係を結ぶこと[10]」とし、配偶者の自由意志に基づく姦通に限定しており、通説も判例と同様の立場を取っている[3][注釈 1]。なお、民法第770条第2項の規定により離婚請求が棄却される可能性はあるが、その回数や期間は問われていないため、短期間の一時的な関係であっても不貞行為となる[3][4]

離婚請求[編集]

判例や通説が不貞行為を限定して解釈しているため、不貞行為を離婚原因とする離婚の訴えを提起する場合には、原告被告の不貞行為を推測させる手紙電子メール、ホテルや食事に関する領収書クレジットカードの明細などを証拠として提示する必要があり、不貞行為を立証することは容易ではない[3]。過去の判例としては、夫が特定の女性と頻繁に外出して帰宅が遅くなることも稀ではなく、その2人の行動が友人間で噂され、知人達で会食した際に2人が行方をくらまし翌朝に帰宅したことなどから、「単なる友人の域を越えて性的関係ありと推認すべき」として不貞行為に該当すると認めた事例や[12]、妻が特定の男性とアパートの一室で雨戸と出入口の鍵を閉めて2人きりになり、その際に夫がドアをノックしても開けなかったことや、和解の話合いの場で妻が不倫関係を明確に否認せず、示談金の提案に対し「考えてみる」との態度をとったことなどを総合し、「通常の交際の範囲を越えた深い男女関係にあったと推認するのが相当」として不貞行為を認めた事例がある[13][14]

前述のように、判例や通説は不貞行為を限定して解釈しており、その立証も困難であることから、実務上では、民法第770条第1項第5号に規定する「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。」を併せて主張する場合も少なくない[15]。過去の判例としては、「不純な肉体関係を認定するに足る的確な証拠は存しない」とされたが、妻の疑惑を解かなかったことなどから、夫の責任で「婚姻を継続しがたい重大な事由があるもの」とし「離婚の請求は理由があるものとして認容」された事例がある[15][16]

同性の者との不貞行為(いわゆる同性愛行為)は、判例により異同がある[17]1972年(昭和47年)の地方裁判決では、第5号により離婚請求がされており、この判決によって、同性愛行為は不貞行為ではないとする見解が有力とされていた[4][15][18]。しかし、2021年(令和3年)の地方裁判決では、同性同士の性的行為も不貞行為に当たるとされた[17]

有責配偶者による離婚請求[編集]

不貞行為などを働き婚姻関係を破綻させた配偶者(有責配偶者)の側から民法第770条第1項第5号による離婚請求をすることは、その配偶者(無責配偶者)にとっては「俗にいう踏んだり蹴たりである[19]」として有責配偶者からの離婚請求は許されないとされ、最高裁はいわゆる消極的破綻主義を取っていた[20]。そして、判例を重ねて消極的破綻主義の射程は明確化され、当事者双方の有責性を比較し、その有責性が同程度か有責配偶者の方が有責性が低い場合、有責配偶者の有責行為が婚姻関係の破綻後になされ、婚姻関係の破綻と因果関係がない場合は、有責配偶者からの離婚請求を認容すべきものとされた[21]。学説の多数は有責配偶者の離婚請求を認めることが反倫理的であることや無責配偶者の保護に資するものであるとして消極的破綻主義が支持していた[21]。しかし、一度有責配偶者に設定されると将来にわたり離婚請求が認められなくなることや、有責配偶者が新たに形成した家族関係(内縁関係)が法的保護を受けられないことなどから、当事者の責任に関係なく離婚を認めるべきとの指摘もされていた[20][22]。その後、不貞行為を働いた夫からの離婚請求があった事例について、最高裁が「夫婦の相当長期間の別居」、「未成熟子の不存在」、「特段の事情の不存在」の3要件による制限を付して積極的破綻主義を採用したことにより、消極的破綻主義に立っていた判例は変更された[23][24][25]

親子関係不存在確認の訴え[編集]

「夫が子の出生を知った時から一年(民法第777条)」を超えると、DNA鑑定などの科学的証拠により夫と子の間に生物学上の父子関係が認められない場合(つまり妻の不貞行為が判明した場合)であっても、「子の身分関係の法的安定を保持する必要」があるため、民法第772条に規定する嫡出の推定が優先され、親子関係不存在確認の訴えをもって、その父子関係の存否を争うことは原則できない[26][27][28][注釈 2]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ それ以前には、姦通に限らず性的信義誠実義務に違反する行為はすべて不貞行為に含まれる、という学説もあった[3][11]
  2. ^ 判例では、嫡出の否認に関する民法の規定について、法律上の父子関係と生物学上の父子関係が一致しない場合が生ずることをも容認していると解釈している[29][30]

出典[編集]

  1. ^ 『官報』第6283号、大蔵省印刷局、1947年12月22日、 2頁、 NDLJP:2962808/2
  2. ^ 神谷 2017, p. 437.
  3. ^ a b c d e 神谷 2017, p. 451.
  4. ^ a b c 前田, 本山 & 浦野 2019, p. 91.
  5. ^ a b c 『官報号外』第4491号、大蔵省印刷局、1898年6月21日、 6頁、 NDLJP:2947780/13
  6. ^ a b 神谷 2017, p. 454.
  7. ^ 『官報』第6077号、大蔵省印刷局、1947年4月19日、 3頁、 NDLJP:2962591/2
  8. ^ 岩垂 1960, p. 81.
  9. ^ 神谷 2017, p. 436.
  10. ^ 最高裁判所第一小法廷判決 昭和48年11月15日 民集 第27巻10号1323頁、昭和48年(オ)第318号、『離婚等請求事件』「民法770条1項1号の不貞な行為の意義」。
  11. ^ 岩垂 1960, p. 83.
  12. ^ 横浜地方裁判所判決 昭和39年9月2日 下民事集15巻9号2133頁、昭和37年(タ)第7号、昭和37年(タ)第61号、『離婚請求本訴並びに離婚請求反訴事件』。
  13. ^ 東京地方裁判所判決 昭和47年3月18日 判例時報677号83頁、昭和43年(ワ)第1052号、昭和46年(タ)第100号、昭和46年(タ)第242号、『離婚請求、右反訴請求、損害賠償請求事件』。
  14. ^ 神谷 2017, pp. 451-452.
  15. ^ a b c 神谷 2017, p. 452.
  16. ^ 東京高等裁判所判決 昭和47年11月30日 判時688号60頁、昭和45年(ネ)第2446号、昭和45年(ネ)第2469号、『離婚等請求控訴併合事件』。
  17. ^ a b 同性との不倫も「不貞行為」 妻の相手に賠償命令」『産経新聞』、2021年3月16日。2021年3月17日閲覧。
  18. ^ 名古屋地方裁判所判決 昭和47年2月29日 判時670号77頁、昭和46年(タ)第67号、『離婚等請求事件』。
  19. ^ 最高裁判所第三小法廷判決 昭和27年2月19日 民集6巻2号110頁、昭和24年(オ)第187号、『離婚請求事件』「民法770条第1項第5号の「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」にあたらない一事例」。
  20. ^ a b 前田, 本山 & 浦野 2019, p. 89.
  21. ^ a b 神谷 2017, p. 478.
  22. ^ 神谷 2017, pp. 478-479.
  23. ^ 神谷 2017, pp. 479-481.
  24. ^ 前田, 本山 & 浦野 2019, pp. 90-91.
  25. ^ 名古屋地方裁判所判決 昭和62年9月2日 民集41巻6号1423頁、昭和61年(オ)第260号、『離婚請求事件』「1.長期間の別居と有責配偶者からの離婚請求、2.有責配偶者からの離婚請求が長期間の別居等を理由として認容すべきであるとされた事例」。
  26. ^ 血縁なくても「父子」認定 最高裁 DNAで嫡出推定覆らず」『日本経済新聞』、2014年7月17日。2020年12月28日閲覧。
  27. ^ 永下泰之「DNA鑑定結果に基づく親子関係不存在確認請求の許否」『商学討究』第65巻第4号、小樽商科大学、2015年3月25日、 257-281頁、 NAID 120005572998
  28. ^ 羽生香織「嫡出推定を受ける子と親子関係不存在確認の訴えの許否」『新・判例解説watch』第16巻、日本評論社、2015年4月25日、 109-112頁、 NAID 40020579477
  29. ^ 最高裁判所第一小法廷判決 平成26年7月17日 民集68巻6号547頁、平成24年(受)第1402号、『親子関係不存在確認請求事件』。
  30. ^ 最高裁判所第一小法廷判決 平成26年7月17日 集民247号79頁、平成25年(受)第233号、『親子関係不存在確認請求事件』。

参考文献[編集]

  • 岩垂肇「姦通・不貞行為論」『信州大学文理学部紀要』第9号、信州大学文理学部、1960年1月25日、 73-92頁、 NAID 120001870625
  • 神谷遊「第770条(裁判上の離婚)」『新注釈民法(17) 親族(1)』二宮周平編、有斐閣〈有斐閣コンメンタール〉、2017年10月20日、434-485頁。ISBN 9784641017528
  • 前田陽一、本山敦、浦野由紀子『民法Ⅵ 親族・相続』有斐閣〈LEGAL QUEST〉、2019年6月30日。ISBN 9784641179417

関連項目[編集]