山内康一

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日本の旗 日本の政治家
山内 康一
やまうち こういち
生年月日 1973年8月25日(43歳)
出生地 福岡県筑紫野市
出身校 国際基督教大学教養学部
ロンドン大学教育学研究所
前職 国際協力事業団職員
NGO職員
所属政党 自由民主党→)
みんなの党→)
民主党→)
民進党
公式サイト 山内康一 公式ウェブサイト

選挙区 神奈川9区→)
比例北関東ブロック
当選回数 3回
在任期間 2005年9月11日 - 2014年11月21日
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山内 康一(やまうち こういち、1973年8月25日 - )は、日本政治家衆議院議員を3期務めた。現在北海道大学非常勤講師[1]

来歴[編集]

生い立ち[編集]

福岡県筑紫野市生まれ。福岡県立筑紫丘高等学校在学中、国際基督教大学教養学部早稲田大学政治経済学部慶應義塾大学経済学部に合格し、国際基督教大学に進学する[2]。大学在学中、フィリピンに1年間留学する。

国際基督教大学卒業後、国際協力事業団(現・国際協力機構、略称JICA)に就職。インドネシア、フィリピン等のアジア諸国への技術協力プロジェクトや専門家派遣業務に携わる。[3]

その後国際協力事業団を退職し、NPO法人ピースウィンズ・ジャパン等の複数のNGOに勤務し[3]インドネシア東ティモールアフガニスタンインド等で難民や地震・洪水の被災者のための緊急人道援助活動や、学校建設・農村開発等の開発支援活動に従事した。

2004年4月、ロンドン大学教育学研究所にて修士課程を修了[3]

自由民主党[編集]

2005年4月から国際協力機構に復職するが、同年に自由民主党の候補者公募に応募し、合格。第44回衆議院議員総選挙に自民党公認で神奈川9区から出馬し、民主党公認の笠浩史を破り初当選した。

みんなの党[編集]

2009年7月21日、衆議院解散後に「自民党が進んでいる方向と、自分が目指している方向が大きくずれていると感じるようになった」として離党届を提出した[4][5]。同年8月8日みんなの党結党に参加。同党公認で第45回衆議院議員総選挙に比例北関東ブロック単独で出馬し、再選。みんなの党結党時の役職は「パートナー(補佐)」だったが、9月29日付けで国会対策委員長・筆頭副幹事長に就任した。

2012年12月の第46回衆議院議員総選挙比例北関東ブロック単独で出馬し、3選。

民主党[編集]

2014年11月19日、みんなの党両院議員総会において賛成多数で解党が決まり、翌11月20日にみんなの党に離党届を提出。同日、民主党への入党を申し入れた。民主党代表海江田万里は「仲間として頑張ろう。心から歓迎する」と述べた。これはみんなの党の解党決定後、他党へ合流する初めてのケースとなった。山内は会見で「穏健な中道路線が必要だ。民主党に期待するしかない」と述べた[6]。この年の7月、民主党常任幹事会は埼玉県第13区総支部長であった元職森岡洋一郎が健康問題を理由に公認を辞退したため支部長から外し、同支部長は空席となっていたが、第47回衆議院議員総選挙直前の同年11月、山内が同選挙区の新支部長に就任、同年12月、民主党公認候補として立候補した。山内は森岡と全く接点がなかったというが、選挙期間中は森岡の名を出して後継者であることをアピールした。しかし他党から急に入党し、地縁もない山内の名は有権者には浸透せず、比例復活もならず落選した。

落選後[編集]

落選後は大学で講演などを行い、春日部市内に事務所を維持しているものの、ホームページ・ブログ等は消滅している。政治活動については継続する意向である。2015年4月、北海道大学大学院非常勤講師に就任し、国際協力の講義を担当している。議員在職中から「政経電論」(株式会社損得舎)メールマガジンに寄稿[7]しており、落選後の近況などを報告している。

2016年2月、政治活動を再開。藤田一枝の後継として、民主党福岡3区支部長に就任した[8]

政策[編集]

人物[編集]

  • 2005年の総選挙出馬に際し、山内が応募した公募は正規の公募選考であったことから、同じ小泉チルドレンながらも緊急公募で候補者となり当選した杉村太蔵と対照的な存在として週刊誌で取り上げられたことがある[11]
  • 少年犯罪が激増・凶悪化している」という、マスメディア(主に民放テレビ地上波放送)の報道を批判している[12]
  • 学生時代にモツ焼き屋でアルバイトをして以来、レバ刺しが大好物である。2012年7月1日、食品衛生法により牛のレバ刺しの提供が禁止された際には、「不幸中の幸いは、ブタのレバ刺しは禁止されていないことです。日本の生肉食文化は、ブタとトリで守っていくしかありません。」とコメントした[13]。但し、一般的には豚肉の生食については健康上の悪影響があるとされており、日本の文化と言える程広く定着しているものではない。
  • 2011年 ダボス会議を主催する世界経済フォーラムが選ぶ2011年度の「ヤング・グローバル・リーダーズ(YGL)に、衆議院議員の小泉進次郎、宇宙飛行士の山崎直子、登山家の野口健らと共に選ばれる[14]
  • 2014年10月、NPO法人万年野党によって発表された議員立法発議数ランキングにおいて、2014年通常国会第186回国会衆議院における発議数3件で10位タイに、また議員立法を増やした「成長議員」として3位にランクされた[15]
  • 2014年11月、自身のブログにおいて、自らの事務所の資金調達能力は低いとし、初当選以来9年以上政治資金パーティーを開いたことは一度も無いと記述している[16]

所属団体・議員連盟[編集]

著作[編集]

単著[編集]

  • 『小泉チルドレンと呼ばれて-新人議員の国政報告』、朝日新聞社『論座』2006年4月号

共著[編集]

出典[編集]

外部リンク[編集]

先代:
(設置)
みんなの党国会対策委員長
初代:2009年-
次代:
-
先代:
(設置)
みんなの党副幹事長
初代:2009年-
次代:
-