尾身朝子

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尾身 朝子
おみ あさこ
生年月日 (1961-04-26) 1961年4月26日(56歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都
出身校 東京大学法学部
前職 ITコンサルタント
所属政党 自由民主党細田派
親族 尾身幸次(父)
公式サイト 尾身朝子オフィシャルサイト

選挙区 比例北関東ブロック→)
群馬1区
当選回数 2回
在任期間 2014年12月14日 - 現職
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尾身 朝子(おみ あさこ、1961年4月26日 - )は、日本政治家ITコンサルタント自由民主党所属の衆議院議員(2期)。

父は安倍内閣財務大臣を務めた尾身幸次

来歴[編集]

生い立ち[編集]

東京都出身。父がニューヨーク領事となったことに伴い、小学校3年から中学1年までニュージャージー州で過ごす。東京大学法学部卒業後、NTTに入社。在職中、クリスマスパーティーで知り合った男性と結婚。2度の出産、育児休業を経験した[要出典]1998年からJ-STAGE企画・開発・運用プロジェクトのプロジェクトリーダーを務めた[1]

2002年にNTTを退社し、ITコンサルタント業を起業。情報通信業の株式会社ブライトホープ代表取締役として、書籍資料の電子化(デジタル化)を図るなどITコンテンツ事業の推進に取り組んだ[2]

2004年10月には東海大学総合科学技術研究所教授(非常勤)に就任[3]

2006年に父が特定非営利活動法人STSフォーラムを設立してからは、同秘書室長や事務局長を務めた[4][5]内閣府子ども・子育て会議委員、日本商工会議所若者・女性活躍推進専門委員会委員、公益社団法人麹町法人会常任理事なども歴任した[6]

政界[編集]

2014年12月14日第47回衆議院議員総選挙に、比例北関東ブロック自民党単独33位で出馬し初当選[7]清和政策研究会入会。自民党文部科学部会副部会長[8]

2017年10月22日第48回衆議院議員総選挙に、保守分裂を避けることを理由に不出馬表明をした佐田玄一郎の後継公認として群馬1区から出馬し、小選挙区初当選を果たした。

政策・主張[編集]

政歴[編集]

その他[編集]

  • 2007年2月13日衆議院予算委員会にて、民主党所属衆議院議員馬淵澄夫の質問に対する内閣府の回答により、父尾身幸次が公務の会議に尾身朝子を同行させ、その際に国費が支払われていたことが発覚した。これに対し、尾身幸次は「ヒアリングに難点がある。娘(=尾身朝子)はバイリンガルで、能力のある者は使うべきだという考えで連れていった」と弁明した[要出典]
  • 2007年の参議院選挙に立候補した際、かつて尾身幸次と確執があった細田派相談役の森喜朗から「私の命ある限り、朝子の町村派入りは認めない」と言及された[10]

所属議員連盟[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「尾身朝子の紹介」尾身朝子オフィシャルサイト
  2. ^ Bright Hope Co. Ltd. 株式会社ブライトホープ
  3. ^ 「尾身朝子の紹介」尾身朝子オフィシャルサイト
  4. ^ 報道取材要項 NPO法人STSフォーラム
  5. ^ VII. 学術交流(230頁) (PDF) 東海大学教育研究年報2005年度
  6. ^ 尾身 朝子 | 国会議員 | 議員情報 | 議員・役員情報 | 自由民主党
  7. ^ 北関東ブロック(比例区) - 開票速報 - 2014衆院選:朝日新聞デジタル
  8. ^ 「尾身 朝子」自由民主党
  9. ^ a b c d e f 2014衆院選毎日新聞候補者アンケート
  10. ^ 「森元総理に『命ある限り認めない』と言われた『尾身朝子』候補」、『週刊新潮』、新潮社2007年6月21日、 p.55。
  11. ^ 俵義文、日本会議の全貌、花伝社、2016年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]