西野陽

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日本の旗 日本の政治家
西野 陽
にしの あきら
生年月日 1940年1月15日(76歳)
出生地 大阪府
出身校 関西大学法学部
所属政党 自由民主党→)
新進党→)
自由党→)
保守党→)
自由民主党(古賀派
称号 法学士
親族 西野弘一(長男・元衆議院議員)
西野修平(次男・大阪府議会議員)
小林由佳(義娘・堺市議会議員)

選挙区 大阪13区→)
比例近畿ブロック→)
大阪13区
当選回数 5回
在任期間 1996年 - 2012年
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西野 陽(にしの あきら、1940年1月15日 - )は、日本政治家

衆議院議員(5期)、経済産業副大臣第3次小泉改造内閣)、大阪府議会議員(5期)等を歴任。

来歴[編集]

大阪府出身。大阪府立布施高等学校関西大学法学部卒業。

1975年大阪府議会議員選挙に自由民主党公認で東大阪市選挙区から出馬し、初当選。5期連続で当選し、大阪府議会議長も務めた。1993年、5期目の任期途中で府議を辞職し、第40回衆議院議員総選挙に自民党公認で出馬したが、落選した。のちに自民党を離党し、新進党に入党。1996年第41回衆議院議員総選挙では、大阪13区で11期目の当選をめざす自由民主党総務会長塩川正十郎を破り、当選した(塩川は重複立候補を辞退していたため落選)。

1998年、新進党解党に伴い自由党結党に参加。2000年の自由党分裂の際は自自公連立政権への残留を主張し、保守党結成に参加。熊谷弘らの合流に伴う保守新党結党には参加せず、自民党に復党した。2000年第42回衆議院議員総選挙では、大阪13区から塩川が出馬し、西野は比例近畿ブロック単独で再選。2001年第1次小泉内閣環境大臣政務官に任命された。

2003年第43回衆議院議員総選挙では、塩川が政界引退を表明したため、西野が大阪13区から出馬し、3選。2005年第44回衆議院議員総選挙では、大阪13区で民主党富家孝を8万票を上回る大差で破り、4選。同年、第3次小泉改造内閣経済産業副大臣に就任。

2009年第45回衆議院議員総選挙では、大阪13区で国民新党白石純子の猛追を受けるが、1万7,000票差で白石を破り、5選。大阪の19の小選挙区のうち、自民党所属の当選者は西野のみであった。

2012年12月、第46回衆議院議員総選挙には出馬せず、政界を引退する意向を表明[1]。長男の弘一が日本維新の会公認で大阪13区から立候補し、当選した[2]。この結果を受け、「党の規律を乱す行為」として自民党を除名された[3][4]

親族[編集]

いずれも大阪維新の会チャーターメンバー。長男の弘一は第46回衆議院議員総選挙日本維新の会公認で大阪13区から出馬し、当選した[6]

出典[編集]

議会
先代:
木村隆秀
日本の旗 衆議院環境委員長
2006年 - 2007年
次代:
小島敏男
公職
先代:
小此木八郎
保坂三蔵
日本の旗 経済産業副大臣
西川玲子と共同
2005年 - 2006年
次代:
山本幸三
渡辺博道