笹川博義

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笹川 博義(ささがわ ひろよし、1966年8月29日 - )は、日本政治家実業家自由民主党所属の衆議院議員(2期)。ヤマト発動機社長。元日本船舶振興会会長笹川良一の孫。父は自民党総務会長などを務めた元衆議院議員の笹川堯(選挙区が異なるため、世襲議員ではない)。

来歴・人物[編集]

東京都出身。笹川尭の三男。明治大学付属中野高等学校卒業。明治大学政治経済学部中退[1]

新進党に入党し、1996年第41回衆議院議員総選挙群馬3区から出馬して落選。その後自由民主党に移籍し、2000年第42回衆議院議員総選挙比例北関東ブロック2004年第20回参議院議員通常選挙比例区に出馬するも共に落選した。2007年群馬県議会議員選挙に太田市選挙区から出馬し初当選。2期連続トップ当選。2012年2月に次期自民党公認衆議院議員候補予定者となる自民党群馬県第三選挙区支部長に就任[2]

2012年12月16日第46回衆議院議員総選挙に立候補するため、同年11月19日付で県議会議員を辞職[3]。同選挙では1996年と同じ群馬3区から立候補し、初当選した。2014年12月14日第47回衆議院議員総選挙で再選。

趣味は映画鑑賞、ガーデニング、読書[2]。好きな言葉は兼愛非攻[2]

不祥事[編集]

  • 2012年の衆議院選挙において、笹川の運動員で70代の男性会社役員が公選法違反(供応買収)の疑いで書類送検された。太田市の飲食店で笹川氏陣営の他の運動員数人に票のとりまとめを依頼するため、1人当たり数千円相当の飲食で接待した疑い[4]

政策[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

その他[編集]

  • 2014年の第186回国会において、大臣、副大臣、政務官、補佐官、議長、副議長、委員長のいずれの要職にもついていなかったのみならず、質問、議員立法、質問主意書提出のいずれもなかったことが指摘された[7][8]

家族・親族[編集]

笹川家[編集]

群馬県太田市小舞木町、東京都
笹川了平(元大阪日日新聞社主)
笹川春二(元大阪府モーターボート競走会会長)
笹川陽平日本財団理事長や全国モーターボート競走会名誉会長などを務めた)
笹川勝正(群馬県モーターボート競走会会長を務めた)

脚注[編集]

  1. ^ 第627号(2011年1月1日発行)
  2. ^ a b c d e f g プロフィール
  3. ^ “衆院選:自民の笹川氏、県議を辞職/群馬”. 毎日新聞. (2012年11月20日). http://mainichi.jp/area/gunma/news/20121120ddlk10010016000c.html 2012年11月25日閲覧。 
  4. ^ 産経新聞、2013年1月11日
  5. ^ a b c d e “2012衆院選 群馬3区 笹川博義”. 毎日jp (毎日新聞社). http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kaihyo_area_meikan.html?mid=A10003003003 2014年4月3日閲覧。 
  6. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  7. ^ 「国会議員三ツ星データブック」、186国会版 国会議員三ツ星データブック、特定非営利法人「万年野党」著。ISBN-13: 978-4905239239
  8. ^ 「国会質問も議員立法も質問主意書もない『オールゼロ議員』、64人全氏名を公開、BLOGOS 2014年10月15日

外部リンク[編集]