吉野正芳

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日本の旗 日本の政治家
吉野 正芳
よしの まさよし
Masayoshi Yoshino.png
2009年1月21日東京都渋谷区
地球環境パートナーシッププラザにて
生年月日 (1948-08-08) 1948年8月8日(68歳)
出生地 日本の旗 福島県いわき市
出身校 早稲田大学商学部卒業
前職 吉野木材取締役
現職 復興大臣
所属政党 自由民主党細田派
称号 商学士(早稲田大学・1971年
公式サイト 自由民主党衆議院議員 吉野正芳(よしのまさよし)公式サイト

日本の旗 第7代 復興大臣
内閣 第3次安倍第2次改造内閣
在任期間 2017年4月26日 - 現職

選挙区 福島5区→)
比例東北ブロック→)
(福島5区→)
(比例東北ブロック→)
比例中国ブロック→)
福島5区
当選回数 6回
在任期間 2000年 - 現職

当選回数 3回
在任期間 1987年 - 1999年
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吉野 正芳(よしの まさよし、1948年8月8日 - )は、日本政治家実業家、福祉事業家。自由民主党所属の衆議院議員(6期)。復興大臣第7代)、福島原発事故再生総括担当大臣。

吉野木材株式会社取締役福島県議会議員(3期)、社会福祉法人ハートフルなこそ理事長

経歴[編集]

福島県いわき市生まれ。福島県立磐城高等学校早稲田大学商学部卒業後、家業の吉野木材株式会社入社。1987年の福島県議会議員選挙で初当選し、連続3回当選。

2000年の第42回衆議院議員総選挙自由民主党公認で福島5区から出馬し、初当選。第3次小泉改造内閣文部科学大臣政務官に就任。2008年8月発足の福田康夫内閣改造内閣にて環境副大臣に就任した。

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震では自宅が半壊し、選挙事務所が全壊した[1]。この後の同年4月29日の衆議院予算委員会にて、福島第一原子力発電所事故の第一義的責任を、東京電力ではなく国が負うべきと主張[2]

2016年9月、衆議院東日本大震災復興委員長に就任[3]

2017年4月26日、今村雅弘の後を受けて第3次安倍第2次改造内閣復興大臣に任命された[1][4]

選挙区[編集]

選挙区の福島5区では、同じく自民党の坂本剛二との間でコスタリカ方式を採用。2003年の第43回衆議院議員総選挙では坂本が小選挙区で出馬し当選。吉野は比例東北ブロックに回り当選。2000年と2005年の総選挙では吉野が小選挙区から出馬し当選。坂本は比例東北ブロックに回り当選した。

2009年の第45回衆議院議員総選挙では自民党が2008年10月にコスタリカ方式解消の方針を示したため、吉野は福島5区を坂本に譲り、「小野町は私の第2のふるさとのつもりである」として福島3区に国替えして出馬した。民主党玄葉光一郎に敗れ小選挙区では落選したが、重複立候補していた比例東北ブロックでは単独1位だったため比例復活。福島5区から出馬した坂本は比例復活もならず落選した。なお吉野が比例東北ブロック単独1位に登載されたのは、福島県では渡部恒三に次いで強固な地盤を有する玄葉の対抗馬になったことへの見返りであるとされている。

2012年の第46回衆議院議員総選挙では、元職の坂本と福島5区の公認争いをしていたが、坂本が公認を獲得。結果自民党本部の判断で、吉野は全く実績も活動基盤もないが、比例中国ブロックであれば、自民党幹部も多く、比例単独候補(第19位)でも当選が見込めるとして急遽国替え。しかし選挙期間中一度も中国地方には入らぬまま地元で選挙活動を行い、結果として比例中国ブロックで当選した。

その後も中国地方に基盤を置かずに福島県を中心に政治活動を行い、2014年9月に衆議院原子力問題調査特別委員長に就任。2014年の第47回衆議院議員総選挙では5年振りに福島5区から自民党公認で出馬して、6選を果たした(一方、坂本は比例近畿ブロックに転出して出馬したものの落選している)。

主な活動[編集]

  • 福島県議会議員時代農林水産常任委員長等を歴任。
  • 衆議院当選後も、自由民主党農林水産副部会長、農林水産関係団体委員会副委員長、山村振興委員会事務局長、農林部会副部会長。
  • その他、自由民主党国際局次長、自由民主党法務部会長などを務める。
  • 2001年時点で選択的夫婦別姓制度導入に賛同していた[5]。一方、2014年の調査では、「どちらともいえない」としている[6]

政策[編集]

違法伐採問題
輸入木材の違法伐採問題に取り組む松岡利勝に触発され、この問題の解決に積極的にかかわった[7]。吉野は林業を家業としており、若手林業を考える会会長でもあったことから、松岡に指示され「木材・木材製品の合法性・持続可能性証明のためのガイドライン」の制度設計に携わった[7]
社会福祉制度
社会福祉法人「ハートフルなこそ」を設立し理事長。特別養護老人ホームを運営した経緯もあり、高齢者福祉に関しての経験が深く、2006年より衆議院厚生労働委員会理事を務めた。

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b “今村氏発言「許せない」=吉野復興相が就任会見”. 時事ドットコム. 時事通信社. (2017年4月26日). http://www.jiji.com/jc/article?k=2017042600922&g=eqa 2017年4月26日閲覧。 
  2. ^ “<福島第1原発>東電の免責求める 自民・吉野氏”. 毎日新聞. (2011年4月29日) 
  3. ^ 衆院議運委員長に佐藤前国対委員長 日本経済新聞 2016年8月24日
  4. ^ “今村復興相辞任 後任に吉野氏が就任”. 日テレNEWS24. 日本テレビ放送網. (2017年4月26日). http://www.news24.jp/articles/2017/04/26/04359937.html 2017年4月26日閲覧。 
  5. ^ 野田聖子「選択的夫婦別姓制度」2001年11月6日
  6. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査
  7. ^ a b 「吉野正芳・自民党衆議院議員インタビュー――違法伐採防止にグリーン調達ガイドライン策定――木材流通の各段階で事業者の自己証明を徹底」『GLOBE JAPAN』GLOBE JAPAN事務局、2007年12月
  8. ^ a b 俵義文、日本会議の全貌、花伝社、2016年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

議会
先代:
今村雅弘
日本の旗 衆議院東日本大震災復興特別委員長
第8代:2016年 - 2017年
次代:
鈴木俊一
先代:
森英介
日本の旗 衆議院原子力問題調査特別委員長
2014年 - 2016年
次代:
三原朝彦
先代:
横光克彦
日本の旗 衆議院環境委員長
2012年 - 2013年
次代:
伊藤信太郎
公職
先代:
今村雅弘
日本の旗 復興大臣
第7代:2017年 -
次代:
現職
先代:
桜井郁三
日本の旗 環境副大臣
2008年 - 2009年
次代:
田島一成
先代:
小泉顕雄下村博文
日本の旗 文部科学大臣政務官
有村治子と共同

2005年 - 2006年
次代:
水落敏栄小渕優子