田名部匡代

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日本の旗 日本の政治家
田名部 匡代
たなぶ まさよ
Masayo Tanabu 201101.jpg
農林水産大臣政務官就任に際して
公表された肖像写真
生年月日 1969年7月10日(46歳)
出生地 青森県八戸市
出身校 玉川学園女子短期大学
前職 田名部匡省参議院議員秘書
所属政党 民主党政権戦略研究会
称号 準学士
親族 父・田名部匡省(衆議院議員・参議院議員)
公式サイト 田名部匡代公式ウェブサイト

選挙区 比例東北ブロック青森3区
当選回数 3回
在任期間 2003年7月6日 - 2003年10月10日
2005年9月12日 - 2012年11月16日
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田名部 匡代(たなぶ まさよ、1969年7月10日 - )は、日本政治家。元衆議院議員(3期)。元農林水産大臣政務官菅第1次改造内閣菅第2次改造内閣)。

父は農林水産大臣参議院議員、衆議院議員、無所属の会代表等を歴任した田名部匡省

来歴[編集]

青森県八戸市生まれ。八戸市立吹上小学校八戸市立第一中学校青森県立八戸東高等学校玉川学園女子短期大学卒業。短大卒業後は父・田名部匡省の秘書を務める[1]

2000年第42回衆議院議員総選挙民主党公認で青森3区から出馬したが、自由民主党大島理森に敗れ、重複立候補していた比例東北ブロックでも次点で落選した。2003年日野市朗の死去により繰り上げ当選。同年の第43回衆議院議員総選挙に青森3区から民主党公認で出馬するが、再び自民党の大島に敗れ、比例東北ブロックでも惜敗率0.1%の僅差で落選した。

2005年第44回衆議院議員総選挙では、前回に比べ青森3区での得票数は大島に大差をつけられるも、比例東北ブロックで復活し、2年ぶりに国政に復帰。2009年第45回衆議院議員総選挙では青森3区で大島を猛追し、一時は日本テレビが大島の選挙区落選を報じ大島自身も選挙事務所で支持者に対する「お詫び会見」を行うもこれは誤報であり、367票差で田名部が敗れ、比例復活により3選。

2010年9月、菅第1次改造内閣農林水産大臣政務官に任命され、菅第2次改造内閣まで務めた。

2012年12月の第46回衆議院議員総選挙でも大島に敗れ、比例復活もならず落選。2014年12月の第47回衆議院議員総選挙でも大島に敗れ、比例復活もならず落選。

2016年7月の第24回参議院議員通常選挙青森県選挙区から民進党公認で立候補することが予定されている。

政策[編集]

  • 自身の政策として以下を挙げている[2]
    • 真の経済成長
    • 若者への徹底した支援
    • 食は命の源
    • 再び戦争の道を歩むことのないように
  • 選択的夫婦別姓制度の導入に賛成[3]
  • 選挙改革。0増5減の定数削減は根本的な対応となっておらず、違憲状態、と述べる[4]

所属していた団体・議員連盟[編集]

  • 農産物輸出促進議員連盟[1]
  • 世界銀行国会議員連盟[1]
  • 森林環境政策議員懇談会[1]
  • 観光振興議員連盟[1]
  • インクルーシブ教育を推進する議員連盟[1]
  • 母と子支援議員連盟[1]
  • ドクターヘリ推進議員連盟[1]
  • 適切な医療費を考える議員連盟[1]
  • スポーツ議員連盟[1]
  • パラリンピック推進議員連盟[1]
  • 少林寺拳法推進議員連盟[1]
  • 国立追悼施設を考える会[1]
  • 日本・カナダ友好議員連盟[1]
  • 日中友好議員連盟[1]
  • 日韓議員連盟[1]
  • 日本・イラン友好議員連盟[1]

人物[編集]

  • 趣味は映画鑑賞[4]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 公式プロフィール
  2. ^ 公式ページ
  3. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  4. ^ a b デーリー東北新聞社

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
佐々木隆博舟山康江
日本の旗 農林水産大臣政務官
松木謙公と共同
吉田公一と共同

2010年 - 2011年
次代:
森本哲生仲野博子