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赤松正雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
赤松 正雄
あかまつ まさお
生年月日 (1945-11-26) 1945年11月26日(80歳)
出生地 日本の旗 兵庫県姫路市
出身校 慶應義塾大学法学部政治学科
前職 公明新聞職員
所属政党公明党→)
(公明新党→)
新進党→)
(新党平和→)
公明党
選挙区旧兵庫4区→)
比例近畿ブロック
当選回数 6回
在任期間 1993年 - 2012年
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赤松 正雄(あかまつ まさお、1945年11月26日 - )は、日本の政治家

衆議院議員(6期)、公明党書記長新進党常任幹事、公明党外交安全保障調査会長、憲法調査会座長、公明党中央幹事厚生労働副大臣などを歴任した。

経歴

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1945年11月26日兵庫県姫路市に生まれる。兵庫県立長田高等学校を経て慶應義塾大学法学部政治学科を卒業。1969年より公明新聞に勤務し、記者を経て、機関誌「公明」副編集長を務め、1987年からは公明党衆議院議員市川雄一の秘書として勤務した。

1993年7月、第40回衆議院議員総選挙兵庫県第4区で公明党から初当選。同年、党副書記長兼政審副会長に就任。1994年12月、公明党の分裂に伴い、赤松や恩師の市川ら衆議院議員は公明新党に参加。5日後、公明新党は新進党に合流。1995年新進党常任幹事兼広報企画委員長兼副幹事長に就任。

1996年第41回衆議院議員総選挙比例近畿ブロック(以降選挙区同じ)において新進党公認で再選。1998年1月、新党平和副幹事長に就任。同年11月、再結党した公明党の副幹事長に就任。1999年、公明党兵庫県本部代表に就任。

2000年第42回衆議院議員総選挙において公明党公認で再選。同年、党中央幹事兼政務調査会副会長に就任。2003年第43回衆議院議員総選挙において公明党公認で再選。

2005年9月、第44回衆議院議員総選挙において公明党公認で再選。同年11月、第3次小泉改造内閣厚生労働副大臣に起用。

2009年8月 - 第45回衆議院議員総選挙で再選。なおみんなの党[1]民主党[2]の比例名簿登載者不足による棚ぼた当選となった。同年、公明党政調副会長に就任。2010年、公明党市民活動委員長に就任。2012年8月、同年12月の第46回衆議院議員総選挙に出馬せず引退することを表明。同ブロックの後任候補は濱村進

人物

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  • 外交安全保障分野に精通しており、公明党議員の中では高木陽介と並んで保守的志向が強いと目された。
  • メルマガで連載している「新幹線車中読書録」が評判を呼び、2001年に『忙中本あり 新幹線車中読書録』(論創社)として出版された。

役職歴

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  • 内閣
  • 衆議院
  • 公明党
    • 関西方面副議長
    • 兵庫県本部代表
    • 政務調査会副会長
    • 憲法調査会座長
    • 外交安全保障調査会長
    • 肝炎対策プロジェクトチーム座長

関係団体

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著書

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脚注

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  1. ^ 1議席獲得していたが、唯一立候補していた候補者が重複立候補していた小選挙区で供託金没収点未満のため当選資格を失い、党としての議席を失ったため。
  2. ^ 14議席(みんなの党の失った議席が次点の民主党に割り振られたものを含む)獲得していたが、名簿登載者52名が小選挙区並びに比例区で全員当選したことにより、獲得議席の内3議席を失ったため。

関連項目

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外部リンク

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議会
先代
渡辺博道
日本の旗 衆議院総務委員長
2008年 - 2009年
次代
近藤昭一
先代
新設
日本の旗 衆議院国土交通委員長
2001年 - 2002年
次代
久保哲司
公職
先代
中野清
西博義
日本の旗 厚生労働副大臣
中野清と共同

2005年 - 2006年
次代
石田祝稔
武見敬三