鈴木明良

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鈴木 明良(すずき あきら、1909年明治42年)2月[1] - 1985年昭和60年)9月6日[2])は、日本の実業家政治家衆議院議員

経歴[編集]

茨城県出身[1]1928年茨城県立下妻中学校を卒業[1]。岩佐鉄工所営業部長、朝日海運取締役社長、明商 (株) 社長などを務めた[1]

1946年4月、第22回衆議院議員総選挙で茨城県選挙区から出馬して当選し、その後第24回総選挙まで連続3回の当選を果たした[1]。この間、日本進歩党情報部長、民主党総務、民主自由党総務、衆議院内閣委員長などを歴任した[1]

第25回総選挙で落選後、事業が傾いたことなどから、「全日空M資金事件」などの詐欺や横領事件を起こして服役し、八王子医療刑務所に収監中に死去した[2][3]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』330頁。
  2. ^ a b 「ロ事件・裁判関係者の鬼籍簿」
  3. ^ 『追跡・M資金』69-71頁。

参考文献[編集]

  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 安田雅企『追跡・M資金 : 東京湾金塊引揚げ事件』三一書房、1995年。
  • 「ロ事件・裁判関係者の鬼籍簿」『朝日新聞』(東京本社発行)1987年7月25日、朝刊10頁。