松木謙公

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日本の旗 日本の政治家
松木 謙公
まつき しずひろ
Shizuhiro Matsuki 20110114 3.jpg
2011年1月14日、共済ビルにて
生年月日 (1959-02-22) 1959年2月22日(58歳)
出生地 北海道札幌市
出身校 青山学院大学
前職 会社役員
所属政党 自由民主党→)
自由連合→)
自由党→)
民主党(小沢グループ)→)
(新党大地・真民主→)
新党大地→)
無所属→)
維新の党→)
民進党民社協会松野派
公式サイト 衆議院議員 松木けんこう

選挙区 比例北海道ブロック→)
北海道12区→)
比例北海道ブロック(北海道2区
当選回数 4回
在任期間 2003年 - 2012年11月16日
2014年12月14日 - 現職
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松木 謙公(まつき しずひろ、1959年(昭和34年)2月22日 - )は、日本政治家民進党所属の衆議院議員(4期)。維新の党幹事長代行を歴任。名前の謙公の読み方は、本名は「しずひろ」であるが、政治活動時には有職読みで「けんこう」とすることが多い。報道等では漢字で松木 謙公と表記されるが、自身のウェブサイトや国会での名札は松木 けんこうと一部ひらがな表記を使っている。

経歴[編集]

2010年11月8日、北海道農政事務所にて職員に訓示
2011年1月14日、あぜ道キャラバン――農業者戸別所得補償制度を中心とした意見交換会に出席

北海道札幌市出身[1]

札幌市立幌北小学校、札幌市立新琴似中学校、札幌光星高等学校を経て、青山学院大学経営学部卒。1978年、大学入学と同時に藤波孝生代議士秘書となり、1994年には国会議員政策担当秘書資格を取得。1996年、北海道内で建設業界紙を発行する北海道通信社取締役副社長に就任。

もともとは自由民主党党員であり、父・松木慶喜は長年にわたり自民党北海道札幌市北区支部長を務める。北海道2区における自民党の公認争いで吉川貴盛に敗れ、同選挙区から1996年衆院選自由連合公認、2000年衆院選無所属で出馬するも連続落選する。2001年自由党に入党し北海道第2総支部会長、2002年に自由党北海道総支部連合会副会長に就任。

2003年民由合併により、民主党入りする。選挙区調整により、北海道12区網走支庁宗谷支庁)に国替えする。2003年の衆院選2005年の衆院選ではいずれも北海道12区で武部勤に敗れたが、比例復活で当選。

2009年の衆院選では初めて武部を破り、小選挙区で初当選した(武部も比例復活)。北海道12区では、中選挙区時代に武部のライバルだった鈴木宗男率いる新党大地や、鈴木の秘書経験者で青山学院大学の同級生でもある蝦名大也釧路市長や、河村たかし率いる減税日本大村秀章率いる日本一愛知の会から支援を受けている。

2010年9月に発足した菅改造内閣農林水産大臣政務官に就任したが、菅政権の政策方針に対する不満を理由として、翌2011年2月23日、内閣総理大臣補佐官細野豪志に農林水産大臣政務官職の辞職願を提出し、24日に受理された[2]。松木の辞任は、いわゆる菅おろしの嚆矢のひとつとなり、同年6月2日の菅内閣不信任決議案の採決に際して賛成票を投じ、同日中に民主党を除籍された(後述)。

菅内閣不信任決議をめぐる騒動[編集]

菅内閣不信任決議案の採決に先立って開催された民主党代議士会において、菅直人鳩山由紀夫の間で、菅が早期退陣するかのような言葉のやり取りがあり、小沢一郎小沢グループの会合で「退陣の言質を取った」として自主投票とすることに決定した。

土壇場での手打ちという展開に直面し、松木は報道陣のカメラの前で「何なんだよ、みんな。意味がわからない。みんな、おかしいよ、みんな。自民党もおかしいよ、民主党も全部おかしいよ。何なんだよ、これ。おれはまじめにやってんだよ」と感情を露わにした[3](なお、その後当日の晩に出演したテレビ番組にて先に取り乱した件を陳謝し、発言を事実上撤回している)。

不信任案採決の場では、松木が同僚議員によって本会議場入りを阻止されたり、議席を囲まれて同僚議員の説得を受け目に涙を浮かべたりする光景は、テレビのニュース番組で盛んに放映された。

結局、松木以外のグループの所属議員は採決で反対票を投じたか、棄権したが、グループの中で一貫して不信任案賛成を主張し、グループの主導的な立場だった松木は賛成票を投じた。松木のほかに賛成票を投じた与党系議員は、既に離党届を提出していた横粂勝仁と政党支部支出問題で1年前に離党して無所属になっていた中島正純の2人だけであった。グループ内の投票行動が一致しなかったことについて「小沢さんは小沢さん、僕は僕」「信任できないから賛成した。俺が言いたいことはそれだけだ」と述べた[4]。同日、松木に対して民主党執行部から除籍処分が下された。

民主党離党後[編集]

2011年8月30日の衆議院本会議における内閣総理大臣指名選挙では民主党代表野田佳彦が指名を受けたが、松木はその1日前の民主党代表選挙にて小沢が推していた海江田万里に票を投じ、海江田は一票を得ている[5]

2011年12月28日、新党の設立を届け出た。

2012年1月6日、新党大地・真民主代表代行兼幹事長に就任。

2012年第46回衆議院議員総選挙では新党大地から出馬するも小選挙区(北海道12区)で敗北、比例復活もならず落選。

2013年第23回参議院議員通常選挙でも新党大地から比例代表として出馬したが、落選。その後、選挙の責任をとって幹事長を辞任、その後新党大地も離党し無所属となった。

2014年第47回衆議院議員総選挙に際して、同区を地盤とする民主党の支部長三井辨雄が松木を後継指名し不出馬を表明するなどし、第42回以来の北海道2区での立候補を模索していたが[6]、11月21日に維新の党が公認すると発表した[7]。投開票の結果、自民党吉川貴盛に敗れたが、比例復活で当選。

現在でも小沢との良好な関係は続いており、2015年2016年元日に小沢の私邸で開催された新年会にも出席している[8][9]

2016年3月、民主党と維新の党が合併し結成された民進党に参加。

政策[編集]

2010年11月8日、戸別所得補償モデル対策交付金支払開始式に出席

人物[編集]

2010年11月8日、戸別所得補償モデル対策交付金支払開始式に出席
  • 議員活動の際、服装は主にオホーツクブルーと言われる色のスーツを着用し、トレードマークとしている。
  • 松木がタウン誌『神楽坂まちの手帖』に寄せた「我が師・藤波孝生を想う[13]」という随想によれば、政界入りのきっかけは「藤波先生のところで人生勉強をさせてもらいなさい」という父の助言に従ったことである。議員転身の際、藤波は初代後援会長をつとめている(2代目は渡部恒三)。松木は藤波を政治の師匠と仰いでいる。
  • 河村たかし名古屋市長は、河村が民主党議員だった頃からの友人。
  • 鳩山由紀夫首相の議員辞職発言について、有志とともに発言の撤回を求めた。その結果鳩山は議員辞職を撤回した。
  • 左利きである。

脚注[編集]

  1. ^ 公式プロフィール
  2. ^ 小沢系幹部の松木農水政務官が辞表 党員資格停止処分に反発
  3. ^ 内閣不信任案否決 造反の民主・松木謙公議員「政治家は自分で決めなきゃだめ」 フジニュースネットワーク 2011年6月8日閲覧
  4. ^ 大差否決、首相表情崩さず=鳩山氏安堵、小沢氏姿見せず-造反議員「自分で決めた」 時事通信 2011年6月8日閲覧
  5. ^ 衆議院議事録 第177回国会 本会議 第40号(平成23年8月30日(火曜日))”. 衆議院. 2011年9月4日閲覧。
  6. ^ “松木氏「無所属でも」北海道2区に出馬へ”. nikkansports.com. (2014年11月19日). http://archive.fo/m242W 2014年11月21日閲覧。 
  7. ^ “衆院選・道2区、乱立模様 維新は松木氏公認へ 高橋氏、出馬意向 民主も擁立模索”. 北海道新聞. (2014年11月21日). http://archive.fo/meMnA 2014年11月21日閲覧。 
  8. ^ “野党結集で政権対抗を 生活・小沢氏が新年会で”. 産経新聞. (2015年1月21日). http://archive.fo/mHcE4 2015年1月3日閲覧。 
  9. ^ “「選挙のための野党連携で何が悪い!」 民主、維新からも“小沢シンパ”が出席”. 産経新聞. (2016年1月1日). http://www.sankei.com/politics/news/160101/plt1601010018-n1.html 2016年2月13日閲覧。 
  10. ^ 公式ページ
  11. ^ 2014年衆院選 毎日新聞候補者アンケート
  12. ^ 政策CPプロジェクト - 衆議院選挙2005プログラム アンケート
  13. ^ 最近感動したこと――松木けんこう衆議院議員の「わが師・藤波孝生を想う」の一文を読んで 森田実の言わねばならぬ 2006年9月1日付

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


議会
先代:
石関貴史
日本の旗 衆議院決算行政監視委員長
2016年
次代:
玄葉光一郎
公職
先代:
佐々木隆博舟山康江
日本の旗 農林水産大臣政務官
2010年 - 2011年
田名部匡代と共同
次代:
吉田公一田名部匡代
党職
先代:
結成
新党大地・真民主代表代行
2011年 - 2013年
次代:
先代:
結成
新党大地・真民主幹事長
2011年 - 2013年
次代: