石田祝稔

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日本の旗 日本の政治家
石田祝稔
いしだ のりとし
生年月日 (1951-09-01) 1951年9月1日(66歳)
出生地 日本の旗 高知県高知市
出身校 電気通信大学(中退)
創価大学文学部社会学
創価大学大学院文学研究科修士課程
前職 地方公務員東京都
所属政党 公明党→)
公明新党→)
新進党→)
新党平和→)
公明党
称号 文学士(創価大学)
文学修士(創価大学)
親族
公式サイト 公明党 衆議院議員 石田のりとし

選挙区 高知県全県区→)
比例四国ブロック
当選回数 7回
在任期間 1990年2月19日 - 1996年9月27日
2003年11月10日 - 現職
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石田 祝稔(いしだ のりとし、1951年9月1日 - )は、日本政治家公明党所属の衆議院議員(7期)、公明党政務調査会長

農林水産副大臣福田康夫改造内閣麻生内閣)、厚生労働副大臣第1次安倍内閣)、衆議院経済産業委員長等を務めた。

来歴[編集]

高知県高知市生まれ[1]

1970年高知県立高知追手前高等学校を卒業し、電気通信大学に入学するが、翌1971年に中退。

その後1971年に創立した創価大学文学部社会学科に入学し、1975年に卒業。

1978年、創価大学大学院文学研究科修士課程を修了。

1979年東京都庁に入庁した。

1990年第39回衆議院議員総選挙公明党公認で高知県全県区(定数5)から出馬し、得票数4位で初当選した。

1993年第40回衆議院議員総選挙では、得票数3位で再選。

1994年、公明党の解党に伴い公明新党を経て新進党に合流した。

1996年第41回衆議院議員総選挙では、新進党公認で高知1区から出馬。この総選挙では、高知1区で自由民主党が候補者を擁立せず、日本共産党山原健二郎旧民主党五島正規、石田の3人を中心に議席を争い、山原が当選。五島は比例復活したが、重複立候補していなかった石田は落選した(新進党は一部の候補を除き、重複立候補を認めていなかった)。

1997年の新進党解党により、新党平和を経て公明党の再結成に参加。2000年第42回衆議院議員総選挙に公明党公認で高知1区から出馬したが、自民党の福井照、民主党の五島正規に敗れ、再び落選した(五島は比例復活)。

2003年第43回衆議院議員総選挙に公明党公認で比例四国ブロックから出馬し、7年ぶりに国政に復帰し。

2006年衆議院経済産業委員長に就任。同年9月、第1次安倍内閣厚生労働副大臣に任命された。

2008年福田康夫改造内閣農林水産副大臣に任命され、麻生内閣まで務める。

2014年9月、新設された公明党中央幹事会において会長代理に起用された。

2015年10月、石井啓一国土交通大臣就任に伴い、石井の後任の政務調査会長に起用された。

政策・主張[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 公式プロフィール
  2. ^ 第123回国会衆議院法務委員会 請願362号

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

党職
先代:
石井啓一
公明党政務調査会長
2015年 -
次代:
(現職)
議会
先代:
谷口隆義
日本の旗 衆議院経済産業委員長
2006年
次代:
上田勇
公職
先代:
今村雅弘
岩永浩美
日本の旗 農林水産副大臣
近藤基彦と共同

2008年 - 2009年
次代:
山田正彦
郡司彰
先代:
中野清
赤松正雄
日本の旗 厚生労働副大臣
武見敬三と共同

2006年 - 2007年
次代:
西川京子
岸宏一