井上泉 (政治家)

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井上 泉
生年月日 1916年1月16日
出生地 高知県南国市[1]
没年月日 (2003-05-18) 2003年5月18日(87歳没)
出身校 高等小学校[1]
所属政党 日本社会党[1]
称号 勲二等旭日重光章(1990年)[1]
親族井上清 (歴史家)[1]

当選回数 7回[1]
在任期間 1967年[1] - 1990年[1]

在任期間 1951年[1] -

在任期間 1947年[1] -
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井上 泉(いのうえ いずみ、 1916年1月16日 - 2003年5月18日)は、日本政治家衆議院議員(7期)歴任。

経歴[編集]

1947年高知県稲生村(現・南国市)村長、26年高知県議を経て、1967年第31回衆議院議員総選挙高知県全県区日本社会党より立候補し当選、以後当選7回。1990年第39回衆議院議員総選挙には出馬せず引退した。2003年5月18日死去。享年87[1][2]

人物[編集]

新東京国際空港(現・成田国際空港)の一坪共有地の名義人の1人であった[3]帝銀事件被告人釈放を求める「平沢貞通救援国会議員連盟」事務局長を務めた[1]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 井上 泉 イノウエ イズミ 新訂 政治家人名事典 明治~昭和
  2. ^ 井上泉氏死去/元社会党衆院議員”. 四国新聞社 (2003年5月18日). 2019年2月17日閲覧。
  3. ^ 第065回国会 予算委員会 第7号”. 国会会議録検索システム. 国立国会図書館. 2019年2月4日閲覧。