古賀ゆきひと

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古賀 ゆきひと
古賀 之士
こが ゆきひと
生年月日 (1959-04-09) 1959年4月9日(59歳)
出生地 日本の旗 福岡県久留米市
出身校 明治大学政治経済学部
前職 FBS福岡放送アナウンサー
所属政党 民進党→)
国民民主党
称号 学士
公式サイト 古賀ゆきひと 公式ホームページ

選挙区 福岡県選挙区
当選回数 1回
在任期間 2016年7月26日 - 現職
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古賀 ゆきひと(こが ゆきひと、1959年4月9日 - )は、日本の政治家。国民民主党所属の参議院議員(1期)。元FBS福岡放送エグゼクティブアナウンサー。九州地区の局アナ出身者で史上初の国会議員。現在1期目。本名は古賀 之士(読み同じ)。福岡県久留米市出身。

人物・経歴[編集]

本名が非常に読み難いため[要出典]、報道番組やスポーツ中継など一部を除き普段は名前の部分を平仮名で表記する。

福岡県立明善高等学校を経て明治大学卒業後、1984年FBS福岡放送に入社[1]

1994年5月、『ナイトシャッフル』の司会に起用され、1995年9月まで務める。

1995年(平成7年)10月に全ての担当番組を降りて『めんたいワイド』司会に就任。

2015年3月、「NEWSめんたいPlus」のキャスター就任。しかし同年11月13日、翌年実施される第24回参議院議員通常選挙の候補者になるのではないかとされたため降板し、翌週月曜(16日)の番組冒頭で別のキャスターが経緯を説明した。同日取材に対して「これ以上、会社と番組に迷惑はかけられない。」と降板の理由を語った[2]

2015年12月1日、「キャリアを生かし、福岡の知名度を上げるような仕事をしたい」と福岡選挙区にて民主党からの立候補を表明した。これより前、当時議員の職にあった大久保勉の後継指名を受けており、選考に古賀のみが応募した[3]。これに伴い同年12月31日付でFBSを退社、アナウンス部トップを松吉ゆかりに引き継いだ。

2016年7月10日第24回参議院議員通常選挙において福岡県選挙区より立候補。9人の候補が乱立する中、トップで初当選を果たす。この結果、九州地区の局アナ出身者として史上初の国会議員となった[要出典]。複数選挙区でのトップ当選を果たしたのは、同じ会派では福岡県選挙区の古賀之士と東京都選挙区の蓮舫の2人しかいない[要出典]。現在1期目。 [4]

2018年5月7日、民進党と希望の党の合流により結党された国民民主党に参加した[5]

エピソード[編集]

『ズームイン!!』担当により全国規模で知名度を有する[要出典]アナウンサーならではのエピソードに事欠かない。

  • 仕事で印象に残っていることのひとつに、1999年(平成11年)のホークス福岡移転後の初優勝がある[6]
  • 2008年(平成20年)8月30日に『24時間テレビ 「愛は地球を救う」31』のプレ番組として放送された、FBS制作ローカルドラマ『私は一本の木に恋をした』で、入来茉里演じる平岡れいの父・利男役を演じドラマ初出演、利男の妻役で特別出演した田中好子とのテレビ共演も果たした[要出典]
  • 近視のため、長年に渡って眼鏡を着用して番組に出演していたが、2009年平成21年)1月レーシック手術を受け視力が回復し、現在は眼鏡を着用していない。手術の様子は『めんたいワイド』内で放送された[要出典]
  • 札幌市のアマチュア天文家渡辺和郎は発見した小惑星に「Kogayukihito」と命名し、国際天文学連合2009年(平成21年)10月4日付けで登録を公表した。
  • 同僚の財津ひろみは中学・高校の後輩。古賀が出身中学に招かれて50周年記念講演を行った際、その聴衆の中に財津がいて、財津は古賀の話を聞いてアナウンサーを志したという[7]

政治家としての政策[編集]

  • 選択的夫婦別姓制度についての選択式アンケートにおいて「賛成」としている[8]
  • 参議院議員選挙に立候補した際の所信表明において、平和安全法制が「憲法学者の9割、国民の8割以上が説明不足と言われるなかで行われた。日本にとって大転換だった、危機感さえ覚えた」として、「物事を決めたプロセスに大きな欠陥があったと言わざるを得ない。日本の平和を大きく左右する今回の安保法案の決め方には、皆さんと同じように強い疑問を感じていた。」と発言、同法に反対する意思を明確に示している[9]

過去の担当番組[編集]

映画[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]