相生町 (横浜市)

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相生町
—  町丁  —
相生町の位置(横浜市内)
相生町
相生町
相生町の位置(神奈川県内)
相生町
相生町
相生町の位置
座標: 北緯35度26分49.64秒 東経139度38分13.96秒 / 北緯35.4471222度 東経139.6372111度 / 35.4471222; 139.6372111
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Yokohama, Kanagawa.svg 横浜市
中区
面積[1]
 - 計 0.041km2 (0mi2)
人口 (2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 - 計 354人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 231-0012[3]
市外局番 045 (横浜MA)[4]
ナンバープレート 横浜

相生町(あいおいちょう)は神奈川県横浜市中区町名[5]住居表示未実施で、現行行政地名は相生町1丁目から相生町6丁目までの字丁目が設けられている[6]郵便番号は231-0012[3]

地理[編集]

横浜の関内地区に南東-北西に走る南東方向一方通行の相生町通りに沿った約700mの細長い町域を持ち、南東が1丁目となる。南東はみなと大通をはさんで横浜公園に接し、北東は太田町、南西は住吉町に挟まれる。各丁目の境には、1・2丁目境にベイスターズ通、2・3丁目境に関内桜通、3・4丁目境に関内大通(国道16号)、4・5丁目境に馬車道、5・6丁目境に博物館通が横切る。明治時代からの横浜中心部のビジネス街であり、オフィスビルや、4・5丁目を中心に飲食店も多い[5]

歴史[編集]

1850年嘉永3年)から1856年安政3年)にかけて太田屋新田として開拓された土地で、1867年慶応3年)に伊藤清十郎により埋め立てられ、街並みが形成された。1871年明治4年)に起立し、1・2丁目が置かれた。1872年に高島嘉右衛門が市場を開設(1874年に港町に移転)。1873年に相生町3丁目より出火し、1557棟を焼く大火となった。消失した地区の再測量を行い、新浜町・若松町・緑町・高砂町・小松町・小舟町・駒形町を廃止し、相生町・尾上町・住吉町・常磐町・真砂町・港町に振り分けた[7]。町名は、謡曲の『高砂』から採られた[8]

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
相生町1丁目 36世帯 42人
相生町2丁目 48世帯 59人
相生町3丁目 108世帯 141人
相生町4丁目 28世帯 44人
相生町5丁目 21世帯 30人
相生町6丁目 36世帯 38人
277世帯 354人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[9]

丁目 番地 小学校 中学校
相生町1丁目 全域 横浜市立本町小学校 横浜市立横浜吉田中学校
相生町2丁目 全域
相生町3丁目 全域
相生町4丁目 全域
相生町5丁目 全域
相生町6丁目 全域

施設[編集]

  • 横浜市歯科保健医療センター

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 横浜市町区域要覧”. 横浜市 (2016年3月31日). 2018年1月24日閲覧。
  2. ^ a b 横浜の人口 - 登録者数(市・区・町・外国人) - 町丁別世帯と男女別人口”. 横浜市 (2017年12月31日). 2018年1月24日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月23日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月23日閲覧。
  5. ^ a b 『#角川|角川日本地名大辞典 14 神奈川県』p1008
  6. ^ 横浜市中区の町名一覧(横浜市役所) (PDF) 2016年10月23日閲覧
  7. ^ 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』p55
  8. ^ 横浜の町名』 p.61
  9. ^ 小中学校等通学区域”. 横浜市 (2017年11月15日). 2018年1月24日閲覧。

参考文献[編集]